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3.カヤック門 ─南側・廃墟─


 ドールから告げられたそれに、ジレンは半眼をぱちくりとさせる。


 ── これはまた。

 なんとも不吉な通り名だ。


 そんな大層な通り名を冠する領主となると、畏怖を抱かずには居られないだろう。

 だが、ジレンとて、まともな場所でない事は充分に解ったつもりでこの都に来た。

 その上で、興味もそそられる。


 だが、内心に湧く好奇心を殺しつつドールに問い掛ける。


「特別扱いって、どういう事だ?」


 ジレンの問いを聞くと、ドールはあからさまに面白くなさそうな顔をした。


「魔王はどうでもいいのか、お前」

「……いや、気になるけどさ。まずは“あかぐち”の事から教えてくれ」


 どうやら、ドールにとっては“ロージングの魔王”とは話に挙げたい類いだったようだ。

 すぐにそれに食い付かなかったジレンに不服そうにしていたが、への字に曲げていた口を開く。


「優遇して自分の部下に雇い入れてる。まぁ、元々“赤口”は出来がいい連中揃いだ。不自然でもねぇさ」

「……ちょっと待て。“あかぐち”ってのは何人も居るのか?」

「あぁ。何人もっつってもロージングに居る“赤口”は三人だがな。……お前も入れると四人か」


 と、ドールの視線がジレンの顔から逸れる。

 肩越しに振り向いている、狼の顔がそこにあった。


「何故、“あかぐち”は嫌われているのだ?」


 ウドクが問う。

 それは、ドールが最初語ろうとしなかった部分だ。

 だが、今度はあっさりと答えを寄越した。


「“番人”だからだよ」

「……番人?」

「ロージングには、ステラークが敷いた法がある。それに沿って都を取り締まる。ハドキアの法とはまた別だ。単純に言って、法を破れば即死刑。ま、番人ってよりやらされてることは処刑人だな」


 ── 処刑人。


 ジレンは、ウドクと無言のまま目を見合わせた。


 魔王配下の処刑人とか。

 そりゃあ、名前を聞かされただけで近寄りたくないのは解るが。

 

 ウドクがドールに問い掛ける。


「ロージングの法というのは? そんなものがあるとは、初めて聞いた」

「簡単に言や、罪人や“はぐれ”がロージングで生きてく為に作られたものだ。俺は法律屋じゃねぇから詳しくは知らねぇが。大きく分けて三つある」


 と、ドールが立てた三本の指を示す。


「殺すな、奪うな、そして──、“バレるな”だ」

「ばれるな?」

「バレさえしなけりゃ何でもやっていい」

「……は?」

「その為に番人がいる。番人やステラークの耳に入れば一巻の終わり。ただし、この法が適用されるのはロージングの街の中だけだ。ロージングの外で犯した罪や、被された罪は全部無かった事として扱われる。要するに、殺すな、奪うなで罪人も“はぐれ”もロージングの街ん中にさえ居れば、法に守られる事になる訳だ。ロージングに逃げてくる前に過去に犯した罪も無かった事にされるなら、外から追ってきた奴が居たとしても、法律上、何も手出しは出来ねぇからな」

「……だが、それなら“バレるな”は必要ないんじゃないのか? そんなのあっても意味が無い」


 ジレンの疑問に、ドールが鼻を鳴らして笑った。


「法律上は、って話だよ。なんでロージングが“罪と自由の都”なんて呼ばれると思う?」


 問い返されて答えが出ないジレンとウドクの顔を、見比べるようにしてから。

 ドールは、続けて言った。


「要するに法は建前だ。罪人を国から守るためのな。ステラークは、大陸の果ての荒れ地にロージングを造った。そこに罪人を寄せ集めて外に出しさえしなきゃ、国も目零しする余地がある。だが、それでも追って来ようとする奴は居るし、中には許されざる奴ってのも居る訳だ。国も目零しするのを躊躇うような大罪人がな。それを手出しさせねぇように、ステラークは法を敷いた。だから、バレるかどうかなんて本当の所は関係ねぇのさ。街の中で殺されようが奪われようが、番人もステラークも守っちゃくれねぇ。国からは守ってやってんだからな、後はてめぇらで何とかしろって訳だ」

「それは……、要するに“バレるな”って言うのは実質上、何があっても見てないふりってことか?」

「ま、そういうこったな」

「なら、番人であるという“あかぐち”は何をしているのだ」


 ジレンに続いたウドクの問いに、ドールは肩を竦めた。


「そりゃ、権力持たされたクズがやることと言や決まってるだろ。適当に脅して回ったり、金巻き上げたり、好き放題するんだよ」

「それでは……法の番人でもなんでも無いではないか」

「そうでもねぇさ。建前ではあっても法を誰も守らねぇんなら、街は成り立たねぇ。寄せ集められた罪人共が、皆が皆好き放題始めたらどうなるかは想像つくだろ。悪党は、悪党が仕切るのが道理に叶ってんだよ」


 ウドクが、口を閉ざすと黙りこむ。

 一時、沈黙が落ちた。


「── だけど、ラダは違うと思うわ」


 ソワスムールが言った。


「あの子も、まぁ……悪党と言えば悪党なんだけど」


 ソワスムールがウドクの腕を取ったまま、立ち止まる。

 それにつられ、三人はその場で歩みを止めた。


「その“ラダ”と言うのは? 貴方の知り合いなのか」


 ウドクの問いに、ソワスムールが頷いた。


「そうよ。あの子も“赤口”。黒い毛並みに、真っ赤な口。だけど、貴方のように大きくは無いわ。……ジレンと同じくらいかしら?」

「男なのか?」

「ええ。とても可愛い子よ」


 ウドクとソワスムールが話す横で、ジレンはドールと目を合わせ問い掛ける。


「その男も番人なのか?」

「まぁな。俺は親しい訳じゃねぇから、よくは知らん」

「どんな男なんだ?」

「あー……、まぁ見てくれは奇抜な野郎だ。一番変わってんのは目の色だ」

「……目?」

「あぁ。一見は黒目に見えるが、よく見ると赤い色をしてる。それがなんだか印象強ぇな」

「へぇ。珍しい」

「“はぐれ”でも珍しいぜ、赤目赤口なんてな。あとは……、そうだな。ロージングに来る前は坊主をやってたらしいってよ。そいつから聞いた」


 と、ドールがソワスムールに顎をしゃくる。

 すると、ソワスムールが此方に向いて頷く。


「そうね。……だけど、あの子は嘘が多いから。それも本当の事かどうか解らないけどね?」

「番人になる前は“七枚舌”とか呼ばれて嫌われてたしなぁ」


 ドールの言葉に、ソワスムールがふと何か思い出したように宙を見る。

 そして、ほうっと小さく溜め息を吐いた。


「……あの頃の方が今よりも可愛かったわねぇ。よく遊んでくれたもの」

「そりゃ、偉くなりゃあな。年増の蛇女の相手してやる暇なんざねぇんじゃねぇの? ──……あいてて」


 毒を吐いたドールの顔にソワスムールが手を伸ばすと、無精髭の頬を摘まんで捻る。

 ドールの間の抜けた悲鳴を聞くと、直ぐに気は済んだようでソワスムールが手を離す。

 そして、ジレンとウドクを交互に見た。


「ウドクを元に戻す方法があるかも解らないし、そもそも、ラダが話を聞いてくれるかも怪しいんだけど。あの子、元々薄情なのよ。……でも、ラジエルを通せば何とかなると思うわ」

「“七枚舌”と言うのは、その男の渾名か?」


 ウドクに問われ、ソワスムールがにこりと微笑む。


「そうよ。詐欺師なのよ」


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