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エルフ族のシシリア

 ピーク大農場は、ケルンの貴族であるピーク家の所有する農場である。ケルンから北東へ徒歩二三分程の所にあり、その面積はケルン市の二倍はあろう大きさで、二千メートル四方程になるという。

 吾郎がルーグテリアに来たばかりの時、太陽のある方向を北と仮定していたが、実際はケルン側が北で、太陽のある方向が南である。

 ケルンからピーク大農場への道はしっかりと石畳で整理されており、馬車等でも問題なく通れるようだ。農場の周りは石積みの壁が一メートル程あり、その更に上に木の柵が一メートル伸びている。

 入り口には簡易な門が(しつら)えられていて、その前には門番が二人、農場内にも幾人かの警備をしている兵がおり、農場の中心と入り口に警鐘が備え付けられているようで、思っていたよりもしっかりと防犯体制が整えられているようだ。


 吾郎とギーグが農場の入り口に着く頃には、既にアランは門前に到着し、なにやら門番と揉めていたるようだった。


「だから、俺は中に用があるんだって!!」


「ここはピーク家の農場だ。無関係な者を入れる訳にはいかない」


 アランが無理やり農場に入ろうとしたのか、門番に無理矢理肩を入れて止められていた。

 ――阿呆かあいつは。

 吾郎とジーグは呆れ顔と焦燥した顔でアランの元へ駆け付け、アランを門番から引き剥がす。


「ジーグ、おっさんからも何とか言ってやってくれよ!」


 吾郎はそう喚くアランに渋い顔を向け、とりあえず一度拳骨で殴っておく。しかし、アランはさほど効いた様子もなくキョトンとした顔を見せていた。


「……ジーグ、こいつをちょっと頼む」


 アランをジーグに任せると、吾郎は門番へと向き直り、頭を下げる。


「私達の仲間がご迷惑をおかけして申し訳ない」


 アランが「えーっ!?」と不満そうな顔を向けるが、二人ともそれを完全に無視した。


「あぁ、今回は不問とするが、こういう事のないよう気を付けてくれよ」


 門番が呆れと少しの憐憫を伺わせる視線で吾郎を見る。


「いや、本当に申し訳ない。……ですが、ここに用があるのは本当なのです」


「なに?」


 門番が訝しげに眉を顰めるのをちらりと見ると、吾郎は懐からパピルス紙を取り出す。パピルス紙とは、ある種の草を圧して干して作った紙の事である。どうやら、ルーグテリアではパピルス紙と言うよりは紙に近い品質であるが、羊皮紙と比べ保存性に劣るので、簡易な紙として使われている。


「えーと、私達はケルンの冒険者なのですが、ここにギルドの紹介で働いている、シシリア・シシス・シシレヒアというエルフ族の冒険者がいるはずなのです。私達はその者に用がありまして……」


 吾郎は笑顔でそう言いながら、自身のギルド登録証とパピルスを手渡す。


「そこに書いてありますように、冒険者ギルドからも許可を頂いておりまして、決して怪しい者ではございません。ですので、可能ならば農場に入らせて頂きたく……、無理なようでしたらシシリアさんを呼び出して頂きたいのですが、如何でしょうか?」


 言い終わると、門番は少し考えるように冒険者登録証とパピルスを眺め「少し待っていてくれ」と農場の中へと向かった。

 ――何とかなったか。

 アランは直ぐに飛び出して行ってしまったが、吾郎達は農場が貴族管轄と聞いて、念のため冒険者ギルドの保証書を貰って来ていたのだ。とはいえ、冒険者ギルドの保証でどの程度の信頼が買えるのかは分からなかったのだが、ここは冒険者を雇っているだけあって、それなりには効きそうではある。

 吾郎が後ろを振り返ると、申し訳なさそうにジーグが、そしてアランが大層不満げな表情で吾郎を見つめていた。

 ――よく、そこまで感情を表情に出来るなと、逆に感心した。


「おっさん、どうしてガツンと言わなかったんだよ」


「アホか、ここは貴族の農場だぞ。いらん騒ぎを起こして殺されでもしたらどうする」


 吾郎が言うと、


「いや、さすがにこの程度では殺されはしないかと……」


 ジーグがそれを否定する。


「ん、そうなのか?」


 吾郎の中では貴族とはとにかく理不尽で、自分勝手で、残酷で悪い存在というイメージがあり、ピーク家が良い貴族か悪い貴族なのか分からないので、多少身構えていたのだが、どうやらそんな事はなかったらしい。

 ジーグは「はい」と頷き、アランが「当たり前だろ」と呆れたように息をはく。

 吾郎は異世界人なので、この世界の知識が余り無い。それは仕方がないと思っているが、アランに偉そうな顔で言われると妙に苛くものだ。

 ジーグはちらりとアランの方を見て、吾郎へと視線を戻す。


「……そうですね。少し説明しても?」


「頼む」


 吾郎が言うと、ジーグは唇をペロリと舐め説明を始める。


「貴族といえば、ケルンの領主様が伯爵様です。一般市民が貴族になるには、何らかの功績を上げるしかありません。一番簡単なのが、蛮族から領土を奪うことです」


「なるほど、夢のある話だな」


「はい、とはいえ冒険者が貴族になるのは難しいです。まず、貴族には大きく分けて三つの特権があります。簡単に言うと、領地と軍備と恩恵です。前二つは、分かりますね? 領地を治め軍備を調える権利です。問題は最後の恩恵で、治世の神ナディアの恩恵を得る権利です。冒険者が貴族になるのが難しい理由はこれですね」


「……なるほど、確か一人につき一つの恩恵しか得られないのだったか?」


「はい、例外もあるようですが」


「まぁ、それはいい。考えても仕方が無いからな」


「そうですね」


 そう言ってジーグは頷く。

 ――大体分かった。

 貴族の特権は、大きく分けて三つ。

 拝領した領地を治め、税を敷き、軍備を調える事。これは、地球の人々が想像する貴族の特権である。更に細々とした権利もあるのだろうが、大まかにはこれで足りるだろう。

 しかし、ジーグの言った三つ目の特権は恩恵だ。これはこの世界――ルーグテリア独特の権利といえる。そして想像するに、治世の神ナディアの契約にもまた、制約があるのだろう。

 例えば――いたずらに民の命を奪ってはならない。


「話を戻しますと、大神ナディアの契約内容は、僕ら庶民には知らされていません。しかし、治世を敷く上で、かなりの恩恵と制約があるのではないか? という噂があります」


「噂ね……」


「はい、あくまで噂です。その噂の一つに、貴族は安易に領民を殺める事は出来ないという制約がある――というものがある、噂らしいです」


「なるほど、教えてくれてありがとう」


 吾郎がお礼を言うと、アランが「そんな事も知らねぇのかよ」と笑う。

 とりあえず、吾郎はアランの(すね)を蹴っておいた。



 アランと追いかけっこをしている内に、門番が一人の女の子を連れて戻ってきた。


「あまり農場の前で暴れるなよ」


 戻ってきた門番の第一声である。

 全くもってその通りだったので、吾郎はアランから逃げるのを止め、門番達の元へ向かった。アランがそれを好機と脛を蹴ろうとしたが、吾郎はあっさり(かわ)すとアランの襟首を引っ掴み、そのまま一緒に行く。


「度々申し訳ない」


 吾郎はまず謝罪から始め「で、そちらの方は?」と、女の子の方を手で指す。

 女の子は(あお)い冷たい瞳を吾郎へと向ける。

 白いローブを目深に被り、肌を極力出さないよう全身を布で巻いていたが、よく見ればローブの奥に尖った耳を見つける事が出来た。


「こいつが、あんたらが用のあるらしいシシリア・シシス・シシレヒアだ」


 門番はそう言うと、シシリアの背を押す。

 シシリアは少しよろめき、吾郎達の前へと出る。


「……何?」


 言葉少なにシシリアが問う。

 ――氷のような奴だな。

 声や容姿から吾郎はそういった印象を持った。

 金を通り過ぎて白い髪がローブからサラサラと覗く。


「私は田山 吾郎と申します。こっちがジーグに、このアホそうで本当にアホな奴がアランと言います」


「……そう」


 アランが何か言おうとしたが、ジーグに抑えられる。それを横目で見つつ、吾郎は慇懃にシシリアへと礼をする。


「私達は冒険者なのですが、只今パーティーを組む仲間を探しておりまして、それを冒険者ギルドのマスターに相談したところ、シシリアさんを勧められ、こちらへやって来たという訳なのです」


「……そう」


 吾郎はしばらく笑顔を顔に張り付け、続く言葉を待っていたが、どうやらシシリアからは特に話が無いようだった。

 ――さて、どうしたものか。


「えーと、それでシシリアさん。良ければ、私達とパーティーを組みませんか?」


「……別に」


 シシリアの返答に、お前はどこぞの女優かと思ったが、吾郎は落ち着いて一息つくと、話を進める。


「それは、パーティーに入っても、別にいいという事ですか?」


「……別に入る必要が無い」


「なるほど、理由を伺っても?」


「……農場の依頼で十分稼げてる」


「ですよね」と、同意したかったが、吾郎はその気持ちを必死に抑えた。

 吾郎自身、安全な雑務依頼で毎月平均給くらいは稼げると踏んでいるので、わざわざ危険を冒して冒険者をする必要性は無いと思っている。

 しかし、一度くらいは経験をする必要性があるとも思っていた。


「失礼ですが、シシリアさんはいわゆる冒険者的な依頼を受けた経験はおありですか?」


「……ない」


「冒険者は滞在している街に、軍兵だけでは対処しきれない危険が迫った時、強制徴兵される可能性がある。それは、知っていますね?」


 シシリアはこくりと頷く。


「最近、ハスの村が壊滅した事は知ってますか?」


「……知らない、その村」


 どうやら村自体を知らないらしい。

 地理に詳しくないのか、どういったルートでハイロエルフからアルヘトイドに来たのか、頭の隅で考えながらも、軽くハスの村について説明する。


「えっと、南東の方にある村です。アルヘトイド国内にあります。その村がつい二週間前程に、蛮族に襲われて壊滅しました。この意味分かりますか?」


 吾郎の話にシシリアは目を細め、ジーグも驚いたように吾郎を見つめていた。


「……フェネアが滅んだ?」


「いえ、そこまではいってません、多分。ただ、蛮族がアルヘトイドにくる程度にはフェネアの国境線が抜かれている、と思った方がいいと思います。知り合いの冒険者はアルヘトイドも前線国になるかもしれないと言っていました。そうなれば、アルヘトイド国内の冒険者は戦争へと駆り出されるでしょう」


「……つまり、何が言いたいの?」


「シシリアさんに残された選択肢は二つ。国外へ逃亡するか、戦争覚悟で国内に残るか? 国内に残る場合、戦いの経験は積んでいた方がいいと思います」


 シシリアが国外へ逃亡する場合。まず、絶対に入国出来ない国が一つある。

 それは、西の大国パルチザン帝国である。あの国は亜人は人間にあらずといった国是であり、ハイロエルフとは幾度も干戈(かんか)を交えていた。

 東のメンスはフェネアが抜かれれば、アルヘトイドと同じく前線国になるだろう。西南のガード商業多国家群も既に前線国である。

 ならば選択肢は一つ、北のテリシアである。

 テリシアは領土だけならば、現存する人間国家で二番目に領土が大きい。しかし、最北端であるテリシアは一年中薄暗く、そして寒い。太陽がルーグテリア大陸の中心から動かないので、必然的に大陸の端の国は暗く寒くなるのである。それは、とても人の住める土地では無いと聞いている。

 吾郎の話を聞き、シシリアはしばらく目を伏せていたが、思考の整理がついたのかゆっくりと顔を上げ、口を開く。


「……テリシアに逃げる」


「そうですね、一緒にって、えっ!?」


 吾郎は予想していなかった答えに驚きの声を上げる。


「いや、テリシアは最北端の国で、暗くて寒いと聞きましたけど?」


「……エルフにはそれくらいが丁度良い。エルフは日光に弱いし、ハイロエルフも西端の国だから」


「そうだったー!!」


 大誤算に吾郎は頭を抱え、叫ぶ。

 その様子にジーグは「あちゃあ」と顔を手で覆った。

 ――万事休す、俺達の冒険はここで終わりだ。

 吾郎が諦めの言葉を口に出そうとした時、横から疑問の声が上がる。


「でも、テリシアじゃ稼げねぇだろ?」


 吾郎が振り返ると、アランがつまらなそうに胡座をかいていた。その横でジーグが手を打つ。


「そうでした、テリシアは実際に住める土地が少なく、農耕にも向かないため仕事が少ない。国策として、国民に優先して仕事を割り振っているので冒険者の雑務依頼が極端に少ないんでした!」


 ジーグが興奮したように早口で捲し立てる。

 シシリアは知らなかったようで、驚きに眼を見開く。吾郎も知らなかったが、これは好機と畳み掛けるように話し掛ける。


「つまり、結局は戦うしかないんです。悲しいですが、冒険者になったからには、仕方がありません。別に、たまに冒険者用の依頼を受けるくらいでいいんです。経験と思って、どうか私達とパーティーを組みませんか?」


「それに、冒険者用の依頼は稼げるしな」


 吾郎の言葉に付け足すようにアランの声が飛ぶ。


「……冒険者依頼は報酬が高い?」


 ――そっちに食いつくのか。

 シシリアがアランの方へと視線を向ける。


「当たり前だろ、冒険者依頼は討伐依頼から探索依頼まで危険な依頼ばかりだからな。その分報酬はべらぼうに高いんだぜ」


 吾郎がジーグへと視線を向けると、ジーグはこくこくと頷き肯定する。

 どうやら本当の事らしい。

 シシリアへと向き直ると、シシリアは一つ瞬きをし吾郎を見据える。


「……分かった、仲間になる」


「本当か!?」


「やった」と、後ろでジーグが言い、アランは予想外だったのか、驚いたように身を乗り出し雄叫びを上げる。

 吾郎も思わず、小さくガッツポーズを取ってしまった。


「じゃあ、これからよろしくシシリアさん」


 吾郎の言葉にシシリアは深く頷く。


「うん、お金、稼ぐよ」


 そう言ったシシリアの目はきらきらと光っていた。


 ――こいつ、さては守銭奴だな?

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