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春って出会いの季節です!

 キ−ンコーンカーンコーン……

 

 学校中に響き渡るチャイムの音。

 

 あ……やっと終わってくれた?

 

 ウトウトしてたあたしはハッと目を覚まして顔を上げた。

 すると大仏さんが教壇に……じゃない。頭が大仏さんのような数学の先生が教科書を閉じてるところだった。

 

 お。今日は時間キッチリだ。ラッキー。

 

 その先生、いつもはチャイムが鳴っても頑固に授業を続けようとするのだ。

 お昼前で集中力萎え萎えのこの時間帯。授業を長々と引き伸ばす教師はPTAに訴えられてもいいと思う。うん。

 

「比奈。お昼どうする?」

 2コ前の席に座ってた親友の麻美が立ち上がり、あたしの席までやってきた。首のラインで緩くカールした髪を暑そうにかきあげ、襟の中に風を送っている。

 暑いのはあたしも同じ。四月のうららかを通り越して熱線気味なこの陽気。窓際席はまるでガマン大会のサウナ風呂状態なのだ。お昼ともなればもう汗だくなわけで。

「お弁当あるよ」

 あたしもノートで首元を扇ぎながら答えた。

 ええい、袖も捲くっちゃえ!

 授業中に捲くってたら怒られるけど、今は休憩時間だし。これはいわゆる死活問題なのだ!

 

「そっか。じゃああたしはパン買ってくるわ」

「あ、あたしもジュース買うから一緒にいこ」

 購買に行こうと背中を向ける麻美を呼び止める。だけど席を立ち上がろうとした時、あたしの前に立ち並ぶ影に気付いて浮かした腰を止めることに。

 

「あ、あの、浜路さんっ」

 およ? あたしの名前が呼ばれた?

 数人の女子があたしの席の前に立ち、なにやらもじもじしながら遠慮がちに声をかけてきた。

「なに? あたしに用事?」

 自分を指差しながら答える。ちょっと驚いた。麻美以外の女子とはあんまり親しくないから声をかけられるなんて珍しいことだったのだ。

「うん、ちょっと訊きたいことがあるんだ。いいかな?」

「いいよー。なんでも訊いて」

 にこっと笑いながら答えると彼女達はほっとしたような顔になった。

 

 う〜ん。まだまだ打ち解けてないな〜。

 

 あたし、普段怖い顔してるわけでも、キツイこと言ってるわけでもない。どちらかというと気さくな方だと思ってるんだけど、何故かクラスの女子からはちょっと敬遠されている。

 派手だからかな? よくわかんない。

「比奈ー。ジュース買ってきたげるよ。何がいい?」

 あたしを待ってくれてた麻美がすぐに終わらない雰囲気を感じ取ったのか、そう言ってくれた。さすが心友と書いてトモ。

 ビタミンウォーターを頼んでクラスの女子に向き直る。浮かした腰はまた椅子に逆戻り。

「で、なにかな?」

 改めて訊く。でも彼女たちはなかなか話を切り出せない様子。もじもじが超もじもじにレベルアップしてる。互いを肘で小突きあって「アンタ言いなよ〜」「えぇ〜」とか内輪で盛り上がってる。

 こういう時って、部外者はちょっと居づらいよね。

 まだかな〜お腹空いたな〜と机の横に掛けてる弁当箱入りの鞄を切なげに撫でてると、ようやく話が始まった。

 勇気を振り絞って、ってな顔をキッと向けた女子の一人が声を小さくして言うことには、

 

「あのね、浜路さんって、もう経験済みだよね?」

 

「ケイケン? なんの?」

 訊き返したすぐ後に分かった。あ、そういうことか。

「えっと……その、エッチの……」

 どうりでもじもじしてるわけだ。あたしには何でもない話だけど、彼女たちにはその言葉すら口にするのが恥ずかしい話なのだ。

「うん、いっぱい経験してるよ! なに? エッチの手ほどき?」

「わっ! 浜路さん、あんま大きな声で言わないで!」

 あたしの口を塞ぎたがってる手が数本伸びてきた。ホントに塞がれるかと思った。ついでに息の根を止められるかとも。

「あ、あのね、このコがその、カレシにエッチさせてって迫られててね……」

 言いながら先頭に立ってた女子が後ろに隠れてたコを前に出した。髪を2コに分けたすんごく純なカンジのコ。名前は覚えてないやゴメン。

「ホラ、自分で訊きなよ理香」

 他の女子三人がその子の背中を叩く。ついでに周りで聞き耳立ててる男子から隠すようにバリケードを作ってる。みんなウブくて可愛いなぁ〜。

「だって……なんて訊いたら……」

 真っ赤なゆでだこになってその理香ちゃん――あ、思い出した上田理香子だ、えっと、上田さんはもじもじもじもじもじもじもじもじ……あう〜〜話が進まないなぁ〜〜。

 

「そのカレシって、カッコイイ?」

 我慢できなくなって訊いてみた。

「え……ど、どうかな……?」

「いやカッコイイよ理香のカレシ! 背もスラッと高いしさ!」

 他の女子が答えてくれる。

「うんうん、それに優しいよね! 理香の鞄持ってくれたりしてさ〜あたしもあんなカレシ欲しい〜〜って何度思ったことか!」

「中学の時から付き合ってるんだよ、そのカレシと。なのにこのコまだキス止まりでさ〜」

 急に賑やかになる周囲。みんなこういう話する時って生き生きしてるよな〜。

 

「中学の時から? すごっ! なのにエッチまだなの?」

「そう、理香、すんごい奥手なんだよね」

「だっ、だって……」

 手をイジイジさせながら俯く上田さん。

「そうそう! それでね、エッチってどんなモンかここはひとつ浜路さんに訊いてみたらって話になってね」

「ああ、なるほど〜。いいじゃん、カッコイイカレシとエッチ。カッコイイ方がやっぱ燃えるよ〜」

 うん、顔って大事だよね。チューするのもエッチするのもカッコイイ方が断然楽しい。

 まぁ顔がいいからってエッチが上手いとは限らないんだけど、やっぱ遊び慣れてる人が多いから気持ち良くなれる確率は高いんだよね。

 

 と、なんか急に空気がシンとしたことに気付いた。

 女子四人の視線がまじまじとあたしに注がれてる。ごくり、と喉を鳴らしてるような顔がぐっと近付いてきた。

 そして、一人が真剣な眼差しであたしに言った。

 

「エッチって、気持ちいい?」

 

「もちろん! すっごく気持ちいいよ〜〜」

 これには即答。チューもエッチもスキンシップも、とにかく体が触れるとドキドキするし、イク時なんてもうサイコーに気持ちイイ!

「初めてって、痛かった?」

「ああ、それはちょっぴり痛かったかな。でも次からはもう平気だったよ」

 数年前の記憶を微かに思い返しながら答える。

「二回目からはもう気持ちよくなれたの?」

「なれたなれた。もしかしたら、相手が上手かったのかも。最初は上手い人がいいって言うよね〜」

 

「……怖く、なかった?」

 

 言われてキョトンとした顔を向けると、それを質問したのは上田さんだった。

 

「怖い? エッチが?」

「うん……初めてする時……」

 おずおずと目を上下させ、あたしを何度も見る上田さん。

「ぜ〜んぜん! 怖くなんかなかったよ! あたしの初めての相手はその頃よく遊んでたお兄ちゃんだったし、『してみる?』って言われたからノリでしてみたんだよね〜。ワクワクってしか思わなかったな〜」

「そ、そうなんだ……」

「うん、だ〜いじょうぶ! 一回やっちゃえば気持ちよくて病みつきになるよきっと! 痛いの怖いんなら、あたしの友達に上手なヒトいるから、頼んであげよっか? 初めては上手なヒトの方がいいよきっと。最初がヒサンだともうしたくなくなっちゃうかもしれないしね」

「えっ! い、いいよいいよ別に!」

 突然慌てだした上田さんが手を前に振って言った。

 他の三人も慌てた様子で上田さんの前に立つ。

「うん、やっぱ初めての相手は好きなヒトでなきゃ! ちょっと訊きたかっただけだからさ!」

「あっそう? 好きとか抜きにしてもエッチは気持ちいいけどな〜」

 せっかくいいヒト紹介してあげようかと思ったのに。みんなエッチに対して構えすぎじゃないかな〜?

 椅子を揺り動かしながら言うと、いつのまにか女子四人とあたしとの間に距離ができてることに気付いた。さっきまであった和気あいあいのムードはどこに行っちゃったの? ってカンジのよそよそしい空気が流れてる。

「ん? どうかした?」

 なんかあたし、変なコト言ったかな?

 バージンなコには刺激が強すぎた?

 首を傾げてると、上田さんが前のコの背中からまたおずおずと顔を出して言った。

 

「浜路さん、好きなヒト以外のヒトと、エッチできるの……?」

 

 好きなヒト以外のヒト?

 う〜〜ん…………。

 

 首をどんどん斜め下に傾けつつ、タップリ五秒間くらい考えてみる。

 どうだろうな〜……。

 よく分かんないから、顔を上げ、にこっと笑って正直に答えた。


「わかんない! だってみんな好きだから!」

 

 その途端、すーっと波が引くように、女子四人はあたしから離れていった。

 

 あれ? あれ? あれれれれ〜?

 

「じゃ、じゃあ、どうもありがとね、浜路さん」 

 

 すでに手の届かないほど遠く離れた四人は、お礼を言いながらそそくさと去っていく。あたしはその姿を釈然としない思いで見送った。

 

 せっかく親しくなれそうだったんだけどな〜。

 

 机に突っ伏して顔を横に向けると、数席向こうに座ってるメガネ男子と目が合った。でもすぐに慌てた様子で目を逸らされる。

 

 うーん……新しいクラスに馴染むのって、なかなか難しい……。

 

 始まって間もない新学期。

 

 早くも難航しそうな友達作りに、はふーとため息を落とすあたしの名前は浜路比奈(はまじひな)、高校二年生。

 

 新しい出会いの予感にちっともウキウキできない、ある春の日のことだった。

 

 

 

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