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じゃじゃ馬ならし

 営業に帰ると、あの酷かった版下がビックリするくらい綺麗に直っていっている。

「これで、お前の版下を修正した俺らの苦労わかっただろ!」

「はいはい、すいませんでした、その節は。海より深く感謝していますから!」

「どこの海だ! それ! 瀬戸内海とか言わないだろうな〜」

 仕事している月ちゃんをからかうように三池主任は声かけて、それに楽しそうに答える彼女。

 あれほど大変だと思っていたこの職場にも、すっかり彼女は溶け込み、クセのあるオヤジらとも楽しそうにやっているようだ。

「ご面倒おかけしました、はい珈琲どうぞ」

 営業製作課の皆に、お辞儀しながら缶コーヒーを配る。

 月ちゃんの机にも、珈琲をチョコ置く。彼女はパっと顔を輝かせる。

「あ! コレ、新商品の。しかもこのコーヒーも! ありがと!」

 彼女が好きな味は、良くわかっている。彼女の心底嬉しそうな顔に、俺まで嬉しくなる。やはりこの子の笑顔っていいなとつくづく思う。

「いや、これくらいしか俺できないから」

「このチョコ おろそかには喰わぬぞ!」

 神妙な顔で、チョコを掲げもって、映画『七人の侍』の台詞をもじった言葉をいう月ちゃんに、俺は思わず吹き出す。

「しゃべっている暇あれば、手動かせ」

 井筒次長から、怒号が飛ぶ。

「はーい!」「はい!」


 彼女に任せ、自分の仕事に戻ることにする。

 こまごまとした作業を済ませ、本日の作業報告書を作成していると、目の端で月ちゃんが席から立ち上がるのが見えた。俺はイソイソとそちらへいく。井筒次長の机に置かれた版下をそっと後ろからみる。先程の酷さが嘘のようにそこには綺麗に整った版下があり、俺はチョット感動する。

 しかし、井筒次長はフンと鼻で息をして、まず紙を横にして目で浅い角度で目視して確認し、透明のシートに細かいマス目のついたものを、その版下にあて、仰視する。

「ここ、チョット曲がっている! 直せ」

『えぇぇええ 何処が?』というレベルである。

 しかし、月ちゃんは慣れたものなのか、『はい』と良い子の返事をして修正の為席に戻っていく。そして井筒次長の厳しいチェックを通過し、俺の仕事は無事すすめることができた。


 ※   ※   ※


 井口が作業した俺の担当の仕事は、仕事自体は無事終わった。しかしこの件は、営業と現場の間にかなりの溝を作る事になる。俺の課と製造部との中では、そういった件があったので、今後は二度とこういった雑な作業をしないで欲しいといった強い要望という形で、済ませていたのだが、営業製作課の井筒次長がそれでは気がすまなかったようだ。

 会議で、まず現場の教育体制が甘すぎると攻撃を始め、とんでもない仕事を見逃して完成品として出してくるチェック体制の杜撰ずさんさを責める。それに対して現場は無茶な納期を設定してくる営業にも問題があると反論してくる。そしてバトル触発である。


 その為に、課毎のポイント制度が作られ、それに加えクレーム伝票というのが作られ、それが流されるとポイントが減っていく、それによってそれぞれが抱えている不満といったものを表に出し意思疎通を円滑に計ろうというものである。

 確かに、良いシステムのように思うが、コイツのここが気に入らないというのを互いにぶつけ合うだけの状態になり、社内に微妙な空気が流れるようになる。

 『入稿が三十分遅れたのにヘラヘラっと笑って誤魔化した』というクレーム伝票をもらい、月ちゃんは苦笑していた。営業製作課に所属しているがために、現場からも攻撃をうけやすい。しかし、ソレはクレーム伝票を書くほどの事でもないだろうに。彼女の事だから、ちゃんと連絡も入れたはずだ。

「笑って誤魔化す、それが私十八番だったけど、だんだん通じなくなってきたね〜」

 月ちゃんはおどけたように笑う。確かに彼女はどんなに腹立たしい時も、キツい時も笑って乗り切ろうとする。今まで俺が心配で声を掛けても『大丈夫』といって笑う。多分泣きたいのだろうなという時でも。同期なのだし、友達なのだからもっと頼って欲しいと思うし、その状況がもどかしかった。


 そして、その諸悪の根源となった井口はというと、相変わらずの仕事ぶりで営業、現場双方を騒がしている。

 あの件も、俺も彼女に対してかなりキツく叱った。しかし彼女にはイマイチ事の重大さが通じず、むくれただけだった。井口の困ったところは、自分の失敗を認めず謝らない。彼女からしてみたら『仕方がないじゃん』ですんでしまうのだ。

 俺が散々叱ったら、松ちゃんや月ちゃん等の同期に、俺が済んだ事でネチネチ文句言うと泣きつき慰めてもらおうとする。見かけとは違い甘い事を言わない河瀬さんは避けていくところは人を見ているというべきだろう。

 この件に関しては、二人からもお叱りの言葉を頂いたようで、俺にだけは謝ってきた。もっと他にも謝るべき相手はいると思うのだが……。

 そして、俺は恋人として、コイツをキチンと教育してやらないと決意することになる。これは親心というものであって、彼女の為の行動だったが井口は、俺の前で文字通り頬を膨らませている。

「最近の、あっくん全然面白くない。説教ばかりだし! そんなの二人でいるときにすることないじゃん」

「あのさ、お前がちゃんとするべき事をしないから、俺もいいたくなるんだろ」

 俺は、怒りを通り越して呆れてきてしまう。なんで通じないのだろう、彼女に社会人として責任感をもってもらいたいだけなのに。そして、だんだん男女の仲というより兄妹みたいな関係になっていく俺達。

 クリスマスも無事楽しみ、それなりには仲良くはやっていたとは思う。

 春までもう少しという時期に、彼女から喫茶店に呼び出された。彼女は、似合わない神妙な顔つきをしていた。

 半年以上つきあった彼女、というか隠す事を一切しらない彼女の行動を見ていたから、言いたい事は察知していた。

「もっと好きな人出来た! あっくんより包容力ある大人な人!」

 この言葉より俺の社会人になって一つ目の恋愛は、終わった。

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