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5.ローム河川

 ドールの口から告げられた事に、ジレンは、一時動き止んだ。


 ──……うん?

 今、割と質の悪い話を聞かされた気がする。


 半信半疑の面持ちのまま、ドールの言葉を繰り返す。


「……ギルドの頭取?」

「あぁ」

「ギルドの頭取っていうと、割とお偉いさんなんじゃないのか?」

「まぁな」

「そんなお偉いさんが、ガキの悪戯紛いの事を好き好んでやるのか?」

「言ったろ、アホで暇人なんだよ。口で頼んでも俺が聞かねぇから、あれこれ妙な手を使い出すようになったんだ。この前は、洞窟に閉じ込められた」

「…………。どういう事だよ」

「俺を助ける芝居を打って、恩を売るつもりだったらしい。でも、ほぼ生き埋め状態で三日放置されただけだ。結局、奴が来る前に自力で出たわ。他にもあるぞ。聞きてぇか」


 その時の事を思い出したのか、ドールがうんざりとした様子で言う。

 ジレンは、一先ず首を縦に振っておいた。


 並び立てられたのは、悪たれガキが喜びそうな悪行の数々だ。

 ドールの話から幾つか挙げれば。


 無名の送り主と称して贈られたプレゼントとやらが、規格外のサイズの猫でそれに喰われかけたとか。

 いきなり寄越された娼婦が、妖しい惚れ薬を仕込んでいて心身共に危うい所だったとか。

 巨大な岩石が降ってきて、目の前で家を潰される幻術をかけられて放心状態で数日過ごしたとか。


 それらを聞きながら、ジレンは造り真顔のままで内心、漏らす。 


 ──これは、また。

 何と言うか。酷い悪趣味だ。


 他人事で端で聞いてる分には、面白い。

 笑いだしそうになるのを、ドールの目の前で堪えなければならない程度には、面白い。

 実際にその内容からすると、ドールが“闇喰い”の幻術を仕掛けられたと考えるのも、もっともだと思える程に酷い規模である。


 だが、ドールの受難話を聞き流しながら半面、ジレンは冷静に悩んでいた。


 どう考えても厄介そうな人物がドールが身近に居るというのだ。

 それも、地位やそれから派生する権力とやらもある程度は、ありそうな人物である。


 普通なら、権力者であれば伝を辿ってお近づきになりたいものだが、妙な悪癖を持った権力者と言うのは質が悪い。

 今の話を聞く限りだと、関わり合いになるのはごめん被りたい相手だと思える。

 

 そして、何より。

 ドールが口にしていた言葉のひとつがなんとも不吉である。


 その不吉を頭から被りそうな者──、ウドクを、ちらりと横目にする。

 視線を向ければ直ぐに気付くウドクと目が合うが、当人は、いつも通りの涼しげに澄ました狼面をしているだけだ。


 ドールの語り口が漸く尽きて来た頃合いに、ジレンは、その不吉な予感を確めてみる事にした。


「なるほどな。もういい、よく解った。あんたの言い分は理解できた」

「おうよ、そうかい」


 話の切り上げを促すジレンに、ドールがどうでもよさげに肩を竦める。

 自分が嵌められた話を、延々語り続けるのが楽しいとは誰も思うまい。

 ドールに、労いも含めた弛い笑いを向けて見せつつ。


「しかし、暇人にしたってアホにしたって、それだけの事をやるって言うのは、凄い男だな」

「まぁな。根っから悪い奴じゃねぇんだが……、でも、性根は腐ってる」


 ──性根が腐ってて、根っから悪い奴ではないというのも、よく解らないが。

 一先ず、余計な突っ込みは入れず話を進めてみる。


「仕返しはしないのか?」

「仕返し?」

「聞いてるだけでも酷いやられようじゃないか」

「……あぁ。でも、あのアホには借りもあるし。それに、一応あれで頭取だ。そう簡単に手は出せん」


 ── 借り、か。

 その借りもほんとはバレてないだけで騙された末に背負わされた借り、というのも充分ありそうである。

 現にドール自身もそれは思い当たる様子で、そう告げた時の顔に苦そうな色が過った。


 簡単に手が出せないと言うことは、やはりギルドの頭取という地位は、それなりの物なのだろう。


「……面倒だな」


 ドールの耳には届かないだろうと思われる、小さな声でぼそりとぼやく。


「あ?」


 ジレンの顔を見据えていたドールが、聞き取れなかった事を訴えて顔をしかめる。

 ジレンは、首を横に振った。


「なんでもない、独り言。……しかし、どうしてその男は、そこまであんたに固執するんだ? さっき言ってたように、あんたが“はぐれ”だからか?」


 ── いや、もしかすると“聖女”だの“天使”だのが絡んでいるのか。


 それを聞いてみたかったが、ドールが機嫌を損ねて話さなくなる未来が怖くなれば、黙っておく。


 ジレンの問い掛けに、ドールは大儀そうに頷いた。


「まぁ……、それが一番の理由だ。罪人を集めるよりは、“はぐれ”の方が役に立つ」

「ふぅん」


 ドールの答えを吟味して、考えた後。


「もし、その男と会ったら、こいつも目を付けられるかな?」


 ジレンは、ウドクを指差した。

 唐突に話に引き出されて戸惑ったのか、指を突き付けられた先で狼の顔が微かに歪む。

 ドールが、はすかいにウドクを眺めるようにしてから、ジレンに視線を戻した。


「……あぁ。そう思ってた方がいいんじゃねぇの」


 不吉な予感は、そっくりそのまま返された。

 ドールが、鼻を鳴らして笑う。


「あいつが喜びそうだ。“赤口”ってだけでも、充分。狙われそうだわな」


 例の“あかぐち”とやらの呼称が、再びドールの口から出た時である。


「── ふぅん。その狼さん、ラダのお友達かしら?」


 不意に、その声が頭上から降ってきた。


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