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純情少年と夜のお仕事

 

 

この作品で参加してる「はじめてのXXX」企画の賞選考が始まりました。

リンクしてある企画案内HPに賞選考専用BBSが設置されましたので、よければ何でも書き込んでみてください。

「チェリー」への投票でなくてもいいので、他の作品でも良いと思うものがあれば是非投票してみてください。(^-^)

 

 

 

「小宮! これ、5番テーブル。こっちは7番テーブルね!」

「うん、分かった」

 

 あたしが渡すお皿とグラスを盆に載せ、しっかりとした足取りで運んでいく小宮。

 ベストに蝶ネクタイというフォーマルなボーイの制服がビシッと決まってる。

 煌びやかなシャンデリアのもと、テーブルの間をきりりと歩く姿は既にこなれた風。

 抱きつきたくてお触りしたくて、その背中を名残り惜しげに見送るけど。

 

「比奈ちゃん! 氷の準備頼む!」

 

 もう一人のキッチンスタッフに呼ばれてウットリ見惚れてるヒマなどないのだった。

 

 

 

 ママの店のスタッフの男性が風邪でお休みするってことで。急遽店を手伝うことになった小宮。

 店に連れて行くと、予想以上の熱烈歓迎ぶりに目を白黒させてた。

 女の人にワッと周りを囲まれ、小宮は一瞬にしてカチンコチンの石像状態に。ベタベタ触ろうとするおねーさん達をあたしが一喝して追い払った。

 それからママの指導のもと、一時間で言葉遣い、身のこなしなどを仕込まれ、付け焼刃のぶっつけ本番でやらされてる小宮なんだけど。なかなかサマになってて連れてきたあたしも鼻が高い。

 お皿やグラスを運ぶだけでも、と思ってたのに。小宮はそれ以上の働きを見せてくれた。

 メニューを全部覚えてカクテルも作ってくれるし、女の子の配置、会計までこなせるようになっちゃって、ホントもうビックリ! 小宮の物覚えの早さときたら!

 ちょ〜〜〜〜カッコイイよ小宮!

 ああしてたらチェリーになんか全然見えない!

 

「頑張ってくれてるわ、彼。いいコ連れてきてくれて、ありがとね、比奈」

 キッチンに顔を出しにきたママに言われて、嬉しくてにんまり顔が戻らなくなった。

「高校生じゃなかったら正式に雇いたいところよ」

 小宮がうちの店の正式なスタッフ!?

 うわ〜〜。いいなぁそれ。毎日一緒に働ける!

 ポ〜ッとなってたら、ビールの泡がジョッキから溢れてた。

「あわわわ!」

「なにやってるの比奈……。彼の働きはともかく、彼がいるとあなたが落ち着かないんじゃ、意味ないわよ」

「ごめんママ〜」

 布巾でグラスを拭きながらしょんぼりうなだれる。

「ふふ……でも、彼がここで働くのは心配よね。女性陣がほっとかないものね」

「え? ほっとかないってなんで?」

 キョトン、と顔を上げる。

「あら? 気付いてないの比奈? うちのコ達の顔。みんなチラチラ小宮君を見てるわよ」

「えっ!」

  

 な、ななな、なんですとぉ〜〜〜〜っ!?

 

 あたしは慌ててキッチンの入り口に駆け寄り、ホールを覗き込んだ。

 確かに。みんな見てる。

 若い子好きのアカリさんだけじゃない。ナイスバディなミチルさんや酒豪のケイコさんも、お客さんの相手しながら時たま小宮に視線を送ってる!

「ちょっとナニ小宮に色目使ってんのみんなぁ〜っ」

 入り口の壁に爪を立ててギリギリ。

 小宮はあたしのなのに!

「こらこら。ちゃんと働かないんなら家に帰すわよ比奈」

 後ろからママの低い声が聞こえてくる。やばっ。怒ってる。

「だ、だめだめ! 絶対、小宮一人置いて帰らないからね!」

 慌てて仕事に戻るあたし。

 ぜんっりょくで働かせていただきます!

 

 

 

 そんなこんなであっとゆう間に1時を回った。

 へろへろになりながらレタスを剥く。これが最後のレタスだといいなぁ〜……。

「比奈さん。大丈夫? 疲れた顔してるよ」

 空きグラスを下げてきた小宮が心配そうに声をかけてきた。

 全然大丈夫じゃないよ小宮。頑張ってるあたしにチューのご褒美ちょーだい。

「大分お客さんも減ってきたことだし。後片付けの前に小宮君と一休みしてきていいわよ、比奈」

「わっ! 本当!? ママ!」

 目を輝かせるあたしにママは頷き返してくれた。

「やった! コーヒーでも飲も、小宮!」

 早速小宮の手を取る。あ。レタスとか触った後だった。すぐに手を離して洗い場に向かう。

 コックを捻って手を洗ってると、ママが大人しく待ってる小宮に話しかけた。

 

「こんなコに付き合ってくれてどうもありがとうね、小宮君」

 なんだか嬉しげな声。

 こんなコって、どういうコなのママ?

 

「え、いえ、僕の方こそ。比奈さんによくしてもらってます」

 いえいえそれほどでも。まだなんにもしてないし。キスは無理矢理したけど。

 

「色々困ったところのあるコだから迷惑かけてない?」

 ぎくっ! よ、酔っ払って襲いましたっ。

 

「迷惑だなんてそんな。比奈さんは明るくていい子ですから」

 ナイスフォロー! 明るくていい子だなんて、嬉しいコト言ってくれるじゃん、小宮。

 思わずにんまり。でも次のママの言葉に緩んだ頬が引き攣った。

 

「小宮君は優しいわね……。比奈にぴったり」

 ちょっ。ママ、なんか誤解してない?

 

「えっ! そ、そうですか? あはは……」

 小宮が困ってんじゃん。恋人でも何でもないのに。

 

「よければこれからも比奈のこと、よろしく頼むわね」

「ぼ、僕でよろしければ、比奈さんのお力になれるよう頑張りますっ」

 

 あーもう、ママったら嫁にやるみたいな言い方しちゃって。

 適当に受け答える小宮も小宮だけど。

 これからも時々お店の手伝い引き受けよう、とか思ってくれてるんだろうな。お人好しなんだからもう。

 なるべく小宮の好意に甘えないようにしないとね。ずるずる甘えちゃいそう。

 小宮にはアッチ方面で頑張ってもらうってことで……。

 

 手を拭いて、冷蔵庫からサクランボのパックを取り出す。

 弾む足取りで小宮を店の休憩室に案内した。

 

 

 うちの休憩室はママの趣味により和室。

 大きなテーブルと電気ポットがあって、いつでもコーヒーやお茶を飲めるようになっている。

 部屋の隅には仮眠を取る人用の毛布があって、結構居心地がいい。

 

「こんな遅くまでごめんね小宮。終わったら送迎スタッフが家まで送ってくれるから」

 マグカップにインスタントコーヒーを入れながら言うと、

「気にしないで。比奈さんにはいつも色々してもらってるから」

 にこっと笑って気遣ってくれる小宮。

「肝心なコトはまだなんにもしてないけどね……」

 ジトっと横目に見ながら言った言葉はちょっと責めてる感じがあったかもしれない。

 小宮は気まずそうにあははと笑った。

 

「もうそろそろ小宮からキスとかあってもいいと思うんだけど?」

 テーブルにコーヒーカップーを二つ並べて、小宮の横に座る。

「そ、そう……だね」

「そうだね、じゃなくて! あの日からもう三ヶ月近く経つんだよ! 手は繋げるようになったけど、まだハグもできないなんて異常! 異常すぎるよ小宮!」

 ビシッと指を突きつけて言ってやる。

「ごめんなさい……」

 しゅん、とうなだれる小宮の手を横から握る。肩に寄りかかるとビクッと強張るのが伝わってきた。

「キス……小宮からがムリなら、またあたしからしちゃうよ?」

「そっ。それは……。やっぱり男としてはされるよりする方が……」

「じゃあもうちょっと頑張ろうよ! 脱・チェリーしたいんでしょ?」

 この時あたしは当然「うん」って返事が返ってくるものと思ってた。パッと覗き込んだ小宮の顔が縦に振られず真面目な表情になっているのに気付く、その瞬間まで。

 

「……そのことなんだけど比奈さん……」

 言いにくそうに目を伏せる小宮にドキッとした。

 え? なに? もしかして。

 

 なかったことにして欲しい……とか?

 

 浮かれた気分が一瞬で沈み、ズキン、と胸が痛む。

 

 そうだ。小宮は一度お願いを取り下げた。

 やっぱり僕には無理そうだから……って。

 あの時と同じこと言おうとしてる?

 

「僕……」

 

 やだ。聞きたくない。

 言葉を遮りたいと思った瞬間、勝手に上擦った声が出た。

 

「で、でも小宮も頑張ってるもんね! 焦る必要ないと思うよ、うん!」

  

 あわわわっ。わざとらしすぎるよ今の。

 き、気まずい。顔を逸らしてサクランボのパックを開ける。

 一粒くわえるけど、なんだか甘味を感じない。

 ……美味しくない。

 

「ん……。比奈さんがいいなら……もう少し、このまま頑張ってみるよ」

「うん、頑張って! あたし、小宮の成長見守ってるから!」

 

 不自然に跳ね上がる鼓動を抑えつつ振り返る。

 

 ごくっ

 

 うぐっ! で、デジャヴュ! またタネ飲んだぁぁっ!!

 

「……げほっ! げほっ!」

「比奈さん……。もう少し落ち着いて食べないと……」

 

 背中をトントンしてくれる小宮。そういうのはできるのね。

 差し出してくれるハンカチを口に当てる。

 ううっ。コーヒーが逆流しそう。

 オンナ度下がるぅぅ〜〜。

 

 しばらく咳き込んだ後、コーヒーを飲んで喉の痛みを鎮めた。

 今日はもうサクランボやめておこう。

 てゆーか小宮の前で食べるのやめておこう。

 

「それにしてもパックで食べるほどサクランボ好きなんだね」

「……コホッ、ん、ん、あ〜〜」

 一度喉の調子を整えて。

「おっけ。うん、大好きだよ。昔から店の人がよくくれたから。春の一番の楽しみだよ〜ってもう夏だけど」

「そっか」とコーヒーを口に含む小宮。

 そのままカップに目を落とす。静かに数口飲んだ後、ややあって顔を上げた。

 

「キャバクラって、最初聞いた時は驚いたけど。ここの人達はみんな自分の仕事に誇りを持ってていい人達だね」

 その言葉にまだ少し引き摺ってた胸の痛みが和らいだ。ママの店の人を褒められたのは初めてかも。

「うん、みんないい人達だよ。明るくて面白くて、人に接する仕事を心から楽しんでる。あたしも大好きなんだ、この店」

 心の奥がほんわかしてきて自然と口元が綻んだ。

 

「比奈さんは……今はキッチンのお手伝いしてるけど、高校卒業したら接客の方で働くの?」

「うん、あたしはそのつもり。小学生の時からずっとこの店を見てたし。仕事の内容もよく分かってる。でもママは渋ってるんだよね〜。キャバ嬢になる前に経験するべきことが沢山あるでしょ、ってさ〜」

「そうなんだ……」

 またコーヒーに視線を落とす小宮からあたしも視線を外し、見慣れた休憩室の白い壁に目をやった。

 

 経験すべきことってなんだろう……。

 

 人とお喋りするのは楽しくて好き。

 お酒も今は飲めないけど、多分好きになれる。

 エッチも、キャバ嬢は体を売る仕事じゃないから、したい人とすればいいんだし。

 人と接するのが好きなあたしの天職だと思うんだけど。

 あたしに足りないものって何なんだろう?

 みんなは何であたしをコドモ扱いするんだろう?

 

 ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーは甘いはずなのに、ほろ苦い気持ちが湧いてくる。

 

 ふいに小宮があたしを見て言った。

 

「比奈さんの、小さい頃の話を聞いてもいい?」

「へ? 小さい頃?」

 

 なんでいきなり?

 目をぱちくりさせる。

 

「もっと比奈さんのこと知りたいなって思ったんだけど……駄目かな?」

 

 ドキッ

 

 そ……そういうイミシンなコト言っちゃダメだよ小宮。

 最近鼓動がオーバーヒート気味なんだから。高血圧が慢性化しちゃうじゃん。

 天然クンはさりげなくて困る。

 

「べ、別にいいけど。大して面白い話じゃないよ?」

「そう? 比奈さんのことだから、面白い武勇伝がいっぱいありそうなんだけどな」

「うんうん昔からアホだったから……ってなんだとコラッ!」

 

 じゃれあって笑える居心地のいい空間。

 

 あたしの育った場所。

 

 小宮の頬を引っぱりながら、徐々に蘇ってくる楽しい思い出に浸されて。

 

 あたしはふっと緊張を解き、それから少しずつ、昔を懐かしみながら語り始めた。

 

 

 

まだ連載中の企画作品でオススメのものを紹介します。

 

『檸檬以上 蜂蜜未満で 林檎以下』

 

水沢 莉先生著の高い筆力、どこか危うげで応援したくなるヒロインが魅力の作品です。

都会に生きる人の息遣いが聞こえてきそうな生き生きとした情景描写、自分らしく生きていく主人公のマイペースな生き様が大好きです。

また幼馴染との、恋愛に発展しそうで微妙なラインを保ってるゆったりとした関係も心地良いです。

 

よければ読んでみてください♪

 

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