純情少年に謝りまくる
小宮に逃げられてから数時間後。
いつのまにか寝てたあたしは携帯の音に叩き起こされて。
店の開店時間を過ぎてるとママに言われた時は、小宮じゃないけど目の前が真っ暗になって気絶するかと思った。
慌ててお店に駆けつけたらば、皆に開口一番、
「お酒飲んだな未成年!」
と見抜かれて大目玉。
うぅ……なんでバレたんだろ……。
でも事情を話すと、
「カクテルとジュースを一緒に置いてた私も悪かったわね」
とママに許してもらえて、だけど「酔っ払いは帰って寝てろ!」と皆に追い返されて。
しょんぼりしながら床についたのだった。
そして一晩明けて今日。
「ごめんっ! ホントにごめん小宮〜。 昨日はやり過ぎました! 反省してます!」
あたしは両手を合わせて小宮に頭を下げた。
すれ違うお散歩中の犬に「フンッ!」と鼻を鳴らされる。
ちょっ。犬にまでバカにされてるあたし!?
今のプードル、覚えてろよコノヤロウ。
いつもの公園のいつもの散歩道を始終へこへこモードで歩いた。
先行く小宮の背中に許してビームを送る。
「別に、怒ってなんかないから、気にしないで」
小宮はさっきからそう言ってくれてるけど。
「じゃあなんで目を合わせてくれないの〜。もっと近くに寄ってよ小宮〜」
そう。小宮は今朝から一度も目を合わせてくれないのだ。
それが怒ってる態度じゃなかったら何なの?
あたしは小宮の前に回りこんで下から顔を覗きこんだ。
上目遣いに小首を傾げて謝る。
「お願い。許して。あたしを見て。ネ?」
次の瞬間、小宮の顔が真っ赤になった。さっと顔を背けてあたしの視線を頑なに拒む。
ああっ! ちょっとふざけてるように見えたかな?
これでもシンケンに謝ってるんですけどぉ〜!
「えぇ〜〜ん小宮ぁ〜〜っ!」
「ちっ。ちがっ。ごめん、恥ずかしくて……」
「恥ずかしいって、なにが〜?」
「ひ、比奈さんの顔、今、まともに見れないんだ。ごめんっ。近付かないで!」
ぎゃふん! 近付かないで、なんてヒドイ言われようじゃない?
「やっぱ、無理矢理キスしたから……怖くなっちゃったんだね……」
「えっ!? いや、そうじゃなくて」
あたしはしょんぼりと肩を落とした。
「小宮が女性恐怖症になったらあたしのせいだね……」
前に向き直ってトボトボと歩く。
もう出家しちゃおうかな……。酔っぱらって純情少年を襲うだなんて、煩悩の塊なんだ、きっとあたし。
そんなあたしの背後から慌てた様子の小宮が声をかけてきた。
「違うから! 怖いとかじゃなくて、昨日の……ア、アレを思い出すと、体がおかしくなるから……」
「体がおかしくなる? なにそれ?」
振り返って小宮と目が合うと、小宮はまた真っ赤になって一歩退いて言った。
「ち……力が抜けて……立ってられなくなるんだ……」
はぁ? どういう症状なのそれ?
ちょっと考えて、恥ずかしい気持ちがぶり返してくるからだな、と分かった。
なんのことはない。触った時のいつもの小宮の反応だ。
「そっか。じゃあ一時的なものだね、多分。昨日はお酒でラリっちゃってたんだ。もうしないから安心して」
「うん、分かってるよ。比奈さんは僕のために手ほどきしようとしてくれただけだって、分かってる。比奈さんは全然悪くないよ。むしろ不甲斐ない僕が……」
言いながら段々落ち込んでく小宮。ずーん、ってカンジで頭を垂れる姿が痛々しい。
「情けないよね。全然体が動かなくて。比奈さんを止めることも、抱くことも……なんにもできなかった……」
えーと、えーと。
どうフォローすればいいかな?
あ、そうだ!
「でもさ、でもさ、あたしにキスされてもナニされても今回は気絶しなかったじゃん! 進歩してるよ小宮! だいぶ強くなってるから! ネ?」
うんうん!
ちょっと前の小宮なら、あたしがキスした時点で気絶してたよ絶対。
頑張って耐えたんだから、エライエライ!
「キ……。う……うん。ありがと比奈さん」
カーッと頬を赤くしてもじもじしだす小宮。
また思い出して恥ずかしくなっちゃった?
と、そこであたしも重大な事に気づいて再び手を合わせて謝った。
「あ、そういえばアレが小宮のファーストキスだったんだよね? ゴメンね? 勝手に奪っちゃって。初めては好きなコとした方が良かった?」
「えっ!? あ、あの、それは、なんてゆーか、比奈さんで全然いいわけだし、えっと、とにかくもう気にしないで!」
「そっか、良かった。好きなコとするキスがファーストキスだと思えばいいよ」
あたしは安心してニッコリ笑ってみせた。
小宮にはまだ好きなコいないんだ、きっと。
それはちょっぴり嬉しいかも。
しばらく小宮を独占できるもんね。
「比奈さんも絶対天然だと思う……」
「へ?」
「なんでもない……」
? よく分かんないヤツ。
でもとりあえず怒ってないようで良かった。
いつものように隣に並んでも、もうススッと逃げださない。
良かった。嫌われちゃったかと思ってたよ。
でも今日ばかりは触るのはやめとこ。
それから中央広場に着いたあたし達。
いつもよりカラフルなカンジに「ん?」と見渡せば、花壇に新たな色が加わってるのに気付いた。
「あ、咲いてる!」
凄い! マンガのお花畑みたい!
思わず叫んで駆け寄った。
周囲を紫陽花の青に囲まれた花壇。
葉っぱだらけだったそこに、ピンク、オレンジ、黄色、色とりどりの、小さな可愛い花が咲き乱れていたのだ。
「わぁ〜〜! 咲いてるよ小宮〜〜!」
「ホントだ……。まだ咲くには早いかと思ってたけど」
花壇の前にしゃがみ込んでじーっと観察。
寝転がって日向ぼっこしたい〜〜。
今は夕方だけどさ。
「可愛いねコレ。なんてゆー花なんだろうね」
小宮を振り返って言うと、
「ポーチュラカ、っていうんだよ」
びっくり! 答えが返ってきた。
「へぇ〜。よく知ってるね小宮」
聞いたこともない名前なんだけど。
優等生って何でも知ってるのかな?
「去年、花壇係だったから。草花についてちょっと調べたんだ」
ああ、花壇係か。なるほど。
花壇係ってのは、うちの高校のクラス毎に持ってる花壇を世話する係のこと。
植える花なんかも自由に決めていいし、あたしはそれなりに楽しそう、って思うんだけど、面倒くさいってコトであんまり人気のない係なんだ。
「小宮は去年、何を植えたの?」
「ありきたりだけど、パンジーだよ」
「ふ〜ん。なんか小宮のイメージにピッタリだね」
「えっ。そう?」
「うん、可愛くてほんわかしてるトコが似てる」
「可愛いってのは、男としてちょっと微妙かも……」
あたし達は花壇の前で肩を並べて、可愛い草花に見惚れながらお喋りをした。
「見たかったな、その小宮のパンジー」
いつもの優しい笑顔で花に水をやってる小宮の姿を想像すると、自然と笑みがこぼれる。
目の前のオレンジの花に小宮を重ねながら言うと、
「比奈さんは一度見てるよ。まだ蕾の頃だけど」
小宮から意外な返事が返ってきてビックリした。
「えっ!? ホント!? ……あ、でも、確かに去年、花壇をちょくちょく見に行ってたから見てるかも……」
「それだけじゃなくて。去年の秋、僕と話したこと、覚えてない?」
えっ?
「小宮と? どこで?」
思わず勢いよく振り返って訊いた。
「裏庭の花壇で。一緒に花壇を直したんだけど……覚えてないよね」
花壇を直す……確かにそんなコトもあったような……。
でもよく思い出せない。
小宮だけ覚えてるなんてズルイ!
「いつどこで!? どんな状況で!? どんなコト話したの!? 詳しく聞かせて!」
あたしの剣幕に押されてちょっと身を引く小宮。「えっと……」とずれたメガネを直しながらあたしを見返した。
それから語ってくれたのだ。
去年の九月の終わり。
あたしと小宮が初めて言葉を交わした、その日のことを。