プロローグ
――普通が好きだった。
だから少年は高校までの通学路、鳴り止まないスズメの鳴き声も、自身を照らし出す太陽の日差しも愛していた。
彼の両親の口癖が、「普通が一番」だったため、その言葉を毎日聞きながら過ごしてきた少年もその言葉通りに成長してしまったのだろう。
彼の人生に劇的なことはなかった。
学校のテストは毎回平均よりも少し上のラインを保ち、これといって得意なスポーツもなく、体型も中肉中背。
『普通』という言葉をそのまま人の形にしたような人物だ。
そんな彼だから許せないことがあった。
「長久くん。おはようございます」
通学路を歩く少年の肩を後ろからポンと叩く少女――紫崎めもりの存在だった。
とある事情により、普通とはほど遠い存在の彼女。
その彼女を普通に変えるため、少年――朱弛長久は、ある行動に出た。
そう――恋人――という関係になったのだ。
「おはよう、めもり」
「今日はちゃんと課題やってきましたか?」
「なんでいつもやって来てないみたいな言い方なんだ……やったよ。そんなお前こそどうなんだ」
「おほほほほ」
「やってないのか」
「おほほほ……はぁ……」
どうやらやって来てないらしい。
「普通、課題くらいやってくるだろ……」
「また長久くんの『普通』発言ですか~? もう聞き飽きましたよ~」
ぐったりとうなだれたと思えば、すかさず耳を両手で塞ぎながら、あーあーと喚くめもり。
……このやろう。
――私立夕雲高等学校。
長久たちの母校であるその学舎に着いたのは、二人が出会ってから間もなくだった。
二人のクラスは異なるため、めもりは長久よりも手前の教室に入る。
「じゃあ長久くん、また部室で」
「了解」
めもりは別れを告げると、クラスメイトと挨拶を交わしながらそのまま溶け込んでいく。
「おはよう」
そう言いながら、長久も自分のクラスに入っていく。
その声に反応するように、チラホラと同じ言葉が返ってくる。
――突然腹部に鈍い痛みと共に、何かが激しくぶつかる。
「!!?!??」
声にならない声を発し、長久は慣性に身を任さながら仰向けに倒れる。
「遅かったじゃないですか長久さ~んっ!」
ぶつかってきた何かが喋り出す。
顔を上げ、声の主を確認する。
「……沖斗……お前な……」
クラスメイト、翠沖斗だった。
「長久さんが……えっぐ……いつもより二分も遅れてくるから……ひっぐ……僕……心配で心配で……」
「…………」
中性的な……どちらかと言うと女性寄りの顔立ちに加え、背の低い沖斗はいわゆる美少年だった。
男女共に可愛がられ、今もこうして沖斗に抱きつかれている長久は男子生徒の一部からは嫉妬と憎悪の目で見られる。
――こちとら全然嬉しくないのだが。
*
時間は過ぎ、放課後。
長久と沖斗はめもりが待つ部室へと足を運ぶ。
部室――と呼称してはいるが、正確には部室ではない。あくまで、空き教室を貸してもらっている状態なのだ。
長久、めもり、沖斗、そこに加えて彼らの一つ下である一年生の後輩女子を混ぜた、計四人はその空き教室でとある活動をしている。
その活動というのは、簡潔に説明するならば「お悩み相談所」。
部長であるめもりの名前からとって、通称「メモリ会」と呼ばれている。
よって、部長と呼ぶよりも、会長と呼称した方が適正だろう。
その会長であるめもりは、一緒に来たのか、はたまたどちらかが後から来たのか、とにかく、四人目のメンバーである後輩女子――瑠璃谷麻子と部室で戯れていた。
「ねぇ、麻子。この間駅前で素敵なカフェがあったんだ。今度一緒に行こうよ……あぁ、もちろん、二人っきりでね」
訂正――――後輩女子を口説いていた。
「ふんっ!」
思わずめもりの額に平手をかましてしまう。
「あぃ……つぁ……」
その場にしゃがみ込み、痛みに悶えるめもり。
「め……めもりちゃん!? 大丈夫ですか!?」
夕雲高校第一学年であり、『メモリ会のマスコット担当』と会員から呼ばれることもある麻子は非常に人懐っこく、言葉遣いこそ丁寧であるが長久たちのことを「くん」「ちゃん」付けで呼ぶ。
身長は長久よりも若干低い位であるが、その親しみやすい性格が二つ名の由縁だろう。
さて、先程「とある事情により、普通とはほど遠い存在である彼女」と説明しためもりであるが、まだ説明が不十分だっただろう。
ここでハッキリさせておこう。
紫崎めもりは、両性愛者――――つまり、バイである。
これが、彼女が普通とはほど遠い理由なのだ。
「麻子、お前もイヤだったらイヤって言えよ。イエスマンじゃ社会に出たら大変だぞ」
「いえいえ! そんなイヤなんてことはっ! ――むしろ……」
ぽっ……と、ほほを赤らめる。
ちょっと待て、どういうことだ。




