2.カヤック門 ─南側・廃墟─
─・─
── “はぐれ”って言うのはな、ジレン。
元は、人間から外れた奴って意味の呼び名だ。
俺は、あまり好きじゃない。
でもま、それ以外に呼び名は、無いからな。
なに、人間から外れたって言ったって連中も産まれは、只の人間だ。
同じ人間の親から産まれてきたんだ。
俺やお前と、大して変わりゃしないよ。
だが、そうは思わない奴が大昔から多かったってだけの話だ。
“はぐれ”が“はぐれ”を産むのは勿論あるが──、なぁんの前触れも無しに、いきなり普通の人間の親から産まれてくる事がある。
あぁ。なんだってハドキアで“はぐれ”が産まれるようになったのか、本当の事はだぁれも知らん。
俺が聞いた昔話だと、大昔に大陸広くで戦があったそうでな。
その戦がきっかけでハドキア人に混じった色んな血が、身体の奥底にずうっと残ってるせいで“はぐれ”が産まれるようになったんだとな。
そう聞かされたなぁ、未だガキの頃によ。
── で? どうしたよ、お前。
お前がかしこまって聞きたい事があるってな、珍しい事もあるもんだと思ったが。
──────。
あぁ……。
面倒なもの引っ張り出して来やがったなぁ。
まったく、お前も本当にろくな事をしない。
まったく、本当にまったくだ。
まったく、この“クソガキ”めが。
─・─
少しの間、沈黙が落ちた。
前方を歩く二人の方も、先程まで響いていた楽しげなソワスムールの笑い声が止んでいる。
「……で?」
横から不機嫌そうな声が促してくる。
「何も聞かねぇのか?」
数度、催促されれば仕方なくジレンも問いを口にする。
「じゃあ……、ラジエルって奴のこと教えてくれ。信用出来るのかどうかさ」
また拒まれるか、頭ごなしに否定的な事を言ってくるだけかと危ぶんだのだが。
「……信用はしてもいい」
ドールが応えた。
まともな答えだった事も、そして、その内容も意外だった。
だが、直ぐに追加修正が入る。
「仕事ぶりだけならな。でも人としてはクソだ。俺がしたあいつの話は全部本当だぞ」
── なるほど。
ドールにとってラジエルとやらは、やはりそこに落ち着く人物らしい。
まぁ、ドールの話を疑っている訳ではない。
ただ、この男は頭に血が登るのが早いし思い込みも強そうな様子で、鵜呑みにしてどうなのかと思っているだけである。
出せばまた口論になりそうな、内心は口には出さず。
ドールに話す素振りが見えるなら、ジレンは端的な質問に話を絞ることにした。
「あんたらと、ラジエルって奴の関係は? 仕事の繋がりなのか?」
「俺はそうだ。稼ぎ易さならシードバックがロージングのギルドでは一番だからな。それに、雇われ者も通いの常連も“はぐれ”が多い。仕事だけする分には、他に行く理由はねぇ。ギルドとしちゃ一等だ」
「あの女も?」
問いながら、視線でソワスムールを示す。
「あいつは少し違う」
「古い友人よ」
返答に、ソワスムールの声が混ざった。
緑の瞳が振り向き、ちらりと睨んでくる。
「……ジレン? “あの女”なんて言うの止めて」
「あ……うん? あぁ、ごめん」
「名前で呼んで」
「あぁ。解った」
「……呼んで?」
「ソワスムール」
やや棒読みながらも、ジレンは素直に従う。
どうもこの女に乗せられると、また弄ばれそうな気がする。
それ故の淡々とした返しだったが。
ソワスムールの拗ねたむくれ顔が、くるりと嬉しげなものに変わった。
「……うふふ。いい子ね。じゃあ教えてあげる。……そうねぇ。ラジエルとは、あたしがロージングに来てからすぐに知り合ったの。色々と力になってくれた人よ。ねぇ、ドール。あなたもそうよね?」
話を振られてドールが黙る。
ドールの様子を見ると、否定したいが出来ない故の無言らしい。
「……意地っ張りねぇ。あぁ、でも。ラジエルを信用し過ぎない方がいいと言うのは正しいかもね? あの人、変わり者だから何考えてるか時々解らないの」
「時々じゃねぇよ。いつもだ」
「そう?」
「……お前は、ちょっと黙ってろ。話がややこしくなる」
ドールが追い払うように掌を振る。
ソワスムールは、くすくすと笑っただけで素直に前へ向き直った。
二人のやりとりを黙って聞いていたジレンは、得た答えを纏めてみる。
──つまり、仕事相手としてなら上々。
世話焼きらしいが、深く関わると面倒な奴で、手のつけられない変人と言うことか。
あまり普通の感覚を持っていなさそうなソワスムールが“変わり者”と言うのだから、余程ではあるのだろう。
でもまぁ、思っていたよりは不味い相手では無さそうだ。
ラジエルという男については、そう落ち着く。
次いで、ドールに問い掛ける。
「ラジエルって奴の事は、まぁなんとなく解った。……さっきの話に戻るが。あのおん──ソワスムールが、皆殺しにしたとか言う盗賊の事だ。何があったんだ?」
「それは、あいつが──」
「いや。だめ、教えてあげない」
今度は、即座に遮りが入った。
ドールが、うんざりと顔をしかめる。
ソワスムールは、振り向きジレンを睨んでいた。むくれ顔である。
「……今、また“あの女”って言いかけたでしょ?」
「……あ。いや」
「んもぅ」
暫く、じっと睨まれたが。
すぐに、にいっと緑の瞳が笑んだ。
「……いいわ。聞きたいなら、あたしの所に遊びにいらっしゃいな。そうしたら、その時に教えてあげるから」
そう言うと、また前へ向き直る。
ソワスムールに腕を取られたままのウドクが、ちらりと恨みがましそうに此方を振り向き見た。
変に刺激するな、とでも言いたげである。
「……だとよ」
ドールが、傍観の体の気の無い声でそう言った。
当の本人に遮られたのなら、この場で聞く術はあるまい。
ソワスムールの言葉に乗るかどうかは先送りにして、ドールとの話に戻る事にする。
「じゃあ、“あかぐち”って奴について教えてくれ」
「……あぁ。その事なら、まず先に聞きてぇんだが。お前、ロージングの領主が誰か知ってるか?」
ドールの問い掛けに、ジレンは首を横に振る。
「長い間治めている領主が居るとは聞いた。でも、詳しくは知らない」
「……だろうな」
ドールの意味深な相槌に、ジレンは訝しげに眉をひそめた。
「……うん? その領主が“あかぐち”なのか?」
「いや、違う。そうなんじゃねぇかと噂はあるが、ただ“赤口”を特別扱いしてる節があるってだけさ。── ヨハン・ステラーク。領主の名前だ。こいつがまぁ、魔物というか……化物だな。四、五百年は軽く生きてるって言われてる。昔から姿形も変えねぇままでな。それがよ、通り名がふざけてるぜ? 聞いて驚くな」
その存命期間と、数百年変わりの無い容姿との話だけでも充分にふざけていると思えるが。
ドールが勿体ぶって告げたロージングの領主の通り名の方が、更に酷かった。
「ロージングの“魔王”だ」




