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4.闇喰いの溝

「……解った」


 ウドクが応えた。

 ジレンを見下ろす目が未だ躊躇いを浮かべていたが、頷く。

 

 内心。ウドクの了承を受けてジレンは、ほっとしていた。

 だが、安堵に息をついている間はない。

 直ぐに、ウドクを促す。


「行くぞ。ここには後で戻る」

「戻る?」

「拾える荷物が残ってればな。その時、あいつの事もついでに探せばいい」

「……あぁ」


 その場を離れるべく辺りを見回し、化けミミズの様子を確かめる。

 

 ミミズは、巨大な身体を蠢かせながら割れた地面の間から這い出そうとしていた。

 顔のない先端が何かを探しているように、ずるずると地表を這う。

 その不気味な様相を目にしながら、冷静を取り戻し始めたジレンの頭に、ふと疑問が過った。


 ── 何故だ?

 何故、こいつは襲ってきた?


 馬を丸呑みにした時点で捕食の為であろうことは、言うまでも無い。

 だが、地中を這いずりまわっていたらしきこの化け物は、真っ直ぐ狙いを定めたようにジレン達が居た場所に現れた。


 ── 振動、音、か?

 少なくとも、こいつには此方の居る場所が地中に居ても解っていたのだ。

 もし、そうなのであれば、今此所から動き出す事自体が危ういのか?


 踏み出しかけていた脚を躊躇う。

 馬を喰い終えてもミミズに後退する様子は無く、次の獲物を探すように留まっている。

 だが、此方に向かってくる気配は未だ無い。


 地表を割って出てくるような化け物だ。

 走って逃げるのを勘づかれた場合に、それは、逃げ切れるのだろうか。


 蠢く化け物を身を潜めて見据えながら、ジレンは、そこまで考え至ったが。


 その思考は、そこで唐突に停止した。


「…… ジレン」


 ウドクが、名を呼ぶ。

 だが、ジレンは上の空のように応える事が出来なかった。


 ──それは、ジレン達の視線の先に音もなく、だが、圧倒的な様相を持って出現した。

 今まで、そこには深く抉られた森の“溝”が断面を晒していただけの筈だった。

 その光景が幻だったかの様に、一瞬にして刷り変わっていた。

 

 一面の、漆黒。

 まるで、その空間だけを夜に切り取られた様に。

 だが、そうでは無い。

 小山の様な、巨大な黒い身体。

 それは、巨大な嘴と潰れた眼を持っていた。

 見える部位は、全て漆黒の羽根に覆われていた。


 ジレンは、震えを抑えきれない声で言う。


「……あれが、“闇喰い”だろ」


 呼吸すら躊躇うように動き止み、二人は新たに現れた化け物を見詰めていた。


 ──あれこそ、無理だ。

 狙われたら、逃げられっこない。


 絶望的に、そう思わざるを得ない光景だった。

 巨木の陰に身を潜め、ぴくりとも身動きが取れない恐怖。

 

 ずるずると、ミミズが地を這う音が響いている。

 

 真っ黒な小山の頂きが微かに動いた。

 それがゆっくりと揺れ、左の横っ面を晒していた“闇喰い”の顔が、此方に向く。

 猛禽の雛のように、大きく顔の左右に割れた嘴。

 そのまま、首を身体の横に押し付けるようにして、巨大な雛鳥の顔の右側が此方に向いた。

 潰れていない片眼が、あった。

 真円に縁取られた、銀色の眼がぱちり、と瞬きする。

 

 その時、── 気のせいだと思いたかったが。

 その眼と、目が合った。

 そして、その銀色の眼が笑うように細められたのが見えた。


 足元から競り上がる恐怖が背中を凍り付かせる。

 

 唐突に、“闇喰い”が動いた。

 それまで、音もなくそこに存在し緩やかに動いていた様子が、嘘だったように。

 素早く嘴を振り下ろし、地面を這っていたミミズを一突きにしたのだ。


 ごう、とその勢いに煽られた突風が吹き抜け。

 地面を貫いた振動が、ジレン達の足元にも届いた。

 身体を固くし声を殺したまま、二人は、その光景を凝視する。


 ミミズは、鳴き声を発する事は無かった。

 嘴に貫かれ捕らえられた瞬間に激しく身を打ち暴れたが、それも虚しく地面の上から浚われる。


 ミミズをくわえた嘴を、くい、と上げるとうねうねと暴れるそれを呑み込む。

 呆気なく化けミミズは、巨大な雛鳥の餌となって消えた。


「……ジレン」

「……黙ってろ。動くな」


 ウドクの声を遮り。

 ジレンは、“闇喰い”の挙動を見詰める。


 “闇喰い”は、食事の後の余韻でも楽しむかの如く、その嘴をしきりに開いては閉じを繰り返していた。

 その太い身体が、不意にぶるりと震え。

 大きく嘴を開くと、ぺっ、と何かを吐き出した。

 べちゃりと気味の悪い音を立てて、それが地面の上に落ちた。

 吐き出された、それを目にした二人の目が、同時に見開かれ動き止んだ。


 薄気味の悪い、べっとりとした粘液まみれになってそこに転がっているのは、どう見てもドールその人である。


『……不味い』


 ふと。大気を震わすような低い声が、頭上で響いた。


『なんだと思ったら、“聖女”の出来損ないでは無いか。喰えたものでは無いぞ』


 見上げる二人の視線の先で、そう言葉を告げて、嘴が動いている。


 ── 喋った……?


 そして、今度は、間違いなくその銀の眼と目が合い。

 “闇喰い”が、にやりと笑みを浮かべたのを、ジレンは、はっきりと認識した。


 ふっ、と“闇喰い”の姿が、忽然と消えた。

 

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