女ともだち
入社当時はよく同期で飲みに行っていたものの、一年もたつと付き合いも広がり、同期だけで飲みにいくなんてことは、殆どなくなっていた。
俺が井口と別れたことも、理由として大きいが……。
俺と松ちゃんは社内で会っているから久しぶりという訳ではないが、他愛ない最近のそれぞれの状況などを話しながらのんびりと楽しんだ。
直接仕事でも関係ないものの、互いの状況はほどほどに見えている、上下の関係もない、その程よい距離感が気楽で気持ちの良いお酒の席にしていた。
「それにしても松ちゃんも、強くなったよな。もうスッカリ、バリバリなキャリアウーマンだよな!」
松ちゃんは『でしょ?』といっておどけてみせる。そしてチョット考えるような顔した後、覚悟決めたかのように顔を引き締めて俺の顔をジッとみる。
「あのさ、今日飲みに誘ったのはさ、同期としてチョット言っておいたほうがよいと思ったからなの」
松ちゃんの言葉から、やはり俺の周りで何か問題が起こっていることを理解する。俺は姿勢を正す。
「人の恋愛をどうこういう趣味はないし、陰口みたいなことも嫌いだから、最近私が見たことだけを話すね」
無言で頷き、先を促す。
「最近の蜷川さんの、言動に、皆もどう対応すべきか困っている状況なの」
「え?」
俺は思わず驚きの声を上げる。蜷川は、どちらかというと大人しめで、そんな問題行動するタイプではない。
「でね、今週の月曜日に、河瀬さんがとうとうキレで、蜷川さんと口論になって大変だったの」
ますます、状況が分からない。穏やかで大人しい蜷川と、あのどんな時も冷静な河瀬さんが喧嘩?
「え! なんで、その二人が?」
大体において、その二人は仕事での繋がりもないし、営業部フロアで仕事している以外の接点はない。
「蜷川さんの月ちゃんへの、感情的な態度があまりにも度を超していたから。私も正直いうと、むかついてたから、彼女が先にキレなかったら私がキレていたと思う」
松ちゃんが眉を顰めていう言葉に、俺は混乱していた。彼女の言葉から出てくる人物同士の関係性がまったくみえないのだ。
「チョットまって、美香が何をしたというんだ? そんな 二人がキレるような事って!」
松ちゃんは、まったく状況が飲み込めてない俺をみて、深いため息をつく。
「ずっと、月ちゃんへの個人攻撃が凄くて。小姑なみに嫌味いったり、現場に有ること無い事月ちゃんの悪い話を流がしたり、チョット酷かった」
松ちゃんはサバサバしていて、陰口とか言うような事はしない人物。だから彼女が言っている事は真実なのだろう。
「あの、なんで 美香が月ちゃんに?」
ジロっと、松ちゃんは俺を見る。
「それを貴方が言う?」
「俺の所為だっていうのか?」
松ちゃんは困ったといった感じで、頭を横にふる。
「チョット聞いていい? 黒くんって、どちらが好きなの? 蜷川さん? 月ちゃん?」
俺は、その問いかけに、言葉がすぐ出てこなかった。蜷川は愛しているのは確か。でも心の底でずっと気に掛かっているのは——。
「蜷川さんは、黒くんの気持ちが、月ちゃんにあるんじゃないかと疑っていると思う。だからこそ月ちゃんを攻撃している」
その言葉に俺は、深い慚愧の念に駆られた。でもそれは誰に対して? 蜷川に? 月ちゃんに? はたまた不快な思いをさせた河瀬さんや松ちゃんらに?
「黒くんの気持ちがどうであれ、その事キチンと蜷川さんに伝えてあげて。でないと、訳も分からず蜷川さんから攻撃うけている月ちゃんが可哀想だよ。不安の中どんどん孤立していく蜷川さんもの為にもね」
俺は、その言葉に何も言葉を返す事も出来ず、頷くことしかできなかった。いかに自分が自己中心だったかを思い知らされた。
蜷川を恋人としてちゃんと愛しているのは本当。月ちゃんへ残している未練とか想いが小さくもなく、一番自分が傷つかず楽しくいれる距離感を作りご満悦でいた自分。それを彼女である蜷川に見透かされていたなんて思いもしてなかった。
「こういうのは、周りの人間がどうこう言うことじゃないから、当事者でチャンと解決してね!」
そして太陽のようにニカッと明るく笑う松ちゃん。叱りも責めもしない、彼女の気持ちが嬉しい反面、俺には堪えるものがあった。
「ありがとう」
俺はただそんな彼女に、一言のお礼しか返せなかった。
この話はコレで終わりとばかりに、当たり障りのない関係ない話を始める松ちゃん。同じ年のはずの彼女がとても大人に思えた。
こんな狡い最低の俺を、彼女は暖かい友情で見守ってくれている。シッカリしなければ、自分に言い聞かせる。