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4.ローム河川



 ─・─



 ドールが戻って来たのは、焚き火を始めてから間もなくの事だった。


 二人の元まで来ると、焚き火の周りに干された自身の衣類や持ち物を仏頂面のまま見下ろした。

 視線をその足元にやると、裸足のまま歩き回っていたらしく、汚れている。

 ドールが無言のまま仁王立ちしていれば、ジレン達も暫く黙ってその様子を見上げていた。

 

 視線は、合わない。

 ドールは、ゆらめく焚き火を凝視している。

 長めの沈黙が落ちた後、ドールが口を開いた。


「……さっきは、悪かった」


 不機嫌そうな顔のまま、そう告げる。


 思いがけない謝罪に、ジレンは少し目を丸くしてウドクと目を見合わせた。

 それから、再度ドールを見上げると、その目と目が合う。


 視線が合ったまま、ジレンが言葉なく座っていると、ドールの顔が苛立たしそうに歪んだ。


「何か言えよ。何黙ってんだよ。さっきまでぺらぺら口が回ってた癖によ」

「……あぁ、いや。あんたに謝られるとは思ってなくて」


 素直にそう告げると、ドールが忌々しげに舌打ちする。


「なんだよそりゃ。こっちは、お前の言う事も一理あると思ったから頭を下げてんだぞ」

「そうなのか」

「……そうなのか? そうなのかぁ? お前の言う事は、それだけか?」


 詰め寄るようにするドールに、ジレンは首を後ろに引く。

 ちらりとウドクを横目にすると、静かに見守る様相だ。

 

 至極真っ直ぐな物言いでの唐突なドールの謝罪には、正直、調子が狂った。

 突っ込んでくるような圧しの強引さは、相変わらずだったが。

 一先ず、抗う意味も見当たらず大人しく事を収める事にする。


「俺も悪かった」


 そう告げる。

 ドールは、それを聞き届けても不機嫌な顔のままだったが、険が幾らか収まった様子を見せた。

 むすりとしたまま、焚き火を共に囲む形でその場に、どかりと腰を下ろす。


「ちょっと、溝の方に戻ってた」


 ドールが言った。


「溝?」

「あぁ、どうも気になってな。結局、何も無かったが」

「それは……、あの鳥の所へ戻ったと?」


 続けてウドクが問うと、ドールが頷く。

 それを横で聞いていたジレンだったが。

 唖然となっていた。

 

「……あんた、ほんとに無茶な人だな」


 あの山のように大きく得体の知れない化け物が出た場所へ、自らとんぼ返りしたと言うのか。

 信じられん、と呟くジレンにドールが肩を竦める。


「まぁ、ほんとに“闇喰い”が居たのかどうか見に行ったって所だ」


 ふと。

 ドールの言葉尻が気になり、ジレンは微かに眉を寄せた。 


「それ、どういう意味だ?」

「あ? 言葉通りだよ」

「それは要するに、俺達が嘘をついてるとでも?」


 用心深く問い掛けるジレンを、ドールが無言で見据える。

 ついてもいない嘘を疑われると、面倒だ。

 妙な方向へ矛先が向かないかと、危ぶんだのだが。


 ドールは、良くも悪くも表情を変える事なく、平淡な面持ちのままで応えた。 


「そうは言ってねぇよ。まぁ、それも考えたがな」


 そう言いながら、二人を見比べるようにする。


「だが、騙すにしては手が込み入り過ぎてると思った」

「……あぁ。そうだな。俺達が騙してるとして、なんであんな嘘や芝居を打たなきゃならないのかさっぱり解らん」

「でもよ、俺は何も覚えてねぇんだ。お前らに話を聞いただけでな。気が付いたら、ぬるぬるの気色悪いもんまみれになって地面に転がされてただけでよ」

「いや……待てよ。じゃあ、俺達があんたを気絶させてぬるぬるまみれにしつつ、一芝居打ったんだとしよう。一体どういう狙いがあって、そんな面倒臭い事やるんだ?」

「いやいや、何もお前達がやったとは言ってねぇ。俺も、初めは本当に“闇喰い”が出たんだと思ったんだ。お前らの話を聞いてな。だが、よくよく考えてみると、おかしな話だよ」

「何がだ?」


 そうドールに問い掛けてから。

 ふと、一時前のドールとウドクのやりとりが思い出される。

 “ドールは天使”の話が出て、うやむやになってしまった、ウドクが知りたがっていた例の一件である。


 その時のドールの言葉を辿りつつ、ジレンは言った。


「そういや、聖女様だっていうのを“闇喰い”が知ってたって聞いて驚いてたな、あんた」

「……ん。あぁ、そうだ。確かに驚いた。だが、俺は聖女じゃねぇ。……また喧嘩売ってんのか?」


 そう言いつつも、先程のような怒気を放つ様子では無く、本当に問い掛ける目でドールが首を傾げる。

 ジレンは、首を横に振った。


「いや、じゃあどう言えばいいんだよ。天使って言ったら、あんた怒ったろ」

「……あぁ。もういい、その話は。とにかく、そうだ。お前が言った通りだ、俺が妙だって思ったのはな。……なんで、魔物が俺の身の上なんか知ってんだよ?」


 ドールが出した疑問が平凡に真っ当過ぎて、ジレンは一時黙った。

 頭に、ぽつりと浮かんだ事をそのまま口にしてみる。


「……魔物だから?」

「魔物だからなんだよ」

「いや、あれは人知を超えてるんじゃないかって話」

「なんでもお見通しってか」

「あんたに身に覚えがないなら、そうとしか言いようがないんじゃないか」

「随分適当な話だな」

「なら俺に聞くなよ」

「別にお前に聞いた訳じゃねぇ。そもそも、お前達が見たのが“闇喰い”だとすると、話がおかしいって言ってるんだ」


 その時、それまで黙って聞いていたウドクが不意に口を開いた。


「……嘴を、こう、もごもごとさせていたからな。味で解ったりするのだろうか」


 見ると、生真面目な顔で考えこんでいる。

 ジレンとドールの視線が、驚いたような呆れたような様子で自分に向いている事に気付くと、はたと大きな目を瞬きさせた。


「いや……、無くは無いだろう?」

「…………。まぁ、いい。お前達が言うように千里眼だの味だので、俺の血筋が奴に知れたんだとしよう」


 面倒になったのか、ドールが二人の話を流す。

 

「だが、そもそもだ。“闇喰い”はな、簡単に人前に姿を晒したりしねぇんだよ」

「それは、前に聞いた」

「……まぁ、もうちょい聞け。あのな。お前らは、あの“闇喰い”っつう魔物が、どういう奴なのか知らんだろう?」


 ドールに問い掛けられ、ジレンはウドクと思わず顔を見合わせた。

 ジレンが黙っていると、いつになく年嵩らしい言い聞かせるような口調で、ドールは続けた。


「あれはな、千年以上前からヴィルタゴに住み着いてるって言われてる。だが、俺は“闇喰い”に出会した事はねぇし、はっきり姿を見た事もねぇ。それは、話したよな? それはよ、この辺りに暮らす連中、皆同じだ。見たとしても、遠くからだ。ずうっと遠くから、離れた場所から見たって奴しかいねぇ。──いいか? あれは、そうやって千年以上、ロージングと隣り合わせの場所に居ながら、人と関わりを持った事がねぇ魔物なんだ。それが、いきなりお前らの前に現れて、俺を助けるような真似をしただの、ぺらぺら喋ったと言われてもな。普通は、誰も信じねぇさ」

「でも、あんたも初めは信じたんじゃないのか?」

「……なぁ、待てよ。そう抗うな。言ったろ、何も頭からお前達を疑ってる訳じゃねぇんだ」


 ドールに言われて、ジレンは再度、ウドクと顔を見合わせた。


「そんなこと言われてもな」

「あぁ。あれは、確かに居た。気配も匂いも、はっきりと感じた。嘘などではない」


 頷き合う二人に、ドールが溜め息を吐く。


「だから、お前達が嘘を付いてるとは限らないって言ってんの。勿論、本当に“闇喰い”が出た可能性もあるが……、お前達も騙されたんじゃねぇかってな。──幻術って知ってるか?」

「あぁ。魔術の一種だろ」

「そうだ。幻術をかけられた事はあるか?」

「いや。無い」

「俺も無い」

「だろうな」


 揃って首を振る二人を眺め、ドールが一時考える素振りをし。口を開いた。


「俺は、幻術にかけられた事がある。あれはな、生々しい夢の中に無理矢理押し込まれたような感じになるんだ。見えるのも、匂いも、音も、手触りすらな。本物みてぇに感じるんだ。おかしいと思う切っ掛けが一つも無かったら、それが本物だったって、ずっと気付かない事だってあるかも知れん」


 ── 手触りすら。


 言いながら、ドールが自分の掌を指先で撫でるようにする。

 滔々と語られるそれに、ウドクは黙って聞き入っていたが。

 ジレンは、疑わしげに口の端を歪めて腕組みした。


「要するに、俺達がその幻術にかけられたと?」

「あぁ。有り得る話だ」

「でも、現にあんたは化け物のよだれでぬるぬるになってたし。俺達は馬を喰われたんだ。それも幻だって言うのか?」

「信じ込ませるための仕掛けをした奴が居たとしたらどうだ? ぬるぬるにしても、お前らの馬が消えた事にしてもな」


 ドールの言い分に、ジレンはきょとんとなった。


 直ぐに飲み込めるような話ではない。

 幻術と言うものが存在することは知っていても、あのような大掛りな仕掛けをしてまで、誰がドールやジレン達を騙そうとするだろうか。

 

 いや──、違うか。


 どうも、ドールは真剣に言っている。

 ジレン達に、こんな目に合わされる覚えがないのは当然として、ドールには心当たりがあるのだろうか。

 そうでなければ、こうまで話して聞かせる事もあるまい。

 

 ジレンは、無精髭の顎先を撫でながら考えてから。

 ドールに問い掛けた。


「そこまで言うなら、あんた、こんな事する奴に心当りでもあるのか?」

「あるから、あれこれ考えてんだよ」


 ── 心当りがあると。


 だが、そう抜かすこの男は、多勢の盗賊に単身で喧嘩を売るような、至極単純、猪突猛進らしき間抜けである。

 恨みは、それなりに買ってそうではあるが、あんな大層な“幻術”を仕掛けてまで罠に嵌めようと考えたくなるような難しい相手には見えない。

 

 第一、結局三人共に無事に済んだのだし、ドールに心当たりがあるにしても、あれがまやかしだったと疑うドールの背景が解らない。


 考え込むドールと、同じく考えるジレンと、そして、場を見守るウドクとで、暫し沈黙が続いた。


 先に疑問を口にしたのは、ジレンだった。


「……よく解らないんだが。あれが“闇喰い”って魔物じゃなかったとして、あんたの敵の狙いはなんなんだよ」

「あぁ、いや。別に敵じゃねぇよ」


 あっさりとドールの否定があった。

 拍子抜けして言葉を一瞬失ったジレンに、ドールが続けて告げる。


「思い当たるのは知り合いの男だ。しつけぇ野郎でな。あの手この手でちょっかい掛けて来やがる。暇人だよ」

「……どういうことだ?」

「スカウトだ。俺に、てめぇの手下になれってな。何度断っても諦めねぇ。最近じゃ勧誘の手が込んで来てな。まぁ、もう勧誘って言うより嫌がらせだが。とにかく、そいつがやりそうな事ではある。魔術師でな。腕は立つんだが、アホだ」


 ドールの答えに、ジレンは今まで見えなかった靄の一端が急に晴れたような気がした。


 ── ちょっかい。暇人。アホ。


 そう、あしらわれる言葉で片付けられるような相手の仕業であると。

 なるほど。酷い規模で、子供の悪戯のような事をする輩がドールの知り合いには居るらしい。


 疑われる訳にはいかないと、それまで、少し緊迫さえしていた肩をジレンは落とした。


「……要するに、あんたの友達の悪ふざけって事か?」

「友達じゃねぇよ。まぁ、悪ふざけってのは半分当たってるが」

「でも、だからってなんで“闇喰い”の偽物を出すことが、あんたの勧誘になるんだ」

「さぁな。でも、これまでもそんな事ばっかだったんだよ。変わり種の“はぐれ”を集めるのが趣味の野郎だ。考える事が変態過ぎて、奴が何を企んでるのかまでは俺には想像つかん」

「……何者なんだ? そいつ。手下にするとか魔術師とか」


 問い掛けるジレンに、ドールが応えた。


「ギルドの頭取だ。名は、ラジエル・シードバック。シードバック・ギルド。ロージングでも一番でかい斡旋ギルドだ」



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