第8話
■サイドストーリー エルフのサーシャとトレニアの王子
人間主体の国家の一つ、トレニア王国。
その王都近郊にある地下墓地で激しい戦いが行われていた。地下墓地に溜まる瘴気により発生したアンデッドの群れと白銀の鎧に包まれた王国騎士達の戦い。
死者の眠る墓地は瘴気が溜まりやすく、瘴気により魔物が発生する。それを駆除する為に王国騎士達は戦っていた。
「怯むな! 今こそ王国騎士の力を見せる時だ!」
騎士達の先頭に立つ青年が必死に声を上げる。
本来ならば定期的に駆除されている為に魔物の数は少ない。だと言うのに、今騎士達を襲う魔物の数は予想を超えていた。予想以上の数の魔物に騎士達は劣勢に立たされていた。
「くそ! なぜこんなにスケルトンが湧いている!」
騎士達の先頭に立ち勇敢に剣を振るう青年。騎士達の中でも頭一つ飛びぬけた剣技でスケルトンを斬りふせていく。
しかしその奮闘も虚しく、徐々に騎士達は囲まれ追い詰められる。
「殿下! この魔物の数は異常です! これ以上は持ちません! 我らが退路をひらきます! 殿下だけでもお逃げ下さい!」
一人の騎士が青年に向けて叫んだ。
騎士達の先頭に立っていた青年はトレニア王国第一王子であった。自ら剣を取り騎士達を率いて戦う勇敢な王族。せめてその勇敢な王子だけでも逃がそうと、騎士達がスケルトンの群れへと突撃体勢を取る。
「バカな事はやめろ! 命を無駄にするな!」
「我らが剣は殿下の為に! 行くぞ!」
騎士達が決死の覚悟で動いた瞬間――轟音と爆炎がスケルトン達を吹き飛ばした。
そして爆炎で発生した煙を割るように一人の女性が現れる。
「『ウィンドショット』! 『ストーンブラスト』! 『アイスジャベリン』!」
現れた女性は矢継ぎ早に魔法を放ち、スケルトンを駆逐していく。
敵の攻撃を回避し的確に魔法を打ち込む優雅な動きに、騎士達は呆然と見ている事しか出来なかった。
「退路は確保したわ。引いて!」
呆然としてた騎士達が尖った耳を持つ女性の声に意識を取り戻し、素早く行動を始めた。
「殿は私が請け負う! 全員彼女の作った道を進め!」
「殿下、殿ならば我らが!」
「新手が来る! 急げ!」
「しかし!」
「もう! 私も殿をするから早く行って!」
王子の再度の命令に押され騎士達が撤退していく。
殿にと残った王子は彼女の動きに眼を奪われていた。
剣を抜いた彼女は舞うように敵を倒していく。魔力付与された剣なのか、剣に触れずともスケルトンは切断され崩壊していった。触れずともそれなので、剣に触れたモノはより激しくズタズタに切り刻まれる。
「ハァァア!」
気合一閃、大きく剣を振ると前方のスケルトンが何体も吹き飛ばされ粉々になる。大きく剣を振った隙を狙った敵が近寄れば、魔法を放ち撃退する。
魔法と剣を駆使した彼女の強さは凄まじかった。
王子が彼女に見惚れていると、いつの間にか周囲のスケルトンは彼女によって全滅させられていた。
◆
「先日は窮地を助けて貰い感謝する。おかげで私や共の騎士達全員無事で生きて帰れた」
テーブルに座る対面の女性に、王子は丁寧に頭を下げた。
「いいのよ。エルフとして当然の事だしね」
なんでもなかった事の様に言う女性を、王子は眼を細めて見た。
エルフ族。
全ての者が魔法を使え、高い身体能力を持ち不老長寿。
世界の調停者を名乗り、アンデッドなどの自然の理を乱す不浄なる存在を嫌悪する種族。
調停者を名乗るも普段は森から出ず、エルフ族が森から出た公式記録は600年前。人間と獣人を支配していた吸血鬼と戦った時とされている。
「助けてもらっておいてなんなのだが、何故君は森から出てきたのかな?」
「好奇心よ。私のように若いエルフは結構森から出てる人も居るわ。森の外はどうなっているか知りたいじゃない」
その返答に内心安堵する王子。
もしやまた600年前の吸血鬼のような存在が現れたのかと危惧していたからだ。
安心した王子は恩人に対し探る様にしてた事を詫びた。
「あぁ、いいのよ。貴方達人間からしたら、森に居るはずのエルフがこんな所に居たら理由を知りたいでしょうしね」
「そう言ってくれるとありがたい。失礼ついでにもう一つ白状するが、一応君の事は調べさせてもらった。驚いたよ。冒険者だったんだな」
疾風のサイネリアと呼ばれる、魔法と風の魔剣を使うエルフの凄腕女性冒険者。
アンデッド討伐の依頼を数多くこなす。しかしそれだけではなく、低級のドラゴンであるワイバーンをも単独で討ち果たしている。
「王都に来たのは最近なのか? 他の地方では凄く有名らしいな」
「王都には来たばかりよ。有名かは自分じゃわからないけど、驚いたのは私のほうよ」
「おや? 疾風のサイネリア殿が驚く事とは興味がある」
「助けたお礼にと宿に馬車が来たと思ったら、連れて来られたのがお城なんだもの。しかも貴方が王子って御者の人に聞いたときは驚いたわ」
そう言えば地下墓地では名乗っていない事を思いだす。
「これは申し訳無い事をした。トレニア国第一王子ラインハルトだ」
「エルフ族のサイネリアよ」
「助けてもらった礼と言うわけではないが、何かあれば力になろう」
「嫌よ。人間の王族とかって権力の取り合いとかするんでしょ? そういうのに巻き込まれたくはないわ。助けただけでも目をつけられそうなのに、貴方に力を借りると変な事に巻き込まれそうだもの」
それを聞いてラインハルトは苦笑する。
なるほど。人間を超える力を持ちながら森に篭っているエルフらしい物言いだ。
それに的を得た考えでもあった。事実地下墓地のスケルトンの大量発生は、ラインハルトを亡き者にしようとした第二王子派の仕業だったのだ。
「だから私はすぐに南のアルカディアに行こうと思ってるのよ」
「それは残念だ。サイネリア殿ほどの方なら近衛に欲しいくらいなのだが」
冗談でしょと笑うサイネリアだったが、ラインハルトは本気であった。エルフとしての力も惜しかったが、それ以上に彼女に一目ぼれをしていたからだ。
一頻り話した後、サイネリアが帰る事となった。
別れを惜しんだラインハルトは最後に伝える。
「王子としてではなく、何かあれば私個人としてサイネリア殿の力になろう」
「変な王子様ね。う~ん。サーシャで良いわ」
「む?」
「呼び方よ。近しい人はサーシャって呼ぶの。サイネリア殿サイネリア殿言われたら、私が疲れちゃうわ」
「分かった。サーシャ殿と呼ばせてもらおう」
王子と別れ王都を出て城塞都市アルカディアに向かったサイネリア。
彼女がアルカディアで吸血鬼の少女と出会うのは、それから半年以上経ってからの事である。