5.カヤック門 ─南側・廃墟─
あわや、三人もつれて惨事となる所だったが。
それは、ウドクとソワスムールの身のこなしが並外れて速かった事で免れた。
するりとソワスムールが身体を引いたと同時に、ウドクが放られたジレンの背中を受け止める。
衝突同然だったが、ウドクが勢いを殺せば二人してよろめいただけで済む。
──そして。
唖然となった三人の視線がそれぞれ、ドールに注がれた。
「おぉ。流石、素早いな」
ドールがしたり顔で、三人の様子を見回す。
その視線がソワスムールの前で止まると、きょとんとなった。
「……あれ? お前、正気なのか?」
「……いやぁね。正気よ?」
溜め息と共に吐く声が応えた。
「……んもぅ。どうして、こんな事するの?」
「……いや、やべぇと思ったから」
「やべぇって?」
「お前が、正気を失ってそいつを喰っちまうと──」
「そんなことしないわ」
ソワスムールがドールの言葉を途中で遮る。
それは、静かな声だったが微かに険があった。
ドールが、声を詰まらせた顔でソワスムールを見詰める。
暫し、二人の睨み合いのような無言があった後。
ソワスムールが深い溜め息を吐いた。
「……んもぅ。なんだか冷めちゃったわ。ドールが馬鹿なんだもの」
その言葉にドールは、愕然となった様子だった。
それを見とめると、ソワスムールの視線が流れてジレン達に向く。
「ごめんなさいね。気分じゃなくなったから……、あたし一人で先に帰るわ」
言って、ソワスムールは申し訳なさそうにジレン達に微笑みかけて来た。
「あぁ」
ジレンは、案山子のようにウドクに支えられている体勢のままで頷く。
何とも言えぬ妙な間合いがドールとソワスムールのやりとりにあるのを感じとれば、そうとしか返事のしようがない。
先程──、ジレン達の宿を決める話を交わしていた時にも、そんな気配はあったが。
ジレンの応えを受けると、ソワスムールは、もう一度にこりとして見せた。
しゅるり、と長い蛇の胴を滑らせ。するすると地面を流れるように這って離れていこうとする。
「……お、おい、ちょっと待てよ。ラジエルはどうすんだ。これから行くんじゃなかったのか」
慌てた様子のドールの声がひきとめる。
すると、ソワスムールが肩越しに振り向いた。
「──ラジエルに会いたいなら、明日あたしの所にいらっしゃい」
ソワスムールは、ドールに向けてでは無く、ジレン達に向けてそう言った。
「場所が解らないでしょうから、それは……、あのお馬鹿さんに聞いてね?」
と、最後にちらりと冷たい一瞥をドールに投げてから再び離れていく。
蛇の身体は素早く。
あっという間に遠ざかって、廃墟の街道から逸れていくと森が見える方角へと消えた。




