うるさい女たち
荒川のバーベキュー、月ちゃんが欠席の段階で、もう俺も行かなくて良いのかと思ったら、シッカリ頭数にいれられていたようだ。
松ちゃんの彼氏の大学時代のサークル仲間が中心で行われたバーベキューは旨かったが、いろんな意味で寒い。荻上さんと製版部の中島さん、松ちゃんとその彼氏のように、そこにいる女性全員が恋人もしくは旦那と一緒。あぶれているのは男だけ、というなんとも微妙な状況がますます俺の心まで風を吹かせ俺を冷やす。
しかもそのあぶれている野郎どもは、『一人フリーの女の子が来てくれるとか言ってなかった?』とかトンデモナイことを言っている。
「来てもあんたらには渡さないよ。私が認めた男しか交際は許さないから」
荻上さんが、何故か俺の方までみてそんな事言ってくる。何ですか? その父親的な宣言は。
お酒を渡しながら、荻上さんに冗談っぽく聞いてみる。
「じゃあ、この俺が月ちゃんの恋人として立候補したら、荻上さん反対するんですか?」
荻上さんはチョット悩んだようだが、意地悪な笑みを浮かべる。
「当たり前じゃん、アンタみたいな女癖の悪い男に、可愛い娘をやれるわけないでしょう!」
この時は、『ひどいですよ、それは!』と戯けた感じで嘆いてみせたが、実はコレが社内における俺の一般的な評価だというのが、その後の生活でよく分かった。
※ ※ ※
俺は今度こそ心改めて、脇目もふらず月ちゃんと向き合おうと心に誓い、行動はしていた。それなりに社内で評判の良い月ちゃんが、社内恋愛をしないまでも、男性社員が積極的に近づいてこなかったのかが良く分かった。
彼女の周りにはウザイ存在が多すぎる。
月ちゃんの誰に対しても裏表のない態度と明るい笑顔が、社内のオヤジにとてもモテる。正確に言うと可愛がられている。そりゃそうだろう、家でも会社でも煙たがれているようなオヤジが、こんな若い女の子に親愛に満ちた笑顔を向けられたら、愛しさも増すというものである。
そいつらが先日、荻上さんと似たような事を公言し、俺と彼女が話している最中でも『こんな、スケコマシなんかにひっかるなよ!』という感じの事を月ちゃんに忠告してきたりする。
その言葉に月ちゃんはいつも、クスクス笑いながら『大丈夫ですよ!』といった感じの言葉を答える。その『大丈夫』って、俺はそんな人間じゃないから『大丈夫』と言っているのか、俺なんかと付き合う気は全くないから『大丈夫』と言っているのか、そこは突き詰めて聞いてみたい所だ。
そういった、自称父親軍団に内心ゲンナリしながら、エレベーター待ちしていたら、荻上さんも本社へ用事があるようで隣に立つ。そして俺を見て、ニヤリと笑う。この人は、睨んできても、笑いかけてきても俺にとって良い事があった試しがない。
「そういえばね月ちゃん」
唐突に話しかけてくる言葉に、俺は思わず彼女を注視する。
「今週末、なんかデートするみたいよ!」
「え! 誰と?」
俺は、虐められるだけなので、あまり会話をしたくなかったけど、コレは聞き流すわけにもいかなかった。
荻上さんは肩をすくめ、開いたエレベーターにさっさと乗り込み、俺が乗ってないのに閉めようとしてくる。慌てて俺は閉まるドアを止め中に乗り込む。別に本気で閉め出すつもりはなく、俺の反応を見て楽しんでいるだけのようだ。
「さあ、なんか幼なじみとか言ってたかな? 同窓会で意気投合して、とかいう感じじゃないの?」
「ふーん、彼女もとうとうそういう行動するようになったんだ」
『どうだ! 傷ついただろ!』と言わんばかりの荻上さんの爛々とした目に、俺はあえて耐え平静を装う。彼女は猫のような目を細め、そんな俺の姿を見つめてくる。コチラの穏やかではない心の内はシッカリ見透かされているようだ。彼女は満足げに、俺を置いて颯爽と本社へと歩いていった。
俺は悶々とした週末を迎える。ブログを確認すると『デートした』とされる土曜日に映画の感想記事がUPされたが、その文章からは映画以外の事についてはまったく語られていない。知りたい部分は何も俺には教えてくれなかった。
開け月曜日、珈琲を飲みに、給湯室に立つ彼女の後をさりげなく追い、ご馳走になりにいく。
「週末何か映画観た?」
さりげなく会話を振ったら、月ちゃんはむくれ顔で、映画のタイトルを答える。ブログで彼女はそれなりに良い評価していた映画だ。
「あれ? 面白くなかったの?」
「映画は、面白かったよ!」
映画『は』ということは、デートは散々だったようだ。俺はその結果に満足し、ほくそ笑む。
「その映画、俺も観たかったのに、残念! 俺誘ってくれればよかったのに」
「そうだったね〜確かにその方が楽しめたかも」と素直に頷く月ちゃんに俺は、なんか知らないヤツだけど其奴には勝った! と確信した。
「そうそう、また、映画に行かない?」
『そうね〜』と俺をみて答えている彼女の視線が、俺の後ろに移動しニッコリとする。河瀬さんが微笑みながら給湯室に入ってくる。そして俺の方をチラリとみる。
「でも、黒沢くん映画は、彼女と行ったほうがいいと思うよ」
会話を聞いていたのか、河瀬さんは思いもがけない言葉を突然放ってくる。
「え? 何言っているの?」
俺は思わず聞き返す。月ちゃんはキョトンと上品に笑う河瀬さんを見る。
「友ちゃん『は』陰険じゃないから、何も言わないとは思うけど、彼氏が他の子と映画観に行くって、内心快い気分ではないと思うよ」
「チョット、まって、俺……」
慌てて訂正しようとしたが、月ちゃんは納得した表情で頷いている。『そうだったんだ〜気付かなかった〜でも、なるほど』とかつぶやいている。
「隠さなくてもいいわよ! 社内でも評判よ! 最近仲良く仕事上がり飲みにいっているし、週末も一緒に遊んでいるから」
河瀬さんは、いつになく俺に明るく親しみのある笑みを向けてくる。でも何でだろう、彼女の笑みからはまったく親愛の情を感じない。寧ろ敵意を感じる。
確かに、松ちゃんとは最近頻繁に呑みに行っているし、彼女に誘われバーベキューとかにも行っていたけど、何処でそれが付き合っているとなっているというのだ?
第一、彼女には恋人がいる。
「なんだ、そうなら言ってよ! 二人で応援するから」
月ちゃんは河瀬さんとニッコリ微笑みあってから、コチラを見る。比べてみるとよく分かる。本気で祝福し応援し笑っている月ちゃんと、俺に悪意をもって笑いかける河瀬さん。
何故ここまで嫌われたのだろうか? 蜷川の件で不快な思いをさせたのは分かるが、まだそれを根に持っているというのか……。河瀬さんは、社内での男性からは滅茶苦茶が人気ある。見た目は楚々とした日本美人。ウチの会社には珍しいお嬢様タイプだけにチョットしたマドンナ状態である。基本的に穏やかで浮いているわけではないが、人とはチョット一線を引いて付き合う所がある。そういった所がミステリアスで他の男性には、さらに堪らない魅力なのだろう。その河瀬さんが唯一社内で心を許しているのが月ちゃんで、一緒に有給休暇をとって海外旅行したりしている。逆にいえば月ちゃんに近い人間の一人が、俺をここまで敵視している理由は何なのだろうか?
フロアの方から、月ちゃんを呼ぶ声がして、彼女は『じゃあね』と言いながら、戻っていった。
微妙な空気の二人が取り残される。
「あのさ、変な噂流さないでくれない? 俺、松ちゃんとは付き合ってないし」
俺はつい、咎める口調になってしまう。
「ふーん、まあどうでも良いけどね。私関係ないから。……知ってる? 百合ちゃんって潔癖だから妻帯者とか恋人の居る人、一気に恋愛対象から外れるの」
俺はニコやかに、トンデモない言葉を言ってくる河瀬さんにゾッとする。知らない内に最悪な敵を作っていたようだ。河瀬さんの俺に対する感情はいったい何なのだろう? もしかして月ちゃんに対する感情が友情ではなく愛情で、俺が恋のライバルって事なのだろうか? といった馬鹿らしい事まで考えてしまう。
松ちゃんと俺が付き合っているという噂は、河瀬さんが流したわけではなく、元々社内ではささやかれていたらしい。俺が必死で打ち消そうとする甲斐なく社内での認識はそういう事になっていた。
しかも、今の状況で唯一の仲間であるはずの松ちゃんは、彼氏と二週間の海外旅行に出た直後だった。
「あの、荻上さん、貴方なら知っているでしょう、松ちゃんに彼氏いるの。だから月ちゃんにソレとなしに誤解だって話してくださいよ」
味方という訳でもないが、多分敵ではない荻上さんに助けを求める。松ちゃんのバーベキューメンバーでもある荻上さんは、松ちゃんの彼氏にも会っている。それに月ちゃんが慕う彼女の言葉なら誤解も解けやすいだろうと考えたからだ。
「人のプライベートに関わる話を、ペラペラ話すのって私は嫌いだから」
軽く一蹴される。
「あの……」
「そういう事って、自分で何とかするべきでしょ!」
荻上さんにしては珍しく、ニッコリと愛情を感じる優しい笑みを浮かべる。言っている言葉はちっとも優しくはなかった。
松ちゃんとの噂は彼女が旅行戻って来ることで解消はされる。彼氏の存在をアッケラカンと公表したことで、彼女は俺と付き合っている事を否定した。
しかし何故か、俺と松ちゃんが付き合っていたという部分は消えなかった。社内の認識では、松ちゃんに見切りつけられ振られた事になっているようだ。俺が必死で否定していた事が、そのような印象をみんなに与えたらしい。
唯一の救いは、可哀想にこっぴどく振られたという事になっている俺に対して、月ちゃんは冷たい視線ではなく、労るような同情の目で見ていることだけかもしれない。
【物語の中にある映画館】にて
この時月ちゃんが、デートで観たという設定の映画
「シングルマン」
http://ncode.syosetu.com/n5267p
の解説があります。