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六月の夜

 季節は移り、ジメジメとした日本らしい季節に入った頃から、俺は何かオカシイと感じ始めていた。日が進むにつれ、纏わりつくような湿気と俺の中の不安と焦りが増してくる。

 面接で出会い、そして同じ会社に勤め同じフロアで仕事することになる。そして映画を共に楽しみ関係を深め……。

 コレが映画だったら、恋愛フラグ立ちまくりの二人で、ベタだけどコレ以上ない最高のシチュエーションな筈。


 しかし彼女の微笑む瞳、俺をワクワクさせてくれる言葉を発する唇、そういった所から、友情以上の感情を感知することが出来ない。

 俺に対して彼女はいつも楽しそうに朗らかな笑みを向けてくるが、それは彼女の禿げた上司に見せている顔と殆ど変わらないようにも見える。


 こんなに楽しい時間を一緒に過ごし続けているのに、何故彼女の恋の炎は灯らない? 今までの気に入った女の子だったら、とっくに恋愛関係になっているはず。

 ブログを見ると、相変わらず、『星』の野郎がチョロチョロしている。彼女と俺が一緒に見た映画にもコメントつけてくる所が、何とも腹立たしい。そして二人は相変わらず仲のよいやり取りを続けている。俺と観た映画に対してのヤツのコメントに『星さんと、観たかった』といったコメントを返しているのをみて、俺は嫉妬を覚える。

 コイツがいるから、彼女はコチラを見てくれない。『星』という人物のコメントを読みながら怒りが込み上げてくる。おまけに映画を観たあと、彼女が『星』の野郎が言いそうな事を言ってくるのがさらに腹立たしい、思わずその意見に大人気なく反論を試みてしまう。そんな時に、彼女が見せるチョット傷ついた顔が尚更俺を落ち込ませる。

 此所で、彼女に自分の想いを伝えて、そこから新しい関係を築いていくという選択枝も確かにあったとは思う。でも俺は今まで、相手が自分を好きだと確信した相手にしか告白したことなかったので、振られる事にまったく慣れてない。

 しかも、告白し関係を一度壊した後に、本当に新しい関係を再構築出来るという自信もまったくない。この『星』というヤツのようにオカシクなった後でも、このような親しみのある態度を示してくれるものなのだろうか?

 冒険をするにはリスクが多すぎる。 


 俺は、そういったイライラを解消するために、会社の飲み会に積極的に参加することにした。

 実際、大騒ぎして酒を飲むのは楽しかったし、それによって、他の営業のメンバーや、現場の人ともより仲良くなり、仕事も円滑に進むようになるというのも皮肉な結果である。


 そんな飲み会の帰り、俺はスッカリできあがっている。ややフラつきながらも電車に乗ったとき、先程まで一緒に飲んでいた井口が走り込んでくる。

「間に合った〜」

 彼女もすっかりできあがっているようで、俺の顔をみる目がトロンとしている。未成年なのに、いいのか? こんなに酔っぱらって。

「黒くんの為、一生懸命追いかけてきたんだ〜」

 エヘへと笑いながら、腕に可愛く抱きついてくる。彼女のグラマーな胸の感触が腕に心地よい。俺はついオヤジな笑いを浮かべてしまう。

 他愛ないどうでもいい話題を、一生懸命俺に話しかけてくる様子がなんとも可愛い。

 井口は乗り換える予定の一つ前の駅にきた時、ふとヘラヘラが顔から消える。

「ねえ、黒くんって彼女いるの?」

 この子は、年下のくせに他の同期のように俺を『くん』付けで呼んでくる。

「いや、居ないけど、なんで?」

 すると、井口は無邪気な嬉しそうな顔をする。その目に俺への愛と甘えを感じる。

「なら、私と付き合おうよ!」

 思わぬ所に、フラグは立っていたようだ。俺はしばらく考え、ニコリと彼女に笑い返す。

「いいね!」

 井口の瞳がパッと輝く。そしてニッカリと満面の笑みを浮かべる。

 そして、俺と井口成実は恋人同士となった。

 若い時代は短い、片思いなんかにウダウダ時間をかまけている暇なんてない。

 しかも、こんなに可愛い子が自分を想ってくれている。それを断る馬鹿は何処にいるだろうか? 手の届かない所にいる女性よりも、もっと身近にいる女性と楽しく恋すべきである。俺はそう自分に言い聞かせた。

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