恐怖の土曜日
女性は感情的、男性は理性的って一般に言われるけど、恋愛に関してはその逆じゃないかと俺は思う。
ティーンの時から、その兆候はあったものの、成人を超えるとさらにその傾向はハッキリしてくる。
特に恋愛が終わる頃の女性は凄まじい。自分の気持を的確に分析し男を取捨択一していく冷静さは、男からみて心が冷えるものがある。
俺と月ちゃんが訪れた劇場の中で、今まさに一つの恋愛が終わろうとしていた。
といっても俺と月ちゃんの二人の間ではなく、その前列にいる若いカップル。
別れを切り出す為に、男を映画に呼び出す女。そして、そんな事も気が付かずヘラヘラやってきた男。
この男の痛い所は、だんだん冷めてきていたであろう彼女の態度に全く気付いていないどころか、今日まさに今、別れを切り出されている事にも気付いていない。
完全に女の中から消えた愛と、まだまだラブラブなつもりの男。どこまでもかみ合わない二人の会話。本人達は大まじめだが、端からみると喜劇である。
とはいえ、この男程馬鹿ではないにしても、俺自身似たような経験をしてきた事があるだけに、笑うというより苦笑いになるが。
月ちゃんは、目の前にいきなり繰り広げられたドラマに、肩を奮わせている。リゾート地を思わせるエキゾチックなワンピースに丈の長い軽い上着を羽織った感じで、ナチュラルテイストな洋服が良く似合っており、彼女のより穏やかな魅力を増していた。会社での格好よりも、プライベートでのラフで柔らかい感じの格好の月ちゃんの姿の方が俺は好きだ。
「いや〜凄いドラマだね〜」
「喜劇だよ」
笑いながら、こそこそと顔を寄せ合って話す俺達は、恐らくまわりの人からみれば、ラブラブなカップルに見えるだろう。
でも、完全な俺の片思い。俺は、今日が日曜日であるという事に引っかかりを覚えていた。
日曜日に彼女と映画に出かけたのは、初めて。彼女は大抵、外出を土曜日に決め、日曜日は身体を休めつつ、家の事をするというパターンで過ごしてきていたと記憶している。
土曜日は用事があったから、俺との約束は日曜日になったわけだ。
そして土曜日の彼女は何をしていたのか? ブログをみると、映画に行っていたようだ。誰と?
映画が終わり、俺達は外に出る。秋だというのに嫌味な程、太陽が輝いている。月ちゃんはそんな太陽を浴びながら『最高に良い天気だね〜』と嬉しそうに笑っている。
俺は太陽から逃げるように、裏道にある小さな喫茶店に彼女を誘う。
観たのが偶々、男女の恋愛感のズレを描いた映画だったこともあり、話題も恋愛方面に。
月ちゃんが大好きだという映画『ベティーブルー』の話になる。有名なフランス映画で、激しい愛に生きる女性ベティーと、ただそれを能動的に受け入れる男ゾルグとのラブストーリーで、愛によって関係が壊れていくというフランスらしい恋愛感の映画。
「私、あの映画大好きで、観て凄い衝撃を受けたんだ」
俺は凄い恋愛だとは思ったけど、感情のまま愛に走るベティーという女性には惹かれなかったし、ベティーがああなるまで自分から積極的な努力をせずただ見守るだけのゾルグという男性の生き方もちょっと許せなかった。彼がもう少し別の行動をしていたら、ああいうラストにはならないのでは? ゾルグがもっと確かな形で彼女に愛を与えていたらベティーは追い詰められなかったのでは? とさえ思ってしまう。
「女性は、結構好きだよね、あの映画」
「相手とか、周りとかまったく気にしないで、愛の為だけに生きて壊れるって、私には絶対出来ない行動だしね! そういう所が格好良い! と思ったの」
「格好良い……?」
ベティーという女性に対して、予想もしない言葉に俺は驚く。
「そう、でも私はといったら、前の彼氏が実家に戻るために関東離れると聞いても、『そうなんだ、仕方が無いよね』という言葉を返すだけで、相手を追いかけるとか、泣いて止めるといった事も一切出来なかった」
仕事でも彼女は前面に出て何かをするというのではなく、どちらかというと一歩引いて調和をとりながら物事を進めていくタイプ。恋愛に関しても、いつも一歩引いた形で月ちゃんは生きてきたのだろう。だからこそあんな無茶苦茶な愛し方をするベティーに対しても憧憬の念を抱いたようだ。荻上さんを彼女が憧れ慕うのもそこにあるのかもしれない。本当はもっと前に出て行動したいと思っているのだろう。
初めて彼女の口から語られる、星野秀明の話。でも俺はその時の月ちゃんの表情から何か分かってしまった。それは完全に愛が終わった相手の話をしている事を。逆にだからこそ、俺にその話をすることが出来たのだろう。
俺に別れを告げてきた過去の恋人と同じ目をしている。ハッキリ終わった愛の話をしている女の目だ。
「黒くんは、引きずってたと言うけど、違ったかなと、今分かった。ハッキリした『サヨナラ』のイベントがなかったから、気持ちが整理できなかっただけなんだと、今にして思う」
彼女は明るくヘラっ笑う。
「……たしかに、自分で納得して別れないと、後ひくよね」
今まで散々待ち望んだ瞬間。彼女の中から『星』が消える事。
「人生にも、句読点って必要だよね、本当に!」
そういって顔を上げた彼女の目は、新しい未来をを見ているように感じた。
「上手いこというね!」
俺は、内心複雑な気持ちでその表情を見ていた。
彼女が静かに見つめる未来に、俺はいるのか? 真っ直ぐ前をみる彼女の目には、目の前にいるはずの俺の姿も映ってない。
「でしょ!」
いつものように、俺に笑いかける彼女。そう『いつものように』つまり、今までとまったく変わらない笑顔。
「あのさ……」
月ちゃんが廊下などでコッソリ携帯のメールを見ているときの、心底嬉しそうな笑顔とは違って、いつもの笑顔。
「ん?」
「俺達さ……………………」
首を傾げ、俺を見上げてくる彼女。俺の頭に『太陽』の存在がよぎる。『付き合わない?』という言葉を続けたかったけど、言えなかった。
「来週も、また映画、何か観ない?」
彼女は、俺の言葉にチョット考える。
「んー。来週も土曜日は用事入りそうだから、日曜日でよければ」
彼女は、『誰か』の為に土曜日の予定は入れるつもりはないようだ。
「……。OK!」
俺は苦笑するしかない。
その後、何度か彼女を映画に誘ったが、彼女の土曜日は空くことがなかった。
そして、気が付いた時には、彼女のブログ『月夜の映画館』から『星』のコメントが消えていた。何があったかは分からないけど、二人は完全に別れたようだ。
※ ※ ※
一月程後、月ちゃんは二十五歳の誕生日を迎えた。知っていたけど流石に彼氏でもない男が、誕生日プレゼントを買うのは躊躇われる。
同期の河瀬さんらが誕生日プレゼントを渡しているのを見て気が付いたというスタンスで、俺は営業の途中で彼女の為に髪飾りを買い、プレゼントした。
会社で、ソレをつけて仕事をしているのを、俺は密かに喜びを感じていた。
そして、誕生日の週が明けた月曜日、俺は彼女の腕にえらくゴツイ時計があるのを見付ける。
カシオのBaBy-Gだ。細い彼女の腕にはやや重そうに感じる。彼女が絶対選びそうもないタイプで、しかもデジタルタイプ。
「あれ? その時計」
話を振ると、へへへと笑う。
「カシオのTripper! 電波時計で耐衝動構造、防水のタフソーラーなんだ!」
——タフソーラー——
太陽の光で動く時計……。
その時計が刻む時は、何へ向かう時間なのだろうか?
この時二人が、観ていた映画は『そんな彼なら 捨てちゃえば?』という設定です。
『そんな彼なら 捨てちゃえば?』は、結構最近多いテーマ、男と女の恋愛の考え方の違いを描いた作品です。
【物語の中にある映画館にて】
「そんな彼なら 捨てちゃえば?」
「ベティ・ブルー」
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の解説があります
コチラのデートは『半径三メートルの箱庭生活』において
『一メートルの世界 <3>(から圏外を覗く)』の章で描かれたイベントと同じものです。その前のカップルの会話を知りたい方はコチラをどうぞ。
http://ncode.syosetu.com/n1503o/7/