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エレベーターを降りて左

 今年の新人も配属辞令が下り、営業には二人の女の子は入ってくることになる。

 キョロっとした目が印象的な丸顔でポッチャリとした感じの西河実和と、顔立ちもハッキリした柔らかい癖毛がなんとも女の子らしい蜷川にながわ美香。

 残念な事に、ウチの課にきたのは可愛い蜷川ではなく、トロそうな西河。


 一年で成長したとはいえ、自分はこの会社で最高の営業マンだと思うほど自惚れていないし、自分も一年前はかなり酷かった事も認識しているものの、西河は俺がイライラするほど仕事が出来なかった。出来ないというか自信がないのか、やることなすこと全てを怯えながらやっているという感じ。

 いつも縋るような顔で指示をまち、頼んだ作業をやってもらってもすぐ手を止め、不安げにコチラを窺う。そんな怯えた顔をいつもされていると、俺が虐めているみたいだ。


 西河は社内報の取材で接した事もあるのか、月ちゃんを慕っている。時々泣きながら仕事の相談しているようなのが気配で分かる。そういう所もさらに苛つかせる。俺達世代は、色々問題はあったものの、会社の人にバレるような所で泣くことなんて一切せずに頑張っていたものである。

 つい、俺も月ちゃんに愚痴を漏らしてしまう。 

「実和ちゃんはさ、ただ自信がないだけと思うの。だから黒くんが、良い所を見付けて褒めてあげることで、自信を持てるようにしていけばいいのかと思う。なんかね心理学の本にあったけど、女性は叱られるとメンタル面も否定された気になり落ち込むんだって。だから最初に褒めを挟むと通じやすいらしいよ」

 そういう月ちゃんのアドバイスをうけて、俺は忍耐強く西河の良い所を探し褒めて伸ばす手に切り替えることにする。

 『仕事が丁寧で正確だよね、ただもう少し全体の動きを見るともっといいと思う』

 といった感じで接し方を変えると、彼女のビクビクした態度もだんだんなくなり、俺にも懐いてきた。仕事も遅いけれど、こなせるようになってきた。

 月ちゃんから学んだ、この対話術は後輩育成のみではなく、様々な所で活用できるものだと気付かされる。相手への非難だけを行うよりも、相手の良さを認めた上で意見するというスタンスで話題をしていくことで様々な事が面白いように円滑に進む。

 俺は『出来る男』風な自分に酔い、ますます調子にのる。八方美人? な性格にますます磨きがかかることになった。


 客先から戻ってきた俺は、エレベーターを降り営業の部屋に戻ろうとしたとき、左の非常階段の所で蜷川が佇んでいるのが見えた。彼女は泣いていた。

 俺は、缶ジュースを二つ買って、皆から見えない屋上に連れていき彼女の話を聞いてあげることにする。去年の俺達同様に悩みを抱えた蜷川。俺の時とは違って、今年の新人は同期同士でそこまで仲はよくないようで、それぞれが一人で悩みを抱え苦しんでいるようだ。

「君は凄いよ、頑張っているよ! 俺なんて最初酷かったから」

 先輩として、社会人になった時の苦悩や悩みは分かるだけに、俺は彼女の相談に度々のってあげることにした。真っ直ぐで真面目で一生懸命で本当に良い子である。

「黒沢さんのアドバイス通りにやったら、作業がシンプルに進めるようになりました」

 俺の言葉を一心に聞き、それをシッカリ生かして仕事をしていく彼女に、色々教えるのも楽しかった。

 ジックリと作業をする同じ課の西河よりも、いろんな意味で勘もよく社会人としての生活に慣れるまでも早かった。そして会話は、仕事の事からプライベートの事をよく語り合うようになる。

 二人の仲が深まるのも時間はそう掛からなかった。そして俺は蜷川から告白され、それを快諾する。そして交際がスタートした。


 ※   ※   ※ 


 東和薬品それが俺の担当の企業。一年頑張った事で、それなりに営業としても信頼され、俺は新しい定期刊行物の仕事を受けることに成功する。

 問題としては、その仕事はかなりタイトでシビアなスケジュールで進行すること。元彼女である井口という途轍もないハズレの仕事をしてくる現場に任すというのは不安がでかい。しかも現場と密な打ち合わせをする必要もあり、西河が使えるようになってきたとはいえ、俺の負担もかなり増えることになる。

 そこで上司に相談した所、作業全般を営業製作課で担当してもらうという事になった。あそこなら場合によっては、直接お客様へと働きかけ営業として動いてもらえるし、近い所で作業を確認することができる。そしてその作業担当は月ちゃんがすることになり、俺はこの仕事が上手く行くことを確信し胸をなで下ろす。


 月ちゃんは、まず仕事が早くて正確。何か問題が起こって俺とも連絡つかない時でも、客先に直接あの明るく感じの良い対応で問い合わせをして、作業を進めてくれる。そして、その旨をキッチリメモなどで俺に伝えてくれる。仕事を一緒にするにも、最高の相棒だった。

「お待たせ!原稿もってきたよ」

 俺は自分の席にいくよりも先に、月ちゃんの席へと直行する。

「いえ、全く待ってませんでした。また東和さんの仕事来ちゃったのね〜」

 と言いつつ、笑顔で俺を迎えてくれる。

「まあまあ、宜しく!」

 俺は打ち合わせをする為に、彼女の席の横にあった丸椅子を引き寄せ隣に座る。

 彼女は、ヤレヤレとおどけたように肩をすくめ、今している作業の版下を、横にズラし俺がもってきた資料を受け取り、そこに置く。

 一番上にいれてあった、スケジュール表をみてから、壁に掛けられているカレンダーに目を向けて確認する。俺に向き直るが、その一瞬前に彼女の顔が何故か強張る。

「ん? どうかした」

 月ちゃんは珍しく苦笑といった感じの笑みを浮かべ『なんでもない』と言う。俺は彼女の『何でもない』『大丈夫』はそうでない事が多いのを知っていたはずなのに、その時は言葉通りに受け取ってしまった。

「で、東和さんはなんて?」

 俺たちは、打ち合わせを再開する。

 月ちゃんのこの時のオカシナ行動の意味を知るのは、もう少し先。俺としては、彼女もいて私生活は充実、仕事面で最良の相棒である月ちゃんと一緒で順調、俺は幸せを満喫していた。


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