平穏な日々と不穏な風
小宮と屋上で初めて話したあの日から、一ヶ月が過ぎようとしていた。
若葉はどんどん緑を濃くし、風は暖かくなっていった。
――五月下旬。
春はもうすぐ終わっちゃうんだろう。でもあたしと小宮の春は、今が真っ盛りってなカンジに盛り上がってる最中で。
「小宮。敵を倒すにはまず敵を知ること、って言うよね。つまり女を押し倒すには、女を知ればいいと思うのよ」
あたしはぐっと拳を握って目の前の小宮に力説してみた。
「倒すと押し倒すってかなり違うような気が……」
小宮の遠慮気味な突っ込みはスルーして立ち上がる。
あたしと小宮以外、この屋上に誰もいないことをさっと目で確認。柵にもたれかかって座る小宮の姿を見下ろした。
「つまりそういうワケで、今度は視覚的に女の体に慣れてく作戦はどうかな〜と」
言いながら、制服のスカートの裾を両手でつまんでゆっくり持ち上げる。
我ながら自慢の美脚。艶めかしい太股のラインが現れた。
「ちょっ! こんなとこで何やってるの比奈さん!」
慌てて目を覆う小宮。こんなところだからこそ効果があるんだけど、こういうのって。
ラブホテルで太股をすすーっと見せたって、寒いしギャグにしかならないと思う。
「ホラ、しっかり見て小宮! 小宮のためにやってるんだからね! こんな恥ずかしいコト」
ホントに恥ずかしいヤツだよアタシ。
ハタから見たら必死に男を誘ってるフェロモン女みたいじゃない?
自分でそう意識したらカーッと頬が熱くなってきた。
「お、女の子のスカートの中は、軽々しく見ちゃいけないって、死んだお祖父ちゃんが……」
「またお祖父ちゃんネタっ!? このじじっ子っ! ぱんつまで見せる気はないから安心してよ」
言うと目を覆ってた小宮の手が少しずつ開いていった。
ゆっくり、ゆっくり。花が咲くみたいに。
「あ〜もぉ焦れったい!」
待ちきれなくて、その手をがっしと掴んだ。一気に開かせて、小宮の目を覗き込む。
よしよし、目もちゃんと開いてるな。
「脚くらいでオロオロしないの。これは訓練なんだから……」
そう言いかけた時。悪戯な風が吹き抜けた。
ぶわっ
一瞬にして捲くれ上がるスカート。
見えた。今のは間違いなく見えた。
えーと、今日は確か白いレースの紐パン……オッケー! 可愛さランク2位のヤツだ!
アハハ、と照れ半分のごまかし笑いを浮かべる。
「ちょ、ちょっと得した気分? なんちゃってー……」
とかおどけて言ってると、目の前の小宮の体がずるっと横に傾いで……って、まさかっ!?
「いっ!? ちょっ、小宮!? 小宮っ!? しっかりして小宮っ!」
まさかぱんつくらいで!?
「死なないで小宮ぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」
見事に昇天。今日も気絶で授業終了。
チーン。
なむ〜。
どうしたものやら。小宮の気絶癖。
あたしは授業そっちのけでそんなコトばっかり考えていた。
世界史の先生が語る古代文明の話も右から左に筒抜け状態。面白くないワケじゃないんだけど、小宮の方が気になって。
ノートをシャーペンの先でトントンと叩く。
授業用のノートじゃなくて、サクランボノート。小宮の能力表。
相変わらずほんとんどレベル1なんだよね。
小宮とは放課後毎日一緒に帰ってる。
公園に寄って、手を繋ぐ練習、肩を寄せ合う練習。
少しずつ触れ合える時間を伸ばしてきてる。最初に比べたらかなりマシになったと思う。
でも……まだまだなんだよねぇ。
ため息。
このペースじゃキスに辿り着くのもいつになるやら。
ここんとこ無理強いせず、小宮の成長を見守ってるあたしだけど。
たまにどうしようもなく焦れったくなる。
いっそ押し倒しちゃろうか……とか思っちゃったり。
でも休火山じゃどうしようもないもんね。
うぅっ……思い出すと落ち込む。
甲斐性なしっ。小宮の甲斐性なし野郎〜〜っ!
キッと数席向こうに座る小宮の横顔を睨んだ。
そんなあたしの視線なんて全く気付くワケない小宮なんだけど。この優等生め。
むぅぅ……。って、あれ? なんか微妙に楽しそう。
あたしはじっと小宮の横顔に見入った。
いつもの生真面目な顔なんだけど。
たまにフッと口元を緩める。先生の頷きに合わせて。それから小さく頷く。
……すんごい浸ってるカンジ。
そういえば遺跡とか好きだって言ってたな。
うん、なんか目をキラキラさせて言ってた。こないだのデートで。
昔の人が作る物って、機能的だけどそれぞれの時代の美学があって面白い、将来遺跡探索とか行ってみたい。そんなコト言ってた気がする。
そっか。古代文明の話が楽しいんだ。
…………。
あたしもちゃんと授業聞かないとね。
パタン、とノートを閉じた。
それから昼休み、いいコトを思いついたあたしは隣の教室に向かった。
小宮の『男』を目覚めさせる作戦を思いついたのだ。
その名も『マグマよ噴き上がれ! 休火山活性化大作戦!』。
麻美に言ったら「アホ」って呆れられたけど。
アホはないと思うんだよね、アホは……。
ぶう。
と、ともかくっ。
要するに小宮を興奮させてみようって話で。
女の子に触れないとしても、見ることはできるワケだし。……あたしのぱんつで気絶したけど。
生じゃなきゃ耐えられると思うんだよね。
例えば写真とか。
ぶっちゃけエロ本とか。
……いきなりエロ本はきついかな?
でもたまにはショック療法も試してみたいし。
小宮には頑張ってもらお〜っと。
そんなわけでナオの姿を探した。
イツキの友達のナオは女好きでスケベだから。一冊くらい持ってると思うんだよね。
教室の中を覗いてキョロキョロ。
……いない。
グラウンドかな、と踵を返すと。
「どうした比奈?」
いきなりイツキが立っててビックリした。
「ひゃっ! ぶつかるかと思った!」
「ぶつかったら治療代請求すっぞ」
「え〜。どこのヤクザもんよソレ〜」
軽い冗談に応えて笑いあう。
「ね、ナオ知らない?」
「グラウンドでサッカーしてたな。アイツになんか用か?」
「エッチな雑誌持ってるかな〜と思って」
「ああ、アイツなら腐るほど……。ってお前が見んのか?」
訊かれて思わず口を滑らせた。
「ううん、あたしじゃなくて小宮……あっ、なんでもないっ!」
ヤバイヤバイ。
あたしがやってるコトがバレちゃう。
慌てて口をつぐんだ。
「小宮……? 随分仲良くなったんだな」
あちゃっ。優等生嫌いが発動してる。
不機嫌そうにしかめられたイツキの顔をおずおずと見上げた。
「そうでもないよ? 普通普通」
言い訳してるっぽくていたたまれない。
その場を去ろうと足を動かした。でも。
「週末、クラブ行くか?」
イツキに問いかけられて足を止めた。
「ごめん。しばらく夜は遊べないんだ。店の人出が足らなくって。あたしも店を手伝ってんの」
すかさずお断り。
これは本当だからしょうがない。今、平日休日もほぼ毎日手伝ってる。
お客さんが少ない時以外はお店に入り浸り。土曜日なんてピークだから遊ぶのなんて絶対ムリなんだよね。
「そーかよ、ちぇっ。たまには手伝いなんかサボって来いよ?」
「あはは。息抜きしたくなったら行くよ。じゃあね〜」
なんとなく気まずいカンジを引き摺ったまま。
手を振ってイツキと別れた。