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スイソウノムコウガワ  作者: 荒井チェイサー
19/21

19

 文化祭の当日、各クラスを見て回る彩音の胸は虚しさでいっぱいだった。

 一年生の時は、隣のクラスと合同で巨大な迷路を作り上げた。

 文化祭の前日に与えられる時間だけでは足りず、文化祭の前の週から迷路の部品を作った。それでも間に合わず、当日の朝五時に教室に行ってまで作った。

 その甲斐あってか、巨大迷路は好評で、出し物の中で優秀賞を貰えた。その時はクラスの女子の大半が泣いて、自分も泣いた。

 あれから一年。

 あの出来事が嘘だったみたいに、今年は冷めていた。

 クラスの出し物の意見交換の際にも『部活の出し物がある』や『めんどくさい』といった意見しか出てこず、結局修学旅行の写真を貼るだけの何の意味もないモノが出来上がった。ただ、与えられた課題を無難にこなすだけの展示物、それが今回の自分のクラスの出し物だった。

 その意見をまとめたのは、自分だった。

 委員長と言う立場上、全ての意見を聞いてまとめなければいけなかった彩音は、皆のやる気のなさに意見をせずに、ただ黙ってそのくだらない展示物をすることを担任に報告した。

 怒られるかもしれないと思ったが、意外とあっさり通ってしまい、拍子抜けした。

 なんだ、誰も真剣にやらないのか。

 そんなことを思ったが、水槽の中にいる自分はそれを意見することができず、ただ、時間は流れていった。

 自分の所属する文芸部も似たようなものだった。

 夏になると各出版社が出す『夏に読みたい本』というのを全てパクったような企画をやっていた。

 勿論、彩音なりにお勧めの本を並べたりはしたが、図書館の利用率の低いこの学校では、何をしても無駄な気がした。

 しかも当日は図書館で過ごすことができない。幽霊部員と化している連中がこぞって図書館で過ごすため、中に入りたくないのだ。

 勿論彼らにただやらせるわけにはいかなかったので、床の清掃と本を仕舞うことだけは条件としてつけた。

 勿論、やらないだろうとも思ったが、取敢えずの体裁として必要だった。

 なんで、こんなことになっているんだろう。

 四階にある一年生の教室を見ていると、初めての文化祭を楽しんでいるキラキラした顔が目に映る。

 どのクラスも喫茶店を出したり、自分たちが去年やったような巨大な迷路を作ったりと楽しく過ごしていた。

 いいなあ。

 そう思う。

 ふと口をついてそんな言葉が出たので、慌てて口を塞いだ。けれど、今日は自分一人しかいないことに気付き、安堵した。

 いつも一緒に行動している連中は、今頃体育館やグラウンドで親善試合の真っ最中だろう。親善試合が終わった後も、父母の相手が待っており、こちらに来る余裕なんてない。先ほど、とりあえず応援には行って、顔だけは見せておいた。

 行かなかったら、あとでうるさいからだ。

 顔だけ出しておけば、あとでなんだかんだと言われることは無い。

 打算的だな。

 自分の行動を振り返りながら、そう思う。

 だけど、これが水槽の中の生き方なのだ。自己を持たずに、周囲の魚と同じように過ごすのが。

 足を進めていくと、美術室が見えた。

『美術部展示会会場』と書いてある札が、扉の中の様子を伺う為のガラスに貼り付けられていて、中の様子が見えなかった。

 あの場所に行こうかどうか迷った。

 自分がモデルになって、利香が描いた絵が飾ってあるのだから、見たくないわけがない。


 だけど、怖い。


 中に利香がいたら、どうやって接すればいいのかが怖い。

 どうすればいいんだろう。

 美術室の前まで来て、彩音の足が止まったその瞬間に、中から怒号が聞こえた。

「ふっざけんな!」

 怒りが頂点に達しているようなその声は、まぎれもなく利香の声だった。彩音は迷っている心を忘れたかのように、美術部の部室のドアを開けた。


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