ファインダーの中の欲望
春になった! 例年よりも早めに咲き始めた桜は、四月一周目にてもう満開で、狂ったように咲き、そして散っている。
春爛漫と咲き乱れ、桜吹雪が散る中、俺は、同じ課の先輩と元彼女である井口がイチャイチャと通勤していく光景を、苦笑しながら眺めていた。
流石に嫉妬に狂うとかそういったものを過ぎ去った関係になっていたので、動揺することもなかったけれど、社内恋愛ってこういう所辛いなと思う。
しかし、先輩の年齢は確か三十二、一周り以上違うのに、よくまあそこまでキャピキャピとしているなと感心すらしてしまう。それが包容力ある大人の行動なのだろうか?
そして、『月夜の映画館』のブログには相変わらず『星』のヤツがウロチョロしている。彼女の瞳に恋の色が灯らない。俺に対してだけでなく、他の人に対しても。俺はその事に落胆しつつも、ホッとしている。
俺はフリーになったことで、また堂々と月ちゃんを映画に誘い、彼女との時間を楽しんでいる。
月見里百合子に一番近い位置にいる男性は自分だと言い聞かせながら。
総務に交通費の請求書類を持っていくと、総務の深川主任と月ちゃんが楽しそうに書類を見ながら談笑している。
「どう、月ちゃんの為に、今年は良いの、取り揃えたんだよ〜」
「なかなかカワユイ子ばかりですね〜」
「四大の子なら、歳一緒だし、コイツなんて結構いいんじゃない」
「ですね〜この子はスポーツマンですか〜」
どうやら、二人は今年の新人の履歴書を見ながら会話しているようだ。
「何々、可愛い子います?」
俺も気になり、その会話に強引に割りこむことにする。可愛い子いるのかな? と思ったのと、映画が趣味とかいう野郎がいないかの不安もあったから。
「ダメダメ、個人情報だからコレ!」
しかし、深川主任はシッシと俺を追い払うようにする。
「なんで月ちゃんはいいのに、俺はダメなの?」
すると月ちゃんは、ヘヘンと威張るような顔をする。
「私は社内報、編集員になったからね〜記事の資料なの!」
結局彼女は望んでいたデザイン課への移動はなかった。そのかわり営業への移動の話もあったのだが、『無理です! 私人見知り激しいし、度胸ないので! とても勤まりません!』と言う言葉で、皆を絶句させ、結局は営業制作課に残った。
そしてデザイン課の荻上信子にスカウトされ、社内報編集要員となったらしい。ただでさえ、忙しいのに何でそんな面倒な事までするのか? と俺は思うが彼女は嬉しそうだ。
印刷会社だけに、この社内報は客先にも会社の名刺代わりに使われているもので、その役割が大きいわりに、専門の課があるわけではなく、雄志によって編集されている状況。正直いって、あまり面白みはなく、やりがいがあるとは思えない。
「そうなんだ……」
「春号はニューカマー特集なの! あっ二年目の人にも今度原稿お願いと取材にいくから、宜しく!」
月ちゃんはニコっと笑う。
「オッケー」
顔立ち自体は、そんなに華やかな要素ないのに何故か、彼女が笑うと場はなんとも明るくなり和む。
この笑顔に断れる人はいないだろう。なるほど社内報編集の仕事は彼女に向いているのかもしれない。
それから、社内で月ちゃんが小さい身体で、バカでかいデジタル一眼をもって歩く姿を度々見掛けるようになる。会社の備品だと思ったら、それはなんと彼女の私物だと聞いてビックリした。
『ニコンはシャッター音がいいのよね〜』とウットリ語る彼女を見て、別の方面でもマニアな事を知る。
「ん〜 チョット左側の方を見て、もうバリバリ仕事できますって顔して! はい!」
俺はパソコンに向かって仕事している風を装いつつ、カメラ目線で笑ってみせる。
「コレでいい?」
そう言いながら、俺に今撮影した写真を見せてくれる。笑顔も自然で、自分で言うのも何だが人間臭い魅力も滲んでいて、なかなか良い感じ!
「なかなか凛々しくとれているじゃないか! モデルが良いからかな〜」
「いやいや、写真の腕がいいかならね〜」
チッチという感じで、否定される。
「黒くんの写真も撮ったんだ! 見せて」
同期の松ちゃんも近づいてきて、デジイチの液晶を覗く。
「ほう、まあまあかな〜男前二割増しで、トレンディードラマの主人公の友人レベルにはなっているね」
「そういうなら、お前のも見せろよ!」
というと、松ちゃんはニヤリと不敵に笑う。
「見て、その美しさに驚くなよ!」
「え! これ別人じゃん! 何このライティングにも凝った写真は!」
液晶からは、彼女の席ではなく、窓際の席を借りて撮影されたその写真は 良い感じの陽光の中で爽やかに笑う松ちゃんの姿がある。
さらに、デーダーをめくると、河瀬さんがまた、やや陰のある雰囲気ある良い感じに写っている写真が出てきて、さらにめくると井口は弾けんばかりの若々しい笑顔の写真が出てくる。どの写真もその人物の魅力を絶妙に切り出している。写真の才能もかなりのようだ
「おおお、いいじゃん コレ社内で売れるよ!」
寄ってきた、他の営業ものぞき込んでその写真を褒める。
「売りません!」
松ちゃんが怒る!
「そういえばさ、月ちゃんの写真は?」
月ちゃんは困ったような顔になる。
「まだだけど……」
「じゃ、世界が認めた巨匠黒沢が撮ってあげるよ!」
月ちゃんはブッと吹きながら、カメラを俺に手渡す。
しかしカメラを向けると彼女の笑顔が強ばる、撮るのは得意でも、あまり撮られるのは好きではないようだ。一生懸命話しかけながら撮影したものの、撮れた写真はどれもイマイチだった。いつもの笑顔さえ浮かべてくれたらもっと可愛く撮れるのに凄く残念。
社内報の二年目の人間を特集した記事に、俺が撮影した月ちゃんの写真が載ったが、そこでは一人だけぎこちない笑顔を浮かべる彼女の写真がありなんとも悲しかった。本当は彼女の最高の笑顔を捕まえたかった。でも結果は彼女の魅力が全然表現されていない強張った顔の写真ができあがっただけ。俺はそのページを見て、少し落ち込む。