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序章
ひやりとした空だった。
月に住む兎がその身を横たえヒィと息を吐いた。
こんな夜は、心の臓を濡らす温い血潮が少しばかり熱くうねる様で。
赤く瞬く瞳から流れる零れる星のような滴。
嗚呼
神様、神様。
もしも貴方が本当にいるのなら。
どうかどうか
この想いをすくってあの大輪へ
届けては、下さいませんか?
天靉―ソラアイ―。
天体の始祖が生まれる時代。
まるで世界の胎盤。揺り籠の中の空間、時間。
宇宙が始まるよりもずっと昔、音を超え光を超えその存在は育まれていた。
名をぎょくと、玉兎と言った。
彼女は白く清らかな絹の衣を羽織り、その姿は他と較べる意味を霞ませる程に聡明で美しく優しかった。
彼の星が散り灯火が潰えたと見れば涙し、魂が存在すら得ない内に空を彷徨うと聞けば踞り祈りを捧げた。
慈愛に満ちたその紅く輝く双玉はこの世の至宝と謳われ、不浄の大気に触れる事すら苦痛を伴う程に清らかな存在として識れていた。
玉兎は天靉の中心にある大きな屋敷の一室に住み蝶と戯れ花を眺める日々を暮らしていた。
これは彼女の物語である。