おいしいコーヒーの真実
蜷川は、フワフワっとした女の子らしい見た目そのままの、料理も上手く細かい気遣いの出来る子だった。かといって自分が無いわけではなく、芯はシッカリしていて仕事と真摯に向き合う凛々しい姿勢もまた、俺のツボに填る。
また、俺を尊敬の目で見ながら頼り、通勤とか、営業から本社へ移動の時など俺を追いかけてきてチョットした時間も俺と一緒にいたがる、そういう行動もまた可愛かった。
「明彦さん、今週末、何処いきますか?」
俺は、可愛く俺を見あげてくる彼女の様子に愛しさを感じ微笑む。
「そういえば、観たい映画があるんだ」
彼女の笑みがチョット強張る。俺は、今まで彼女と別れた理由の殆どが、映画ばかり観たがるという事が理由なのを思い出し、不味かったかな? と一瞬思う。
「あ、他のほうがいい?」
恐る恐る様子を伺うと。蜷川はブルブル頭を横に振って、フワリとした笑顔を浮かべる。
「ううん! 観たい! 明彦さんが薦める映画っていつも面白いし」
俺は、その答えにホッとしつつも、再来週は他のデートらしいコースを選んだ方がよいなと密かに考える。彼女の望む所に行って思いっきり付き合ってあげようと心に誓う。
※ ※ ※
喉が渇いたので、給湯室にいくと月ちゃんがミニドリップ珈琲を煎れていた。何事にも拘りを見せる彼女は、職場で飲む珈琲もインスタントではなくこうやってミニドリップを使って本格的な味を楽しんでいる。真剣な顔でお湯を落としている月ちゃんの様子をついニヤニヤして見てしまう。
そんな俺の気配に気付き、彼女は『どうかした?』といった顔でコチラを向く。
「旨そう! 俺も飲みたいな〜」
つい甘え口調で、自分にも煎れてほしいとお願いしてしまう。いつもなら月ちゃんは仕方が無いな〜といった様子で棚から俺のカップを取り出して俺の分の珈琲を煎れてくれる。
しかし、今日の彼女はチョット困った顔をする。でもすぐいつもの笑みに戻って、彼女は冷蔵庫からドリップ包みを取り出し、それを俺に『ハイっ』と渡す。
『あれっ?』と思いながら、軽くショックをうける俺。
「明彦さん、珈琲ですか?」
後ろから蜷川の声がする。 月ちゃんは『お先に!』と俺と蜷川に声をかけてサッサと出て行ってしまった。
蜷川は俺の手からドリップ珈琲の包みを取り、俺のマグカップを棚から出し代わりに珈琲を煎れてくれた。
「いいですね、こういうのって、私今度二人の為に珈琲買ってきますから、それ飲んでいきましょう」
蜷川美香はニッコリ笑って、俺にマグカップを渡した。
なんでだろう、蜷川の笑みがチョット怖い。
それ以降、俺の珈琲は自分で煎れるか、蜷川が煎れてくれるものしか飲めなくなった。
月ちゃんは俺が甘えても珈琲を煎れてくれることはない、なんかよそよそしい。もしかして今度はチョット嫉妬とかしてくれているのだろうか? そんな考えが頭に浮かび不覚にもニヤリとしてしまった。それが大きな勘違いと気付くまで、一週間ほど不謹慎な喜びを噛みしめていた。