月の輝く夜に
気分をスッキリさせるためと、蜷川とつまみを買いに外に出る。近所といってもちょっと歩いた先にあるコンビニへと足を伸ばす。
肌寒いが、歩いているとその冷たい空気がかえって気持ちよかった。また繋いだ小さい手が温かく、心をなんか落ち着かせる。
旅館の明かりが見えてくる。玄関の前で、何やら作業していた人物がコチラに気付き、頭を下げる。悲しいことにもう小柄で細身のシルエットでもわかってしまう、星野秀明だ。
つい、俺は繋いでいた、手を放してしまう。
「おかえりなさい」
見ていて腹立たしくなるほど、なんとも和む笑顔をコチラにむけてくる。
「ただいま〜」
蜷川はその笑顔を、俺とは違って素直に受け取り笑顔を返す。
「東京と違って、ココは何もない所でしょ? 夜も遊ぶ所はあまりなくて」
申し訳なさそうにな星野秀明の言葉に、蜷川は首を大きく横にふる。
「いえいえ、空気が綺麗だし気持ちよいです。それに星がビックリするくらい綺麗にみえて感動してました」
目をキラキラさせて語る蜷川に穏やかな笑みを返す星野秀明。
「確かにそれだけは、自慢ですね! あ、でも今日は満月だから、星はチョット見づらいかも」
空で煌々と輝く月を見上げて星野秀明は目を細める。見上げると、まん丸なお月様が大きく輝いている。
「綺麗ですよね〜月も東京より綺麗に感じる!」
「ホントだ、月の兎模様までクッキリ見える」
月の表面に浮かぶ模様が俺の頭の中で、あの『月夜の映画館』の兎の姿に変わる。あの兎がコチラを見て、俺と星野秀明が並んで立っているのをみて首を傾げる。
馬鹿な妄想をしながら、他愛ない会話続ける俺と蜷川。
クスクスと穏やかな星野秀明の声が聞こえる。コチラを馬鹿にしているというのではなく、純粋にこの時間を楽しんでの事のようだ。
横目で星野秀明の様子を伺うと、俺達と一緒に静かに月をまだ見上げていた。その顔は笑みを浮かべていたけど、俺には酷く寂しげに見えた。その悲しげな笑みが、月ちゃんの顔に重なる。
「玉兎ですね、健気で一生懸命な兎さんの」
つぶやくような星野秀明の言葉に、俺も頷いてしまう。
蜷川だけは、意味が分からなかったようで首を傾げる。
「月の兎の、伝説知らない?」
その言葉に頷く彼女に俺は説明する。
昔食料もなくいきだおれている老人を猿、狐、兎の三匹が発見する、その三匹は力を合わせて老人を助けようと森を駆け巡る。猿は得意な木登りで木の実をとってきて、狐は川から魚を捕まえてきたけど、兎だけは頑張ったけど何の食料も用意する事ができなかった。それでも何とか老人を助けたいと思った兎は、猿と狐に頼んで自らを火にくべ肉となり老人へと差し出した。その兎が天に昇り月の兎となったという物語。
蜷川は、悲しそうな困ったような複雑な顔をする。
「そんな、兎があまりにも可哀想な話では?」
そこまで見知らぬ老人にする必要があるのか? とも思えるこの物語、慈悲行の美談とされているが、確かに納得しにくいものはある。
星野秀明は何故かクスクスと楽しそうに俺達の会話を聞いている。
「いえ、私の友人と昔、この物語について面白い話をしたのを思い出して」
星野秀明に言葉に蜷川は『え?どんな話ですが?』と興味深げに訊ねる。
「自分がその兎だったら、薪集めて、たき火つくってその老人の為に暖をつくって仲間を待つ。そして側について『大丈夫ですか〜もうすぐご飯きますから〜』と励まし続けるって。猿がとってきた木の実を老人が食べている間に、狐がとってきた魚をたき火で美味しく調理してあげる……らしい。『行き倒れしてたような老人に行き成り兎肉はハード過ぎてかえって身体に悪いよ!』とも言ってたかな」
それ言ったのは、月ちゃんだと俺は直感する。彼女がいかにも言いそうな事だ。
「そして、月にいったのも、地球で老人のように空腹で生き倒れている人を上空から見付ける為で、月からそんな人を見付けたら地上の猿と狐に連絡し、現地に向かわせて、自分はそんな時の為についたお餅を地上に投下すると……」
俺は思わず吹き出す。
「兎の国際救助隊 『サンダーバード』ですか!」
俺は海外人形ドラマのサンダーバードさながら、月基地から地球を見守る兎の姿を想像する。
いや、サンダーラビットか、サンダーでもないか、ムーンラビット?
「でも、その方が素敵な物語ですよね。お餅ついている理由も納得ですし」
蜷川もクスクス笑っている。
星野秀明は、俺達が笑っているのをニコニコしながら見つめている。
コイツと月見里百合子が楽しそうに『玉兎』の話をしている様子を想像できた。なんか二人は同じ空気をもっている。まるで最初からセットだったみたいにお似合いなのだ。
「本当に、最高ですねよ彼女は」
つい、俺は星野秀明に向かって語りかけていた。
「え?」
目を丸くしてビックリしたよう俺を見る星野秀明。
「あ……あの……てっきり、兎の話したの貴方の彼女なんだと」
俺も、あまりにも不自然な言葉だったことに気がつき、動揺しながら、苦しい弁明をする。
「え、まあ……」
星野秀明は気まずそうに言葉を濁す。
「でも、まあ、昔の話ですけど」
そう話を続け寂しそうに笑う星野秀明の顔を、俺は見ないふりをした。
何しているんだろ、本当に。俺は視線を再び月に戻す。
月は、こんななんとも奇妙な三人をただ静かに照らしていた。
結局旅行中、俺は星野秀明と友情を深めるわけでもなく、ただの旅館の若旦那と客という関係内での会話だけをし、笑顔で旅館を後にした。
終わってみたら、悪くない時間を過ごせ、素敵な旅館だった。でも俺がココを再び訪れることはあるのだろうか? その時は、月見里百合子に対しての気持ちを解決出来た時だろう。それは月見里百合子に対して気持ちを整理し何ともなくなった時? それとも彼女と向き合い恋愛出来た時?
電車の中で、俺の肩に頭を乗せて眠る蜷川美香の寝息を聞きながら、そんな取り留めもない事を考えていた。