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3.ローム河川

 そんなウドクを横目にしながら、ジレンは怪訝に思う。


 ── 急に何を言い出すかと思えば。


 実際のところ。

 ジレンも何も気を張らずに、大陸の東の果てくんだりまで来た訳ではない。

 むしろ、気を張らずにゆるゆると旅行脚をしてきたのだと言う方がおかしい。


 まぁ、ひねた軽口ばかり叩くのは普段と何も変わらないのだが。

 ウドクが、何やら此方の事を変に気にかけている様子なのは、気になる。


 身体の水気を払いながら、少し考えていたが。

 不意に、鼻が無図痒くなる。 

 盛大に、くしゃみが出た。


「ちょい、寒いな」


 言いながら、自身の半裸の身体を抱いて掌で擦る。

 ドールが居なくなった後で、ようやくずぶ濡れだった事を思い出したような感覚だ。


「そういや、ムスタブの聖女って“はぐれ”なのか」


 先程までの話を思い出し、ウドクに向いて問い掛ける。

 ウドクが座っていた岩から立ち上がりながら、外套を脱いだ。


「そうらしい」

「……らしい? あぁ、助かる」


 ウドクが投げて寄越した外套を、受け取って肩に羽織る。

 ウドクが、あちこちに投げ出されたままのドールの持ち物を拾い集めながら話した。


「“はぐれ”については、俺も端々しか話は知らん。だから、俺もドールに話を聞いてみたかった」

「……うん? あぁ、そうか。そいつは悪かったな。話の邪魔して」

「いや。あの男も何か訳ありと見える。容易く話してくれそうな様子でも無かった。──焚き火をやろうか。服も乾かさないといけないだろう」

「そうだな」


 ジレンは、ウドクの提案に頷いた。

 二人して、焚き火の準備に取り掛かる。

 ウドクが火種を起こす傍らで、持ち物を干す為の大小の枝木を地面に刺しながら、ジレンは、再び考えていた。


 ウドクは、バロウィケンの村に訪れた時には、既に独りだった。


 親とは、死別したと聞いた。

 ウドクを連れて来たのは、時折村を訪れる行商の男だったが、その男もウドクの身の上をよく知らなかった。

 そして、ウドク自身もそれは同じだった。

 

 父親は解らない。

 母一人子一人の旅の途中で、母親は病に倒れ世を去った。

 一人になった所を行商に拾われたが、運良くその男が悪い性質では無かったが故に、ウドクはバロウィケンの村に住まいを置く成り行きになった。


 母親の出自も不明。

 ウドクに残されていたのは、母親と共に旅していた時の記憶と、僅かな持ち物、そして、その名前だけだった。


 行商の男がウドクを村に置いて行ってから暫くして、村の人間達は、ウドクが普通の子供では無いことに気付き始めた。

 行商の男は、ウドクを酷く扱うような悪どさは無かったが、無責任さや甲斐性なしはふんだんに持ち合わせていたようだ。

 要するに、ウドクの素性に気付き始めて、厄介払いをしたという所だったのだろう。


 周囲の大人の様子から、“はぐれ”が疎まれる存在らしき事は、ジレンも子供ながらに知った。

 だが、ジレンの父親は、村の他の大人と違ってウドクを煙たがる様子は無かった。

 ジレンの母も、それは同じだった。

 元々、ジレンの両親も生粋のバロウィケンの生まれ育ちでは無かった事も関係していたのかも知れない。


 だが、バロウィケンは、やはり平和で穏やかな村だったし、ウドクは追い出されるような事も、あからさまな迫害を受けるような事も無く、村の片隅で暮らし、育った。


 本当は、平和そうな村でも色々な事がウドクの周りであったのかも知れない。

 だが、ジレン自身が子供だった頃の、そういう話までは知る由も無い。


 ふと、考えるのを止めてウドクの方を見る。

 

「なぁ」

「なんだ」

「お前、頭が元に戻ったらバロウィケンに戻りたいか?」

「……それは、お前が戻ると言うのならな。俺は、お前に同行すると決めた。お前が、ロージングに留まるのなら俺もそうする。だが、バロウィケンに一人で戻りたいとは思わん。戻りたい気も無いとは言わないが……、俺一人ではな」


 ウドクの答えが、ジレンには直ぐに飲み込めなかった。


「なんだそれ」


 少し無言の間があった後、そう問う。

 ウドクは、火種を起こす作業を続けながら答えた。


「お前の両親に、詫びや礼を言いたい」

「……はぁ?」


 ウドクの言葉に、ジレンは怪訝な声を漏らす。

 何故なら、ジレンの頭に浮かぶ両親の面影は、ウドクに真摯に礼や詫びを告げられるような大層な事をしていた記憶が無かったからだ。

 だが、それでもジレンが黙っていれば、ウドクが続けた。


「お前の親父さんとお袋さんには、世話になった。それに、お前の理由はどうあれ、お前が村を出た切っ掛けは、俺にも一端がある。その事を何も話さずに出て来たのは、正直、心残りだ」


 その、ウドクの言葉に。

 ジレンは、先程のウドクの言い様が腑に落ちた。


 無茶をするな、と。

 どうやら、ウドクはジレンが村にほっぽり置いてきた、ジレンの両親の事を気にかけているようだ。


 ── そんなタマじゃないと思うけどな。あの二人は。


 内心でそう思いつつも。

 ジレンは少し考えてから、ウドクに告げる。


「……まぁ。お前が世話になったと思うなら、礼でもなんでも言うといいと思うけどさ。詫びる必要は無いと思うぞ」


 ジレンの言葉に、ウドクが手を止めて顔を上げる。

 ウドクの大きな黒い目は、その言葉同様に真摯な光を湛えている。

 その目に、ジレンは苦笑いを浮かべて肩を竦めて見せた。


「家のアレ二人は、そんな事気にしないさ。大体、俺もお前もいい大人、大の男だろ。10そこらのガキじゃあるまいし」

「それは、そうだが。全く気にしないと言う事はないだろう」

「ないない。むしろ、お前をロージングに誘ったのは俺の方だからな。その辺の事は伝わってるさ」

「何……? 話したのか?」

「いや? 話してる暇はなかったろ」

「それなら、何故伝わると思うのだ」


 ウドクに問われて、ジレンは苦笑いを顔に張り付けたまま、一時黙った。


 ── 口が滑った。


 話題が話題だけに、ウドク相手に気が弛んだせいもある。

 ウドクには、いずれ話す必要があるだろうと思っていた事ではある。

 だが、今は未だ話すべきではない。

 ちょっとした別の理由で、話したくないとも言うが。


 ── “あれ”を隠した場所が、場所だから。


 それに、今の話題が話題だけに、下手に話すと余計な小言でも貰いそうな雲行きが見える。


 ジレンは内心、また素早く考えて。

 ウドクに答えた。


「手紙だ、手紙」

「……手紙? 置いてきたのか?」

「あぁ。走り書き程度だがな」

「そのような暇があったのか」

「親父やお袋を叩き起こして言い聞かせる手間と、手紙ひとつ書く手間は相当違うだろうが」

「……確かにそうだな」


 ジレンの言葉に、ウドクは素直に頷いた。

 だが、その目が暫く無言でジレンを見詰め。

 それから、ついと逸らすと再び火起こし作業に戻る。


 どうも、何か見透かされた様子があったが。

 ジレンが言おうとしないのならば、ウドクもそれ以上、食い下がりはしなかった。

 暫し、各々の作業を黙々と続ける。


「……まぁ、あれだ。いずれ、バロウィケンには顔を出すさ」


 ジレンの言葉にウドクが頷く。


「そうだな。その方がいい。俺もそうしたい」

「それに、お前の今の面見ても大して驚きそうに無いけどな。あの二人なら」


 黒い毛皮に覆われたウドクの手の中で、起きた小さな火種が漸く煙を上げ始める。

 それを見詰める狼の横顔が、ふと、微かに緩んだように見えた。


「だといいがな」


 ぽつりとウドクが応えた。


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