彼女を見ればわかること
小さい会社ということもあるのだろう、人事課なんて独立した部があるわけもなく、初っぱなから社長、専務、総務部長との面談という状況だった。
今まで、上手くいって人事部面接という感じだった俺からいうと、一見かなりの進展したようにも思える状態である。
隣の女の子は、応接室に現れた面接官をみて、飛び跳ねるように立ち上がりペコリとお辞儀する。サラサラと長い髪が彼女の肩を滑るように落ちる。
俺も慌てて同様に立ち上がりお辞儀した。
彼女の名は月見里百合子で、短大を出てその後専攻課に一年在籍したということで俺より一歳年下であるらしい、その子の事がその後の面接官とのやり取りで明かされていく。
なるほど、彼女は美術系の大学に通っているようで、大きいバインダーには彼女が大学で作ってきた作品やプライベートで描いたというイラスト入っていた。彼女はそれを面接官に見せつつ、一生懸命という様子で自分をアピールしていた。学んできた事を生かし、デザインの仕事をしたいと力強く訴えている。
面接官の三人は、明かにその作品にはあまり興味はないようでチラリと軽くみただけ。しかし丸い目をクリクリさせ語る彼女を、目を細め面白そうに見ている。彼女という人物は結構気にいっているようだ。
「ところでお二人とも、パソコンとかは使えるのかな?」
社長の言葉に俺は『勿論』と力強く答える。今時この年齢でパソコンが使えないという人はいるのだろうか? 大学まで出ていたら、レポートの作成のためExcel Wordといった基本ソフトは大概使えるようになるものだ。
「はい! あと趣味の範囲ですが、Illustratorなど画像系のソフトもそれなりに使えます。ブログを作成しているので!」
彼女も、パソコンくらいは普通に使えることをアピールする。でも、俺とはやや使えるという意味が違うようだ。
「ほう、ブログを! それは凄いね! そんな事が出来るなんて」
しきりに感心する社長の言葉は、面接というより孫を褒めるような口調だ。今時ブログなんて誰でもつくれるよ……。と内心思いながらも、俺は作り笑顔でそのやり取りを見ていた。
「はい『月夜の映画館』というタイトルのブログで、映画の評論とかやっています」
これが面接なのだろうか? というノリで平和に穏やかにニコニコと微笑み合う、彼女と面接官。この会社がオカシイのか、この子のキャラクターがそうさせるのかはよく分からない。
その後なんと社長自らが社内を案内する。社長って暇なのか? 逆に社員の人は皆忙しいのだろう、俺達見学者を面倒臭そうにチラリだけみて、また仕事に戻る。
そんな現場の迷惑そうな空気を社長は読んでないのか、やたら社員に声をかけ、今やっている仕事の説明を求めていく。
俺自身も彼らがどんな仕事をしているのかなんて、正直どうでも良かったが、隣の彼女はニコニコとした顔で楽しそうに現場を眺め、その説明を嬉しそうに聞いている。現場の人のブスっとしていた顔も、その彼女の表情に思わず苦笑する。その様子が面白かったこともあり俺も、気がついたらニヤニヤしながら楽しく回っていた。
そんな感じで、今までの中では、一番良い感触でモリシマの面接が無事終了する。
一緒にビルを出た彼女は、会社を出た途端に大きく深呼吸をする。
その様子で、面接中彼女がかなり緊張していた事を察する。明るくテンションが高かったのも、それだけ気合いが入っていたからかもしれない。コチラは彼女の何とも惚けた面接の様子を見て面白がってしまったお陰で、緊張をまったくしなかったことにも同時に気がつく。
「お疲れさま」
彼女に声をそっと掛けると、俺が隣に居たことを、今思い出したかのように身体をビクリとさせてコチラを見た。
「あ 黒沢さん? も、お疲れさまです」
でもすぐに、あの独特の穏やかなニッコリ顔になり言葉を返してくる。
『疲れたよね? 良かったら、チョットお茶でもしていきますか?』と返そうかなと考えていた。
「お互い、良い会社に行けるといいですね。頑張りましょうね! じゃあ、失礼します」
しかし、彼女に先にそう言われてしまう。
「ですね、では気をつけて! また縁があれば」
ペコりと頭を下げて去っていく。
サラサラとした長い髪が風に揺れる彼女の背中を、俺はしばらく眺め続けた。