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甘酸っぱいだけじゃない

 翌日、待ちに待った小宮が登校してきた。

 

 一躍クラスの有名人になったとは知らない小宮。朝から皆に意味深な視線を向けられ、「頑張れよ」と男子に背中を叩かれ、不思議そうな顔で席についた。

 あたしはその姿を横目にチラチラ見ながら、今すぐ抱きつきたい気持ちを必死に抑えてた。

 代わりに、どうやって話しかけるか考えることに頭を集中させる。

 

『小宮。あたし、あれから考えてみたんだけど。あたしも小宮のことが好きかもしんない。もっとよくお互いの気持ちを確かめ合うためにも、とりあえず、改めてオツキアイ始めてみるってのでどうかな?』

 

 うーん。ちょっと堅すぎるかな? もっとこう軽いノリで……。

 

『こ〜みやっ♪ あたしも小宮のコト好きだからさ。気にせず押し倒してネ☆』

 

 いやいや、これはNG。もう体に走らないって決めたんだ。

 

 大体真剣な小宮に対して軽い「好き」を言っちゃいけないよね。って今まで「好き」って色んな人に言ってきたからどうしても気持ちが籠もってるように言えないよー!

 

 そもそも小宮に対する「好き」と、他の人に対する「好き」って、どう違うのか自分でもよく分かんないし。

 皆はあたしが恋してるって言ってたけど、恋って上田さんみたいな純真なコの範疇じゃない?

 あたしみたいな、年がら年中、不特定多数の男の子に発情してるような女が目をウルウルさせて「好きです☆」なんてかな〜り違和感。あり得ない。「エッチしよ♪」の方がまだ自然に言える。

 

 あぁぁぁぁ〜〜っ。考えれば考えるほど、なんて言えばいいのかわかんなくなるぅぅぅ〜〜〜〜っ!

 

 そんなカンジに頭から蒸気を噴き出してると、小宮と一瞬、目が合った。

 途端、ポッと頬を赤らめて顔を逸らす小宮。

 

 かっ、可愛い〜〜〜〜っ!!

 

 ――よし。とりあえず細かいことは置いとこう。

 

 まずはぎゅ〜っと抱きついてみる。うまく言えないんならあたしらしく行動で示してみればいい。

 それから、「これがあたしの気持ち☆」とかってチューでもすれば小宮も分かってくれるに違いない、きっと。

 あとはオツキアイしていく中で自分の気持ちを確かめていけばいいいよね、うん。

 

 小宮が断らないこと前提だけど……。

 

 お願い。断らないでね、小宮!

 晴れて恋人同士になれたら、純情小宮に合わせて、清い男女交際ってやつ、頑張ってみるからね!

 

 しばらくエッチを迫らない。

 絵に描いたようなプラトニック・ラブにちゃれんじだぁぁ〜〜っ!

 

 ……考えるだに背中が痒いけど。

 そ、想像もつかない。あたしがプラトニック・ラブ……。

 

 で、でも、できるところまで頑張ってみる! 恋って響きも痒いけど、付き合ってくうちにどういうものか分かると思うから!

 

 昨日上田さんから借りた少女漫画のヒロインばりに!!

 

 

 浜路比奈、純情可憐な乙女に変身しまぁ〜〜〜〜すっ!!

 

  

  

 うずうずソワソワしまくって、ようやく長い一日が終わった。はよHR終わらせい! というあたしの殺気を感じたのか、担任の先生もいつもより早めに終わってくれた。

 即行荷物を片付ける。

 と、

 

「あ、あのっ。小宮君!」

 

 ピンク色に染まった声が小宮の名を呼んだ。

  

 今しも小宮に声をかけようと、席を立ち上がりかけてたあたしは先を越されて固まった。

 誰? 見かけないコ。このクラスのコじゃない。

 さらさらしたストレートヘアの女の子。恥ずかしそうにもじもじしながら小宮の席の横に立っている。

 なんだあの妙に眩しいピュアオーラ。

「はい? 僕になにか?」

 少し驚いた様子で小宮は答える。女の子が小さな声で何か言うと、戸惑いながら立ち上がる。

 そして女の子に連れられ、教室を出て行く小宮。教室中がその様子を固唾を呑んで見守った。

 

 今の……なに?

 

「隣のクラスのコだよ、あれ。とうとうコクるつもりなんじゃない?」

 前の席からやってきた麻美に言われ、硬直状態が解けた。

 

「コク……ハク……。小宮に…………」

 

 なんでよりにもよってこのタイミングで。

 まだ小宮はフリーだ。イエスの返事をしたって悪くない。

 さっきまで上昇気流に乗ってたテンションが一気に下がった。目の前が真っ暗になってくる。

 

「あ、あたし、様子を見てくるっ!」

 鞄をひっつかみ、二人を追うべく教室を飛び出した。

 

『比奈さん、ふぁいとぉ〜!』

 

 女子達の超盛り上がった声援が背後からあたしの背中を押す。

 な、なにを応援されてんのあたし? 周りにじろじろ見られてるんですがっ!

 振り返るのも恥ずかしくて廊下の先を見渡すと、ちょうど階段に消えてく二人の姿が見えた。慌てて追いかける。

 

 イヤだ、小宮。あたしを置いてかないで。あたしから離れてかないで。

 

 黒いもやもやが辺りを漂い始めて泣きたい気分になった。あたしは二人を追いかけてどうするつもりなんだろう。

 

 二人は一階に降り、渡り廊下の方に向かって行った。

 イチョウのベンチに並んで腰掛け、もじもじしながら話してる。あたしはその様子をこっそり廊下の出口から見守った。

 こっからだと二人の横顔と背中しか見えないけど、恥ずかしそうに赤らんでるのは分かる。

 間違いない。小宮はあのコに告白されてる。

 見るからに清純そうな女の子だ。黒い艶やかな髪に楚々とした仕草。上田さんみたいな、女の子らしくて可憐なタイプ。

 

 純な小宮と、凄く良く似合ってる……。

 

 

「あぁ〜ん。鮎川さんに先越されたかぁ〜」

 突然、後ろから声がしてドキッと振り返った。

 そこに数人の女子達が立っていた。

「鮎川さん可愛いもんね。悔しいけど小宮君は諦めるかぁ〜。鮎川さんなら小宮君とお似合いで納得ってカンジだし」

 どうやら小宮を狙ってたコ達らしい。丸聞こえの大きめな声。

 残念そうなぼやきにズキン、と胸が痛んだ。

 確かに二人はお似合いだ。

「小宮君、真面目で純だもんね。やっぱ鮎川さんみたいなコが似合うよ」

 あたしの心を写し取ったかのような会話。耳を塞ぎたくなって顔を背けた。

 立ち去ろうと足を動かす。だけどその次の言葉にピタリと足が止まる。

 

「――どこかの誰かさんみたいな尻軽女とは違ってね」

 

 えっ――

 

 尻軽女って……もしかして……。

 

「ああ、いたね〜。小宮君に纏わりついて色目使ってるや〜らしい女。誰とでも寝るって噂のコでしょ? 水商売もしてるって聞いたことあるよ」

「てゆーか家がキャバクラなんだって。だからそういうの平気でできるんじゃない?」

 

 あたしのことだ。このコ達、あたしのこと知っててあたしの前で――。

 キッと睨むとその女子達はくすくすと悪意に満ちた目で笑った。

 

「よく恥ずかしげもなく学校に来れるよね。周囲の目って気にならないのかな?」

「どうでもいいんじゃない? 影で遊び人って言われようがヤリマンって言われようが」

「なっ――」

 

 体が震える。すっと血の気が引いた。

 

 あたしって、そんな風に言われてたの?

 

「あんな汚れもん、する気もおきないって言ってたよ、みんな」

「そう? でも見た目はまぁまぁだし、誘えばホイホイついてきてお手軽だから、一回くらいはヤってもいいって人もいたよ?」

「ぷっ。そういう男にしか相手にされてないんだ。ランクひく〜っ」

 

 胸がぎゅっと絞られたみたいに苦しくなった。

 明らかに因縁つけられてる、あたし。

 無視――しようと思ったけど、気付けば一歩踏み出していた。負けたくない。

 

「い、言いたいことあるなら、あたしに正々堂々と言いなよっ。聞こえるように陰口叩くのって、陰湿じゃない?」

 

 なんとか絞りだして言ってみた。けど強張り気味の声はいかにも虚勢を張ってる風で頼りがない。

 足もみっともなく震えてるし。あたし――――ダメだ。ブルっちゃってる。

 

 だって――勝てるわけがない。

 

 彼女達が言ってることは、本当のことなんだ。

 

「あ、噂の浜路さん。そこにいたんだ〜? ごめんごめん、気付かなかったよ」

「あたし達、浜路さんみたいに堂々とできないからさ〜。コソコソしちゃってごめんね〜」

「堂々と不純異性交遊とか? あはははっ、できないわそりゃっ!」

  

 浴びせられる嘲笑に身がすくんだ。

 今度は真っ向からぶつけられる悪意。体が凍りついたように動かない。

 

「別に、言いたいことなんてないよ? あたし達はただ、小宮君が変な女にひっかからなくて良かったな〜って言ってただけで」

「そうそう。どうせなら、潔く身をひいた方がいいんじゃない? とは思うけどね〜」

「小宮君まで変な目で見られるようになるじゃん。身の程をわきまえろっての!」

 

 声が、出なかった。

 

 頭が殴られたようにクラクラして、息が苦しい。胸が痛い。

 

 後ずさった足が自然と駆け出す。その場を逃げ出すしかなかった。

 もう耐えられない。

 

 イヤだ。聞きたくない――

 

 女子達の前を走りぬけ、くすくす笑いを背後に振り切って昇降口に向かった。

 

 

 バカだ、あたし。

 

 ちょっと考えれば、自分が小宮に似合わないことなんてすぐに分かるのに。

 

 汚れてる。尻軽女。誰とでも寝る。

 全部本当のことだ。あたしは誘われれば誰とでも寝た。

 あたしと一緒にいると、小宮までそんな目で見られる――

 

『自分が傷付くだけだぞ。アイツとお前とじゃ――』

 

 今ならイツキが言おうとしてたことが分かる。

 

 小宮とあたしとじゃ住んでる世界が違う。

 

 

 釣り合わない、んだ。

 

  

 今頃気付くなんて。バカだあたし。そうだよ。とっくに踏み外してたんじゃん。

 

 今頃――

 

 ううん、違う。本当は気付いてた。

 考えないようにしてたんだ。自分がどんなにバカなことしてるかって。

 みんな好きだから。抱かれたくなるのは自然なことだから。

 そう……自分に言い聞かせて。

 

 安易に人肌を求める自分から、目を逸らしてたんだ――

 

  

 下校する生徒達のざわめきの中、昇降口に辿り着いて自分の下駄箱を探す。

 一刻も早く外に飛び出したかったけど、足がふらついて立っていられない。下駄箱に寄りかかって少し息をついた。

 どこに行けばいいんだろう。あたしの靴、どこだっけ? 頭がまわらない。

 なんとか自分の名前の付いた箱を見つけて靴に履き替えた。

 ふらりと校舎を飛び出した直後。

 

「比奈さん!」

 

 小宮の声が、あたしを呼んだ。

 

 大丈夫。反射的に止まった足は震えてるけど。涙は出てない。

 笑っとけ、あたし。「ドンマイ♪」って笑っとけ。

 だって泣くなんておかしい。自業自得じゃん。今更じゃん。小宮が困っちゃう。

 笑って振り返るんだ――

 

「なに、小宮?」

 

 オッケー。なんとか笑えた。

 

「後ろ姿が見えて……。もしかしてさっきの見てた? あの、僕、きちんと」

「もってもてじゃん、小宮。良かったね! あんな可愛いコ、振るなんてもったいないよ。付き合っちゃいなよ!」

 できるだけ明るく言ってみた。なのに、空気が凍った。

 

「え……」

 

 表情をなくす小宮の顔から僅かに目を逸らして言葉を続ける。

「だって、お似合いじゃん。純真そうで小宮にピッタリだよ」

 大丈夫。震えてない。

「応援してるから、あたし。あ、でも、彼女できたらもうあたしと気安く話さない方がいいよ。彼女を大事にしてあげなね」

 大丈夫。……なわけがない。頭が真っ白になってきた。

 

 どうしよう。まるで自分が喋ってるように感じない。誰かがあたしの声で喋ってるみたい。

 口が勝手にスラスラと動きだした。

  

「比奈さん……」

「あたしと小宮じゃ世界が違うっしょ? あたしみたいな遊び人とはもう縁を切って、小宮は小宮の道を行きなよ。――小宮はまだ……キレイなんだからさ」

 

 顔色を変え、目を見開く小宮。

 

「比奈さん、それって……。誰かに何か言われたの?」 

「やっぱり知ってたんだね小宮。あたしの噂」

 

 ……これで納得できた。これまで小宮が取ってきた言動の数々。

 

 その途端、何かが堰を切って溢れ出した。

 

「もう……いいから。もう、庇ってくれなくていいからっ」

 

 声が震えながら大きくなる。ダメだ。我慢できない――

 

「もう、優しくしてくれなくていいから! あたしに近付かないでっ! あたしなんて――」

「比奈さ」

 

 

「あたしなんて……そんな価値のある女じゃないんだからっ!!」

 

 

 とうとう言ってしまった叫びは、空気を引き裂いた。

 

   

 

「――そんな、こと」

「同情してくれなくていいから! だって本当のコトじゃん! あたしは、誰とでも寝るの!」

 近寄ろうとする小宮を全身で拒絶する。

「だから、いいの! 小宮の優しさなんて欲しくないから! 優しく抱いてくれる人なんていっぱいいるしっ! 小宮の他にも、いっぱいいるんだからっ!!」

 叫ぶと同時に背中を向けた。

 

「待って比奈さん!」  

「さよなら小宮っ!!」

 

 これで終わりだ。決定的だ。あたしが一方的に幕を引いたんだ。

 

 もう小宮の顔は見れない。笑うことなんてできない。

 小宮の制止も聞かずに、ひたすら校門へ続く道を走って逃げた。

 

 ホントにあたしってバカだ。

 

 言わなくてもいいことまで言って。小宮を戸惑わせて。

 もっとキレイにサヨナラできたはずなのに。

  

 バカ、バカ、バカ――

 

 胸が苦しくて涙が止まらない。

 

 どうしよう。どうしたら笑えるんだろう。

 

 どうしたら明日から、笑って「おはよう」って言えるのかな?

  

 どうしたら――――

 

  

  

「比奈」

 

 その時。

 

 校門に立ってた人影が駆け抜けようとしたあたしを呼び止めた。 

 聞きなれた心地良い響きに自然と止まる足。振り向いた先にいるその人は。

 

 シニカルな笑み。獣の眼差し。夜の仲間。

 

 あたしと同じ世界の住人。

 

 

「イツキ――」

 

 

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