怒りの日
配属が決まってからの同期での飲み会は、愚痴合戦になる。でもこの飲み会が俺たちの仲をかなり密接なものにする。月見里百合子の呼び方も『月ちゃん』にかわり、松梨友子の呼び方は『松ちゃん』、井口成美は年下の為『井口』と変わる。でも何でだろうか? お嬢様っぽい川瀬夏美だけは『川瀬さん』という呼び方を変える事は出来なかった。
「私が、滅茶苦茶頑張ってやっているのに、ミスばかり指摘してきて、もうムカツク!」
一番声を大きく荒れているのは井口。聞いていたら、彼女の仕事に対する態度にもやや問題があるのでは? とも思う部分は多い。一番年下ということもあり、こうやって大騒ぎして皆に構われ可愛がられるそれが、彼女の立ち位置だった。天性の甘え上手というのだろうか? 周りの人がついほっとけなくて皆保護者にしてしまうそんな魅力が井口にはあった。だから井口の愚痴に対しては俺も兄貴ぶって答えてしまう所があった。
俺と松ちゃんは、失敗ばかりする自分や、思うようにいかない事への愚痴が多く、それらの愚痴を河瀬さんと月ちゃんが静かに聞いて宥めるという流れができあがっている。
「成美ちゃんが、頑張っているのはみんなも見ていて分かてるから」
「友ちゃん、毅然とした態度で仕事している姿、格好いいよね」
本当は、僕が、月ちゃんに言って元気つけてあげたかった言葉が、彼女の口から飛び出す。
そういえば彼女の口からは愚痴なんか出た事ない。いつも楽しそうにニコニコ笑っている。
「百合子さんは、楽な職場に行ったから、そんなニコニコしてられるんですよ!」
宥めても気分の収まらない井口が、攻撃を月ちゃんにむけてくる。彼女は未成年なためにソフトドリンクしか飲んでないはずなのに絡む。社会人だから飲ませてもよいのかな? とも思ったが河瀬さんと月ちゃんが必死で止めたから、この集団での飲み会では彼女一人がソフトドリンクである。月ちゃんも付き合ってあげているのか、最初の一杯以降は、ソフトドリンクにしている。
その言葉に、月ちゃんの部署の大変さを見ている、俺を含む他の三人は流石に眉を顰める。そのまわりの様子に、井口も言い過ぎたという顔になる。
「成美ちゃん、なんで分かって貰えないかな〜この笑顔の陰で泣いてる私」
月ちゃんは冗談っぽくおどけて、泣いたふりをする。
「まあ、月見里さんは笑う事止めたら死にそうだものね、なのでいつもニコニコしてほしいな〜」
ニコっと上品な笑顔でとんでもない事を河瀬さんが言う。河瀬さんの例えや冗談はいつもややズレていて、その冗談や言葉も笑えないところがある。実際、この月ちゃんが笑えなくなるほどの状況になったら本当に危険である。
「何、それ! 私はサメ? 泳ぐの止めたら死ぬ的なのって!」
「サメというより、兎よね〜」
のんびりと河瀬さんが答える。
「それって、単に苗字の月からの発想よね?」
「うーん、いや、人間性? 肉食系動物には絶対みえないし」
二人は惚けた会話を始める。
「ハムスターっぽい気もする〜」
「縁側で居眠りしている猫とか?」
井口、松ちゃんも参加してくる。
「えぇ〜! もっとカッチョイイ動物がいい!」
月ちゃんは不満な声をあげる、さっきまでのドロドロしていた飲み会が一気に平和なものになる。流石女四人があつまるとキャピキャピした華やかだ。
なんだろう? この入っていけない女の子同士の世界。男の俺としてはチョット寂しさを感じる。
「じゃあ、カッチョイイ兎ということで」
とりあえず、俺も会話に参加しておく。
月ちゃんは、複雑な顔でコチラをみてくる。
「ワイルドな兎って事?」
納得はしてないようだが、彼女はどう見ても兎のイメージだ。しかしワイルドな兎って、どんな兎だ?
いきなり隣に座っていた井口が俺の手をひき突然顔を寄せてくる。
「じゃあ。黒くん私は? 何? 動物に例えるならば」
「それこそワイルドな野良猫?」
俺の言葉に皆一斉に笑う。井口だけは憮然としていたが……。
こういう他愛ない会に繰り返していくことで、俺達同期は辛い時期を友情で乗り切った。