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第7話

 ヒュゥー……。


 私とエルフ女の間を風が通る。


 エルフ女はキッと眼を開き、片手に持った剣を私に向けた。


「邪悪な吸血鬼! 私が倒してあげるわ!」


 鋭い殺意を受け流し、嘲笑と共に言葉を贈る。


「脆弱なその身に刻んであげるわ。高貴なる私の力をね!」


 今まさに私とエルフ女の決闘の幕が上がろうとしていた。


 何故決闘する事になったのか。


 それを思い出そうとした私の記憶は今朝まで遡る――





 朝起床して諸々が終わると、仕事がない日は店番をする。宿を貸して貰ってるノービス商店の店番だ。私が店番をしていると顔なじみな冒険者が来店したので挨拶をした。


 お昼を過ぎて店番から開放された私は鍛冶場に向かった。ギルドの依頼中に知り合った親方と話す為だ。私が依頼中に話したハルバートやドラゴンをも倒すガッツある剣士の巨剣に興味を示したらしい。特にハルバートの斬る突く叩くといった複合性に興味津々だった。この世界、そういった複合性がある武器が少ないのだろうか。是非話をと言う事で呼ばれたのだ。


 鍛冶場で話し終わるとノービス商店に寄ってラクシア君と合流した。そして約束があるので冒険者ギルドに向かう。


 ギルドへ向かう途中に巡回中の兵士を連れた騎士を見かける。私を見かけた騎士はグっと拳を握って無言の挨拶をしてきた。それに対し私はニヤリと笑い返す。騎士はしっかり頷いてから巡回に戻っていった。


 騎士とすれ違った後にお年寄りの夫婦と出会う。お孫さんの所に遊びに行った帰りだそうだ。屋根の修理は助かったとか、余った木材で作ってくれたジェンガが孫に大好評だったと嬉しそうに語っていた。良かったわねと言うと本当に嬉しそうに笑っていた。


 冒険者ギルドにもうすぐという所で小さな子供を連れた親子に出会う。5歳くらいのちみっ子があれやってあれやってと言うので『私の右手に封印された力がぁぁ!』と『邪眼の力を舐めないでよねっ!』の台詞とポーズをしてあげた。闇色のオーラつきで。非常に喜んでいた。母親にもありがとうございますと言われた。


 冒険者ギルドに入ると見知らぬ冒険者から挨拶される。私が依頼で屋根を直したりした家の人の子供だったり孫だったり、保育所でお世話した子供の親だったりだ。


 見知らぬ冒険者への挨拶の返しもそこそこに、ギルドの2階の食堂に向かう。そこで約束の相手と合流した。





「いやぁ~、ユカリさん大人気ですね~」


 食堂のテーブルについたとたん、ラクシア君が言った。


「そりゃあ、あれだけありえない速さで正確に確実に時間も守って街中の依頼をこなしまくりましたからねぇ」


 今日夕食を一緒に食べる約束をした猫獣人のピュラが相槌を打つ。


「望んでた名声が手に入って~」

「良かったですねぇ」


 そして二人仲良く言葉を繋ぎ合わせた。


 確かに二人の言うように名声は手に入った。

 城塞都市アルカディアでは『黒いドレスの冒険者』といえば有名で、誰しもが知っているようになった。


 だがしかし!


「私が欲しかった名声はそう言うのじゃないのよ!」

「ご近所の奥様からお城の兵士さんまで知ってるほどの名声に不満が在るんですか?」

「当たり前よ! 私がほしかったのは武器の作成の相談を熱烈にされたり、気軽に挨拶されたり、ちょいと世間話をしたり、修行相手の良きライバル扱いされたりするのじゃないのよ!」


 最後のはちょっといいかなと思わなくもないけど。

 私が欲しかったのは、そういうのじゃないのだ。


「もっとこう、恐れ敬われる畏怖や畏敬といったモノが欲しかったのよ!」


 私がぴしゃりと言い放ち二人の間を指差すと――二人は料理の注文をしていた。


「あ、ユカリさんは何食べます? 冒険者ギルドの食堂でしか食べれない物は多いですからね~。ワイルドベアのステーキとかお勧めですよ?」

「人の話はちゃんと聞きなさいと、ゼルアさんに習わなかったのかしらぁぁああ!」

「いひゃい!? いひゃいですよぅ!?」


 この腹黒の顔だけ美少年は!

 フニフニで柔らかいホッペをしてからに!

 ラクシア君のホッペを堪能しつつワイルドベアのステーキをウェイトレスに注文すると、ピュラが止めとばかりに言って来た。


「畏怖も畏敬も無理ですよぉ。ユカリさんは街の子供達の憧れの的ですからねぇ」

「あんたが街中の保育所手伝いの依頼を私にやらせるからでしょうが!」

「ユカリさんも嬉々としてしてたじゃないですかぁ」


 うぐっ。

 確かに私の言葉一つ一つに反応する子供達が面白かったのよね。

 オーラを纏う魔法を見せると大喜びだし、悪役の演技に熱が入ったのも認めましょう。


 街で名声を得て、仕事終わりに食事を一緒にするピュラと言う友人も出来た。


 異世界生活は順調なのだけど、最初に森で思ってたのと何か違う……。

 思ってたのと違うと言えばもう一つ。


「街にエルフやドワーフとか見ないわよね。基本的に人間ばっかりで獣人も少ないわよね」


 獣人はちょこちょこ見かけるがあまり居ない。

 エルフにドワーフは街で見たことがない。

 もしかして存在しないのかしら?

 森で出会ったエルフ女は幻だったのかなぁ。


「それは当然ですよ~。エルフはアルカディアから北西の遠い森、通称エルフの森に住んでて森から滅多に出ませんからね。それにドワーフは北の北の遠~い北の鉱山都市に篭っていますし、獣人はうちの国の北にある獣人国家ブルテアに一杯居ますけどね」

「へぇ~」


 私から解放されたラクシア君がすらすらと薀蓄を披露してくれた。

 なるほどなるほど。きっちり住み分けされてるのね。


「も~、ユカリさんってほんと常識を知らないですよね~。あははは」

「ほほぅ……」


 最近ラクシア君は私に対して平気で黒くなる。

 出会った当初の天使の被り物はどこいったのかしら。


「あ、でもこの街にもエルフは居ますよ」

「そうなの?」

「はい。高ランクの冒険者で教官役も務めてらっしゃる――」


「あぁ! 貴女は!!」


 ピュラが言いかけた所ですぐ傍で大きな声がした。声がするほうを見ると耳のとんがった金髪の女性が私に指を差して立っていた。


「エルフキターーーーー!」

「――エルフ族のサーシャさんです」


 ピュラが手でエルフ女を示しながら紹介してくれた。


 ファンタジー世界の住人代表エルフ!

 それを見たのが二度目でも私は叫んだ。


 動きやすそうな革鎧を着て腰に細い剣をさしたエルフ女。長身で長髪の金髪がサラリとしていて綺麗だ。当然顔立ちも良い。体も細身ながら出るところは出ていて、紛う事無く美人である。


 これぞファンタジー!とも言うべき存在との出会いなのだ、

 二度目だって叫びたい!

 一度目は気づかれないように我慢したんだから!


「エルフエルフエルフ! その耳は本物? ねぇ、触って良いかしら? 触るわよ!」

「ちょ、ちょっと、この、やめなさい!」

「ユカリさん、女の人の耳を触ろうとするとか変態にしかみえませんよっ!」

「ユ、ユカリさん、サーシャさんから離れてぇ」


 背の高さの違いから手が届かず、触れない内に引き離された。

 あとちょっとだったのに!


 内心悔しさに身を焼かれながら耳を見てるとエルフ女が叫んだ。


「何でここにいるか知らないけど……。皆聞いて! この少女はヴァンパイアなのよ!」


 私達だけじゃなく、食堂全体に向かって叫んでいた。

 その叫びでシーンとする食堂内。


 しまった!

 そういえばこのエルフ女には「吸血鬼」と名乗っていたわ!


 思わぬところで正体を知らしめられた。

 良いわ。今から吸血鬼として真の絶望をこの街に教えて上げましょう。

 まずは食堂に居る者達から。


 そう覚悟しかけた時に食堂全体がドっとした笑いに包まれた。


「な、なに、何なの?」


 動揺する私とエルフ女を置いて、食堂に笑いが響く。

 ラクシア君にピュラも笑っていた。


「サーシャさん、そんな訳ないじゃないですかぁ」

「そ、そうですよ。ユカリさんがヴァンパイア? あのヴァンパイア? そんな訳ないじゃないですか~。あははははははは」


 この世界の吸血鬼。

 それは600年ほど前に世界を震撼させた。


 強靭な肉体に魔法も使いこなし、吸血すれば生物を自分の支配下に置くことが出来て、さらには交配することなく他種族を吸血鬼化させ同類を増やす事が出来る。

 その力を持って世界の支配に乗り出したのだ。

 吸血鬼の力は凄まじく、人間の都市を落とし国を落とし、獣人を奴隷として使い勢力を広げていった。


 しかしそこに救世主が現れる。

 吸血鬼の支配をよしとしなかったある国の王子が、エルフとドワーフに助力を求めたのだ。


 世界の調停者を名乗るエルフは、俊敏な動きと魔法を駆使して吸血鬼を駆逐していった。

 鍛冶の神に愛されたドワーフはその力を生かし、吸血鬼を倒せる魔力の付与した武器を生み出しそれを人間や獣人に与えた。


 こうしてエルフとドワーフの協力を得て吸血鬼を打ち倒し、今の平和を築いたそうだ。


 1体で都市一つを落とすほどの危険な魔物である吸血鬼。それも今では絶滅していて、悪い事をした子供に聞かせる御伽噺の中の存在なんだとか。


 以上が便利アイテム腹黒辞典ラクシア君より抜粋した情報よ。


「でも実際はまだ吸血鬼って居るんですよねぇ。レッサーヴァンパイアって言われる眷族を生み出せない劣化吸血鬼が遺跡なんかに。眷族は生み出せないんですけどぉ、血を吸われ死んでしまうとグールになったりするので、危険な魔物ではあるんですよぉ」

「へ~。そうなのね」


 アマテラスがこの世界の真祖は絶滅したって言ってたのはそういう事か。

 残ってるのは吸血鬼ともいえない愚物って訳ね。


 ステーキをもぎゅもぎゅしながらラクシア君とピュラの話を聞いていた。

 ワイルドベアのステーキは肉汁が溢れ柔らかく、肉の旨味もしっかりしている。

 塩だけの味付けなのに肉自体の持つ甘みと旨味が十分以上に口幸を与えてくれた。


 美味しいお肉を堪能してると横から邪魔が入る。


「なんで貴女! 普通に食事してるのよ! 吸血鬼の癖に!」

「煩いわね。人の食事の邪魔をしないでちょうだいな」

「何で普通に馴染んでるのよ! ピュラとそっちの子も!」


 私たちがご飯を食べるのがご不満らしいエルフ女はキーキー言っていた。

 カルシウムが足りないのかしら?


「もぉ、サーシャさんいい加減にして下さい。ユカリさんがヴァンパイアなわけないじゃないですか。いいですか? ユカリさんは最低ランクの冒険者ですが、子供からご老人まで大人気の冒険者なんですよ。最低ランクですけどぉ」


 私の弁護をするのは良いのだけれど、最低ランクを2回言う必要はあったのかしら?


「邪悪な吸血鬼なのに! なんで信じてくれないの!」


 私を強い視線で見てくるエルフ女。

 その瞳には怒りや憎しみだけじゃなく、怖れや怯えも見えていた。


 その眼を見てハッとする!


「そう! それよエルフ女! 畏怖に畏敬! そういうのが欲しかったのよ! 気に入ったわ!」

「な、なんで貴女が私を気に入るのよ!」

「それそれ! その反応よ! ちょっと怯えてる感じが素敵ね! 良いわ! もっとして!」

「くっ! 吸血鬼! 覚えてなさいよ!」


 私が気分良くしていたらエルフ女は去って行った。

 たった一人の畏怖を向けてくる相手が去って少しテンションが下がる。

 そんな私にラクシア君が一言いった。


「ユカリさんって同性愛者だったんですね~」


 彼がその後にどうなったかは知らない。





 食事を終えてピュラを送ってから一人夜の街を歩く。


 街中でも人気がない薄暗い道に入ると、そこに一人の女が立っていた。


「吸血鬼。何を企んでるか知らないけど見逃したりはしないわ」

「私と戦おうと言うの?」

「えぇ。邪魔が入らない場所に行くわよ。ついてらっしゃい」

「ふふ、決闘と言うわけね」


 決闘。

 まさかの決闘!


 私に畏怖の眼を向けるだけじゃなく、決闘まで挑んでくるとは……!

 いつかやってみたい事の一つの決闘まで叶えてくれるなんて!


 三日月の月が照らす夜、私達は静かに闇夜に溶け込んでいった。




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