星に想いを
毎年毎年、異常気象だと言われてくると、どういうのが普通の気候だったのかだんだん思い出せなくなってくる。
異様に雨の多い梅雨を終えて、熱中症による死者もたくさん出した猛暑の夏も終わり、ようやく人がマトモに過ごせる秋となった。
俺と蜷川がどうなったかというと、表面上はこれ以上なく穏やかで良い関係だ。俺は、今までの彼女に対して言ったことない『愛している』という言葉を彼女に何度も告げ、彼女はそれを嬉しそうに聞く。
何で、日本人はこの言葉をあまり口にしないのか、なんか判った。美しく素敵な言葉な筈なのに、日常生活の中で使うとこれほど、薄っぺらに聞こえる言葉はない。言えば言うほど、嘘っぽく聞こえてくる。愛しているフリをする俺と、そんな俺に辛そうな目をしながらなのに笑顔で応える彼女。馬鹿な関係だとは思うけど、最低な男になりたくないという俺のくだらないプライドがこの奇妙な関係を継続させている。
台所で、食器を洗っている蜷川の気配を感じつつ、俺はパソコンに向かっている。
月ちゃんは、蜷川に気を遣って俺と距離を置くようになった。俺も蜷川を傷つけないために、仕事の上での会話だけをするようになり、あんなに近かったと思って居た存在が遠くになっていた。
月ちゃんは西河と最近は映画を観に行っているようで、二人で楽しそうに映画の話をしている。俺は参加することも出来ず俺はただその会話を聞いている。西河は月ちゃんに思慕の念を抱いているようだ。彼女の観た映画、読んだ本を片っ端から追いかけ、ブログにも『ミワ』の名で頻繁に登場するようになっている。しゃべり方、笑い方まで無意識に真似しだしているようにも感じる。西河にとって、社会人の最高の見本が俺ではなく月ちゃんだったということだろう。だから彼女は同じ課である俺よりも月ちゃんに付き従う。
ブログといったら、『星』の名のコメントもまだまだ健在。
最低だと思っていた『星』の野郎だけど、好きな相手に変わらず好きだと真っ直ぐ示してくるコイツと、楽な方、楽な方へと逃げて、自分にも恋人にも誰に対して誤魔化して生きている俺とどちらが最低? 間違いなく俺の方だろう。
月ちゃんが惚れた、この『星』ってヤツはどんな男なのだろうか? 俺よりも格好いい? 包容力があるのか? どんな顔なのだろう? と思いながらブログを見ていると、思わぬところにその答があった事に気がつく。
『月夜の映画館』のリンク欄、友達のブログや映画ブログに混じって、明かに不自然なリンク先がある。岩手県花巻にあるらしい旅館『東雲荘』。俺はついクリックしたその先に『星』のヤツと対面する。
その旅館は星野という家族が経営しているらしく、そのホームページは若旦那『星野秀明』が管理しているようだ。サイトの所々に散りばめられたイラストは、明かに月見里百合子が描いたものだと分かった。館内を笑顔で案内する若旦那のイラストの惚けた味わいからして間違いない。
トップページで従業員と一緒に旅館の前で笑っている『星野秀明』の顔を俺は、複雑な気持ちで見つめていた。顔からいうと大きくなった、のび太くん? という感じの眼鏡をかけたヒョロっとした細身の男性。他の女性従業員と並んでいる様子からみても、背はそこまで高くないようだ。
「何みているの?」
後ろから蜷川の声に俺は、ギクリと身体を強張らす。彼女は俺が『月夜の映画館』のブログを見ていると酷く傷ついた顔になるからだ。
でも彼女は、ディスプレイを見て顔を輝かせる。
「岩手の旅館? なんか素敵な感じの旅館!」
「……あ、そうだね……」
俺は、想定外の言葉に動揺する。彼女は僕がサプライズで旅行の企画を立てていたと誤解したようだ。彼女のあまりにも嬉しそうな期待に満ちた顔を見ていると否定の言葉も言えず、俺はただ彼女の様子を眺めることしかできない。
「旅行か〜素敵! ここで一泊して岩手を散策するのね!」
え……ココに?
「…………でも、岩手でいいの? 他に行きたいところとかない?」
「岩手ってロマンチックよね!」
いつになくキラキラと目を輝かせて喜ぶ彼女に、余計なことは言えなかった。
そして俺達は、星と幻想の郷、岩手県を旅することになる。
宿泊先は——『東雲荘』、月ちゃんの元彼が経営する旅館。
俺は何しているのだろう? いったい……。