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城塞都市ケルン

 周囲を二十メートルはあろうかという石の壁に囲まれた街、それが城塞都市ケルンである。人口は一万人と多く、石材や鉄材の加工技術に優れ、刀剣職人の腕はルーグテリアで一二を争うほどだという。

 ケルン、ハスの村を含む一帯はアルヘトイドと呼ばれる地方国家が統治しており、ケルンはその中心にある商業都市でもある。


 吾郎は市壁を眺めながら、ガゼル達と共に入市審査の列に並んでいた。

 ガゼル達は既にケルン市の入市許可証を持っているが、吾郎は勿論そんなものは持っていないので、門で検査をした後にやっと入市することが出来るのだ。


「次、やっとっすねー」


 全身鎧を着た男、ダン・ブーフが伸びをしながら言った。ついでにガゼル達の中でダンが最も若く、まだ十九歳だという。

 ケルン市の開門が午前六時なのだが、今現在もう十時に差し掛かろうとしている。

 吾郎達は昨夜九時にはケルンに到着していたのだが、門は午後六時には閉まってしまうらしく、外で一夜を過ごしたのだ。

 ルーグテリアの時間感覚は地球と同じで一時間六十分の十二時間区切りで、朝夜合わせて二十四時間である。朝六時頃に太陽が現れ、夜六時頃に消える。この時間は常に変わらず、ルーグテリアには季節という概念がないらしい。一年は十二ヶ月、一週間は七日と、不思議な事に地球と変わらないようだ。――ただし、読み方は違うのだが。


「そうですね。今日は新しくケルンを訪れる人が多かったんでしょうか?」


 吾郎が後ろを振り返ると、そこには行列に並ぶ人々が百、二百人はいるように見える。カミュエルいわく、普段はここまで多くはないという。


「フェネアからの避難民がいるんだろうな」


 フェネアとはアルヘトイドの隣国で、蛮族の領土と近接している対蛮族戦線の前線国である。

 カミュエルは遠くフェネア地方の方角を睨む。


「これからどんどん避難民が入国してくるだろう。ハスの村が蛮族に襲われるくらいだ、そろそろアルヘトイドも前線国の仲間入りをするかもしれんな」


「……ここも戦地になるということですか?」


「そういうことだな。冒険者としては稼げていいが、普通の人間にはたまったものじゃないだろうな。それに、また人手が足りなくなる」


 もしカミュエルの言う通りならば、アルヘトイドに長く逗留するのは危険かもしれない。ケルンにはしばらくいるつもりであったが、予定を少し変更する事も考慮しておくとする。



 吾郎が入市審査を終え、ケルンに入った頃には時刻は十三時を過ぎていた。

 ルーグテリアの人間よりも、異世界人の審査の方が時間がかかるらしい。当然といえば当然かもしれない。

 まずは名前と年齢やその他の個人情報を尋ねられ、次に蛮族かどうかの検査、異世界人だということでルーグテリアについての説明とケルン市の規則を簡単にレクチャーされた。その後、ガゼル達を保証人として仮の市民票と入市許可証を作り、やっとこさ入門を許可されたのである。

 異世界人は初めて訪れた場所が出身地とするようだ。これからはケルン出身として生きて行く事になる。


 ケルンの街並みはしっかりとした石造りの家屋が多く、特に屋根は火矢も通さないほどに厚い石瓦で覆われた屋根が目立つ。

 ケルン市は大昔から不落の城塞都市として有名らしく、戦争で落とされたことは三百年前に起きた大侵攻の一度しかない。領主は昔から変わらずアーデフェルト家が務めており、現領主の名はサザン・アーデフェルトという。サザンは蛮族嫌いで有名で、冒険者育成に力を注いでいるという。そのせいか、異世界人にも優しい街だとカミュエルが教えてくれた。

 門をくぐると、石畳で出来た大通りが通っており、道のずっと奥に内壁が見える。街を守る外壁と領主の館を守る内壁、二重の市壁があるのだ。

 門近辺には冒険者ギルドや武具商店など主に冒険者向けの店と、運送屋や貸し馬屋などが店を構えており、その裏には貧民街がある。中程には鍛冶屋通りと呼ばれる道があり、最奥にある領主館の周囲には貴族街が、貴族街の近辺には貴族や豪商向けの大きな商店が開かれている。

 つまり、領主館に近ければ近い程に富裕層が増え、門に近ければ近い程貧民層が増える構造になっているのだ。



 吾郎はガゼル達に連れられ、冒険者ギルドへとやって来た。

 ケルンへと向かう途中にカミュエルからギルドの事は教えてもらっていたので、どのようなものなのかはだいたい分かっているつもりである。

 冒険者ギルドの目印は冒険の神キシリクの神印(しんいん)である、風に吹かれた葉っぱを貫ぬく剣の旗が店先に吊るされている。

 ケルンの冒険者ギルドはケルン市の多くの家屋と同じく石造りで出来ており、木製の扉には錠の姿が無く、押せばするりと抵抗無く開いた。

 ギルド内はカウンターとテーブルがあり、カウンター奥の棚にはお酒が陳列されていて、まるで酒場のような店構えである。実際、冒険者ギルドは酒場や宿屋と併設されていることが多いらしい。冒険者がそのまま利用者になるので、その方が儲かるのだ。


 ガゼル達はギルドに入ると迷いなくカウンター席に座り、奥にいる店主らしき男に声をかける。


「マスター、依頼の件で報告だ」


 マスターと呼ばれた男は億劫そうに振り返ると「ん、えらく早いな?」と呟き、ガゼル達に歩み寄る。

 マスターの年齢は五十歳前後だろう、オールバックにした艶やかな黒髪とちょび髭が似合い過ぎている感が否めないナイスミドルで、引き締まった体は服の上からでも十分にその存在を見て取れるほどだ。それもそのはず、ギルド職員は退職した元冒険者が担っていることが多いのだ。


「よぉ、バーニンナイツの諸君じゃないか、随分早いお帰りだがハスの村の依頼はもう終えたのか?」


 マスターはそう言うと、カウンターの下から羊皮紙を取り出し視線を落とす。

 ――というか、今の単語は何だったのだろうか?

 吾郎は、ガゼル達の顔を順々眺め、


「バーニンナイツって何です?」


 と聞いた。

 ガゼルやダンは誇らし気な顔だが、カミュエルやロマスは微妙な顔をしている。


「俺達のパーティーネームだ、カッコイイだろ?」


 パーティーとは、冒険者同士が複数人で作るチームの事である。――つまり、ガゼル達の事はバーニンナイツと言うのだ。

 ガゼルが自信満々で答える横で、カミュエルは恥ずかしそうに手で目を覆っている。吾郎もなんとなくむず痒い気持ちになり、カミュエルに同情してしまった。


「そうだそうだ、マスター。依頼は無効だ。どうやら、ハスの村が蛮族共に襲われたらしい。ゴロー、――この異世界人が見たらしい」


 ガゼルが思い出したようにそう言うと、マスターは吾郎を値踏みするように全身を眺める。


「また異世界人か、最近多いな」


「それだけ人間が減ってるってことじゃねぇのか?」


「……神の考えることは分からんな」


 そう言うとマスターは肩を竦め、ガゼルは不満そうに眉を動かした。マスターはもしかしたら異世界人が嫌いなのかもしれない。

 異世界人を嫌う人間もいるとガゼルから聞いていたが、それは貴族や平民の場合の話だ。


「で、そこの異世界人。ハスの村が襲われていたのは本当だろうな?」


 吾郎は頷くと自分の見た光景を詳細に語り、間々にカミュエルが説明を入れる。

 話し終わる頃にはマスターの疑いの目は伏せられ、考え込むように額を抑えていた。


「これは、ハスの村周辺の偵察もとい探索、アークゴブリンの巣の捜索と駆除の依頼を出させねばならんなぁ……」


 マスターはそう言うと、新しく羊皮紙を取り出しペンを走らせる。

 吾郎はその羊皮紙の文字へと視線を向けるが、やはりというか全く文字が読めなかった。

 これはケルンに着く前には分かっていたことだが、会話は日本語に聴こえるというのに、文字はまったく違う言語に見えるのだ。日本語でも英語でも無い、印象で言えばエジプト文字のような字体に見えるが、やはりそれとも違う。この世界――ルーグテリア独自の文字なのだ。


「ん? お前、文字が読めないのか?」


 吾郎の視線に気付き、マスターがつまらなそうに聞く。


「あっ、はい。片恩恵(へんおんけい)のようです」


「……それじゃ、期待できないなぁ」


 マスターはそう言うと視線を戻す。

 ――片恩恵。

 異世界人はルーグテリアに呼ばれる際、神に二つの恩恵を受ける。

 まずは、言葉の自動翻訳と文字の自動翻訳である。これの片方しか無いものを片恩恵という。

 二つ目に、何らかの超常的な力を得られるというが、片恩恵の者は大した力を得られないという話である。確かに吾郎自身、何らかの力を得たような感じはしなかった。つまり、特殊な能力も無いただの一般人なのだ。


 吾郎は己の無力さにため息をつく。

 ギルド内を見回すと、いかにも冒険者然とした体格の良い男達が真っ昼間からお酒を(あお)っている。女の子達が忙しそうに給仕をし、ガゼル達にお酒を持ってきた。

 ――ビール飲みたいな。


「おい、異世界人」


「あっ、はい」


「それでお前はどうするんだ、冒険者になるのか?」


 マスターはぼーっと立ち尽くしていた吾郎に、少し苛立ち混じりで声を掛ける。――邪魔なのかもしれない。

 しかし、そうである。吾郎は冒険者になるためにここに来たのだ。

 ケルンへの道すがら、吾郎はカミュエルに今後の事を相談していた。そして、出した結論はとりあえずは冒険者を名乗っておくということだ。

 冒険者になれば兵士にはなれない、そういう決まりがあるらしい。しかし、それについては何の問題も無かった。吾郎は兵士になる気がなかったからだ。

 異世界人が冒険者か兵士になると国から一時的に支援金を貰えるらしく、吾郎はそれ目当てでとりあえずは冒険者とになるという選択をしたのだ。


「はい、お願いします」


 吾郎がそう言って頭を下げると、マスターは一つため息をついた。


「そうか、まぁ、好きにしな」


 そう言うとマスターは給仕をしている女性を手招きし、


「ハミン、こいつの冒険者の登録を任せる。俺はちょっと領主様のところに行くから、受付はユラに頼んでおいてくれ」


 と、女性を吾郎に引き合わせ店の奥へと消えた。

 ハミンと呼ばれた女性は幾度かぱちぱちと瞬きをし、吾郎へと体を向ける。


「こんにちは、冒険者登録のお手伝いをさせて頂きます、(わたくし)ハミン・トラバルトと申します。よろしくお願いしますね」


 ハミンはそう言うと深々と頭を下げた。

 頭を下げると同時に後ろに縛ってある赤毛が大きく跳ねる。幼い印象を与えるポニーテールとアジアンテイストの切れ長な目、薄い顔立ちに微かに浮かぶ雀斑(そばかす)が妙に似合っている。可愛くもあり美人でもあるなんとも捉えどころのない顔立ちをしており、肌は雪のように白く、真っ黒なエプロンがその白さを更に際立たせている。


「私は田山 吾郎と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」


 と、吾郎も深く頭を下げた。

 お互い同時に顔を上げると、身長差は五センチ程だろうか? 吾郎の身長が百七十八センチなので、ハミンは女性にしてはなかなか高身長だと言える。


「それでは冒険者登録をしますので、キシリク教会へ行きますが、もう準備は宜しいでしょうか?」


「大丈夫です」


「では、ご案内します」


 ハミンがユラという女の子にお店を頼むのを待ち、吾郎はハミンと共に冒険者ギルドを出る。ガゼル達が手を振り「またなー」「頑張れー」と見送ってくれた。


 冒険者ギルドを出るとしばらくは大通りを真っ直ぐに進み、鍛冶屋通りとは反対の脇道へと入る。ハミンいわく、この小道は教会広場に繋がっており教会通りと呼ばれているらしい。

 ルーグテリアの信仰で、代表的な神様は十一人いる。冒険の神キシリクもその一人である。

 教会通りを抜けると、大きな広場に出る。円状の広場を囲むように十の教会があり、中央には井戸と木製の長椅子が設置されていて、それぞれの教会に務める者や信者達の交流の場となっている。


「こちらです」


 ハミンは一つの教会を手で示す。

 十の教会の中でも最も派手で無駄に豪華な装飾を施された教会だった。


「冒険者様達の多額の寄付により、このように立派な教会になりました。本当にありがたいことです。さぁゴロウ様、中へどうぞ」


 ハミンに促されるまま、豪奢な装飾の施された無駄に重い扉をなんとか少しこじ開け、吾郎は滑り込むように教会内へと入った。本当に扉が重く、あまり大きく開けられなかったのだ。

 しかし、ハミンが片手で軽々と扉を開け入ってきたので、もしかしたらハミンも元冒険者なのかもしれない。または、この世界の人間は力が強いという可能性もある。――多分、無いが。


「ゴロウ様、ここキシリク教会では、奥にあります契約の間で大神キシリク様との契約をして頂きます」


「はい」


「では、あちらには一人で入って下さい。中に紙がありますので、キシリク様の声に従い文字が浮かんだらサインと血印をお願いします。それで冒険者としての契約は完了となります」


「わかりました」


 キシリク教会の内装は吾郎の想像する教会とそう大きく変わる姿ではなかった。中央を通る廊下を囲むように長椅子が並び、両辺に側廊が伸びている。最奥の内陣には主祭壇が置かれキシリクの神印が祀られており、その左手に契約の間につながる扉がある。

 キシリク教会の特徴といえば、やはりその天井の低さだ。窓が一つも無いが何故かぼんやり明るく、壁の所々に通気孔があいている。外観からして長方形の教会で、上に大きな神殿が乗っているといった風情であった。


 吾郎は中央の廊下を通り扉の前に立つと一度振り返る。ハミンがこくりと頷き吾郎を促す。

 吾郎は覚悟を決め契約の間へと入った。

 ――もう、引き返すことは出来ないだろう。


 契約の間は不揃いの石を敷き詰められた円状の構造をしており、中央に小さな丸い机がある以外は何もなかった。しいておかしなところを上げるならば、その石が淡く光っていることくらいだ。


 吾郎はゆっくりと中央のに向かい、机上にある紙を手に取る。それはパピルスでも羊皮紙でもない、正真正銘の紙だった。

 吾郎がその紙をためつすがめつしていると、徐々に文字が浮かんできた。

 それは不思議なことに日本語で書かれている。片恩恵の自分でも読めるという事は、翻訳では無く完全な日本語という事になる。


 紙には冒険者証明書と書かれており、多くの空白欄があるが、うち一つに制約が記されている。

 それは、人間を殺してはいけない――といった内容である。勿論、吾郎には人を殺すつもりなど微塵も無い。だが、もしこれを破った場合、契約者は死を以って償うことになるとも書いている。

 ――とはいえ、人を殺さなければいいだけだ、これは気にしないでもいいだろう。

 吾郎が一通り紙を調べ終わると、


「田山 吾郎。お主は冒険者になることを誓うか?」


 突然どこからともなく声が響く。それは若いようでもあり年老いているようでもある声で、ずっと遠くから聞こえているようであり身内から聞こえているようでもあった。


「……ち、誓います」


 いつの間にか口が乾燥しており、上手く発声出来ず声が上擦った。

 しかし迷いなく、吾郎は答えた。


「ならば(おの)が魂の名と血で証を立てよ」


「はい」


 吾郎はご丁寧に名前欄と書かれた場所に名前を書き、指を噛み血印を捺す。


「ならば力を与えよう、冒険者としての力を――」


 声と共に、石の光が急激に強くなっていく。その光が吾郎の体を包み、眩しさに目を閉じてしまう。


「契約は成された」


 吾郎が目を開くとそこには何も無く、まるで夢でも見ていたかのように静寂が広がっていた。


「一体何が……」


 妙にスッキリとした頭を傾げ、吾郎は契約の間を出た。

 吾郎が出てくると、ハミンは丁度お茶の準備をしていたようで、出てきた吾郎を驚いたような顔で見つめていた。


「随分、早いですね」


 ハミンの言葉に、吾郎も同意する。

 正直に言うと、吾郎自身その契約の呆気なさに少し驚いていたが、ハミンからしてもそうだったらしい。


「結構呆気ないんですね、ちょっと驚きました」


 吾郎がそう言うと、ハミンは少し含みがあるような笑い声をあげた。



 ハミンとキシリク教会を出る際、吾郎は扉が前よりも軽く感じた事に驚きを禁じ得なかった。――やはり、しっかりと契約は成されているらしい。

 外はいつの間にか真っ暗になっており、腕時計を確認すると時刻は既に午前二時を回っていた。

 ――一体何時間、あの場所にいたのか?

 驚き、ハミンに尋ねると、ハミンはニヤリと少し口角を上げ答えた。


「二日くらいですね」


「二日か……。えっ、二日!?」


 あまりの驚きにハミンを二度見してしまった。


「はい、それでもかなり早い方ですよ。普通は一週間から二週間ぐらいは掛かりますから」


 契約の簡易さに拍子抜けしていたが、やはり神様との契約は凄いのだと吾郎は驚きと共に感心していた。いや、寧ろそうでなければいけない。

 なんといっても、吾郎はこの契約で二つの力を手にいれたのだから――。


 一般の人間をはるかに凌ぐ身体能力。


 そして神術(しんじゅつ)



 ――冒険者の力である。

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