初めてのチェリー☆
背中に当たる冷たい床の感触。
それとは対照的な上からの熱い眼差し。
とんだ温度差に意識が混乱しかけた。なにこれ。何が起こってんの?
小宮があたしの上に覆いかぶさってる!
でもすぐにそれは実感を伴って頭に染み込んできた。
小宮があたしを抱こうとしてくれてる――
「比奈さん、ホントに僕でいいの……?」
間近にある長い睫毛が震える。潤んだ瞳があたしを見つめる。
いいも悪いも……。
「あたしが誘ったんだからいいに決まってるじゃん」
当然とばかりにあたしは答えた。どうしてそんなコト訊くんだか。小宮ってば律儀すぎ。
「あったかくて気持ちいいもん、小宮。ずっとこうしてたいよ?」
にこっと笑って言うとますます赤くなる小宮の顔。それからぎゅっと抱きしめられた。
「僕も、ずっとこうしてたい……」
火がついたみたいにかぁっと体が熱くなった。
それホント、小宮!?
どうしよう。嬉しくてなんかムズムズする。たまらずぎゅっと小宮を抱き返す。
すると伝わってくる心臓の音――どくっどくっどくっ。
すごい速さ。でもあたしも同じだ。
どくどく。どくどく。
もっと感じていたい。
小宮の音と温度に、もっと包まれていたい。
――なんだろう、この気持ち。
小宮が欲しい。でも言葉にすると何かが違う。うまく言えないけど違う。
今まで何人もとエッチしてきた。自分から求めたこともあった。
抱かれる夜はなんだかホッとして――
楽しくて気持ちよくて、あったかくて――だからそれだけでいいと思ってた。
温もりをくれるのは誰でもいいと思ってたんだ。
なのに。
小宮の温もりは…………どこか特別。
他の誰よりもずっとずっと気持ちいい。
心の底からポカポカして、ふわふわするような気持ちよさ。その中にあるくすぐったさと甘酸っぱさ。
サクランボを食べたみたいな甘酸っぱさが、あたしを包んでくれるんだ。
このふわふわは、何なのかな――
「好きに抱いていいんだよ小宮。もうあたしに触るの平気なんでしょ?」
「別の意味で平気じゃないけど……。あんなに触れるのが怖かったのに……嘘みたいだ」
身を起こしてあたしを見つめる小宮。
「今は……もっと比奈さんにさわっていたいんだ」
どくん、と心臓が脈打った。
またあたしの首に顔を沈める小宮。首筋にかかる熱い息がぞくぞくっと背中を震わせる。
「と……特訓した甲斐あったね」
おどけて言ってみせた次の瞬間、体に電流が走りぬけて息を呑んだ。いきなり首筋にキス!
「やっ――!」
思わず反らした背中の下に腕が回され、強く抱き締められる。
キスは首筋から鎖骨に移動して、たまらず「ひゃんっ」と声が漏れる。
更に移動を続ける小宮の唇。時々ペロリとされるのは、以前あたしがやったことの見よう見まねに違いない。
「ん……あっ――あっ!」
今ならあの時、どんだけ小宮が恥ずかしかったかが分かる。
小宮にコレやられると、くすぐったくって仕方ない。声もついつい大きくなる。
身をよじって耐えてたら、柔らかいキスは胸元にまで下りてきた。
太股には熱いアレの感触――――
頭がじんじん痺れてくる。
「比奈さん……比奈さん……」
「あっ、小宮っ。こみやぁっ」
熱に浮かされたように小宮の名を呼んだ次の瞬間。
ひゃっ!
大きな刺激に肩が跳ねた。
やっ。熱いっ!
胸の谷間にキスを落とされる。
それと同時にそっと胸を包み込む手。レースの上から恐る恐る触れてくる。
甘い痺れが全身を走り抜けた。
「んっ――!」
だめっ、気持ち良すぎる! なんか体がもたないよ。
気持ち良すぎて怖いくらい。ぶるっと体の芯が震えてくる。
本当に、エッチしようとしてるんだ、あたし達――
小宮とエッチ、するんだ――――
その時、ぼーっと霞がかった頭の隅っこで、ふと何かが囁いた。
――――しても、いいのかな?
「っ!?」
なに、いまの。
すっと頭が冷める。
いいに決まってるじゃん。
エッチするのが約束だったし。あたし、ずっとしたかったし。
ここでしとかないと、もう小宮と――
小宮と――――
――――本当にエッチがしたいのかな、あたし?
って、なに考えてんの! したいに決まってるじゃん!
あたしが欲しいのは体の温もりなの!
エッチで繋がれば体も心も満たされるじゃん。あたしはそれだけでいい。
小宮が欲しいの。今だけでも欲しいの。
ずっと傍にいてなんて望まない。男の人はいつか離れてく。
お父さんでさえ、離れていった。あたしを置いて――
だから一晩でもいいの。これっきりの仲になっても――――
ひいてしまった体の熱を取り戻そうと小宮の背中を抱きしめた。
あたしの胸に顔をうずめる小宮。ふと気付く。動きが止まってる――?
「どうしたの、小宮……?」
不安になって訊くと、小宮の顔が上げられた。
苦しそうに寄せられた眉。憂いを含んだ長い睫毛。
それからぎゅっと結ばれた唇が開いた。
「ダメだ…………。やっぱりできないよ」
な――――
「なんで……?」
声が震えた。
「ごめん比奈さん。僕が最初に言ったこと、取り消すよ」
目の前が真っ暗になる。
「あれは僕が本当に言いたかったことじゃないんだ。なんとか比奈さんの足を止めたくて、咄嗟に出た言葉なんだ。今までずっと騙しててごめん……」
「なんで今更……」
涙が滲んだ。心臓がぎゅっと絞られたみたいに苦しい。
「勇気がなくて、今まで言えなかったんだ。でも、もうこれ以上黙ってるなんてできない。僕には比奈さんを抱くことはできないから……」
「なんでできないのっ!?」
頭にカッと血が昇った。身を起こして小宮の胸を力一杯叩く。
その途端、心の奥にあった不安が、もやもやが、一斉に噴き出した。
「ウソでも最後まで突き通せばいいじゃんっ! そんなにあたしとするのがイヤなの!? ホントはあたしのコト嫌いなんでしょっ!?」
勝手に口が叫ぶ。もう止まらない。
言葉と一緒に、涙がポタポタと零れた。
小宮は最初からあたしとエッチする気なんてなかったんだ。そんなのとっくに気付いてた。
気付いてたけど、知りたくなかった。小宮の気持ち。
小宮はあたしのことなんて。あたしのことなんて――
「ちがっ――」
「あたしのコト、からかって、バカにしてたの!? ホントにバカだもんね、あたし! こんなコトまでしてバッカみたい!」
「違うんだ比奈さ」
「そんなにあたしが嫌いなら出てってよっ! あたしだって、小宮のことなんか、小宮のことなんか――」
その時、強く肩を掴まれた。
払いのけようとした瞬間。
「好きなんだっ!!」
時間が、止まった。
「――え?」
なに?
ポカンと小宮の顔を見上げる。視界に飛び込んできた瞳は真剣そのもので。真っ直ぐあたしを見つめてる。
「君が好きなんだ! ずっと好きだったんだ! あんなの咄嗟に出た口実で、僕はただ、君の傍にいれたら……君の笑顔が近くで見れたらいいな、って――――本当に、それだけだったんだ!」
何を言ってるのかよく分からない。頭が真っ白になって言葉が出てこない。
「ごめん。まるで体目当てみたいなコト言っちゃって……ずっと後悔してた……。女の子に触ることもできないくせに、比奈さんを嘘で振り回して…………何度ももうやめようって思ったんだ。謝って、比奈さんの前から消えようって」
辛そうに目を伏せる小宮。
「だけどどうしても勇気が出せなくて――こんな繋がりでもなくしたくなかった。君の傍にいたかったんだ!」
また真摯な瞳を向けられ、あたしはびくっと肩を震わせた。
えっと。何を言ってるのかな、小宮は。
あたしの傍にいたかったって。あたしを好きって――
スキってつまりキライの反対で、小宮があたしをスキってことは――
スキってことは? 小宮が? あたしを?
スキって。え。え。え。
えええええええええええっ!?
「こ、小宮が、あたしをスキ? ドッキリじゃなくて? ホントに? あたしを、すき、すきって」
隙をつくとか鋤で突付くとか。そういうのじゃないよね?
あははは。スキってどう書くんだったっけ。てゆーかコンランしてる、あたし?
「ご、ごめんっ。突然変なこと言って! よ、要は謝りたかっただけで。告白とか、そんな場面じゃないよね!」
言い切った後に恥ずかしくなってきたのか、カーッと赤くなる小宮。
えっと。今どんな場面なんだっけ? さっきまでナニ話してたんだっけ?
あたし、泣いてたんじゃなかったっけ?
「こ、こんなこと、いきなり言われても迷惑だよねっ。だからどうしたって感じだよねっ! ごめん、比奈さん。告白は忘れていいから! 比奈さんが特定の人と付き合う気はないって知ってるから僕っ!」
勢いよく立ち上がってあたしから離れていく体。
あは。あははは。どっかで聞いたようなセリフじゃない、それ?
またおんなじテンパり方してるよ小宮。あはは。
「ホントにごめんね!」
バタバタと服を掴んで走り去ってく音がする。背後でドアが閉まる。
追いかけたいけど、体が動かなかった。
完全に力が抜けちゃって、ぺたんと座り込んだままボーッと宙を見つめてた。
小宮があたしを……。信じらんない。だって、抱けないって……。
夢かな? 夢なのかなこれ?
胸の痛みとか、苦しかったこととか、全部どっかに吹っ飛んじゃって。
頬が熱くてたまらない。
頭にはピンクの靄がかかってる。
体はふわふわ。雲の上を漂ってるみたいな浮遊感。
ふわふわ。ふわふわ。ふわふわ。
なんだろこれ。
どうしたのあたし。どうしちゃったのあたし。なんだかおかしい。
まったく力が入らない。
サクランボの山でも食べたみたいな。
痺れるような甘酸っぱさがあとからあとから湧いてくる。
『好きなんだ!』
頭にこびりつく小宮の顔。リフレインする声。
またカーッと胸が熱くなる。
なにこれ。世界中がピンク色だ。
どこもかしこもピンク色だ。
漂うピンクのふわふわの中、サクランボが辺り一面、揺れていた。
とうとう、告白しましたね。(笑)
小宮、頑張りました。
言い逃げしたはいいものの、玄関先でせっせと服に着替えたのかと思うとちょっと笑えます。(笑)
そして慌ててドアを開けようとしたら、ガチャン!
「ええっ!? チェーンロック!?」
監禁までされなくて良かったね、小宮・・・。(笑)