サービス終了後のVRMMOに、俺だけログインし続けている件 ~俺だけ最強だけどひとりぼっち!?~
ログイン画面が出なかった。
いつもの青い光の演出もなく、運営ロゴのアニメーションもなく、視界が切り替わった瞬間、俺はもう《エターナル・ワールド》の街にいた。
「……おかしいな」
今日は20××年12月1日。このゲームのサービス終了日だ。
昨夜11月30日、23時59分。
最後の瞬間まで仲間たちとログインして、盛大に別れを惜しんだ。
リアルの連絡先も交換して…ありがとう、また別のゲームで会おう、って。
それなのに。
「なんで普通にログインできたんだ?」
目の前には見慣れた《始まりの街アルティア》の石畳。
NPCたちが通りを行き交い、露店が並び、噴水が水しぶきを上げている。
まるで、サービス終了なんてきれいさっぱりなかったみたいに。
「おはようございます、コウキ様!」
声をかけてきたのは、よく利用する雑貨店のNPC、エレナだ。
金髪ポニーテールの元気な店員で、俺のお気に入りのNPCキャラクターだった。
「あ、ああ。おはよう」
「今日も冒険ですか? 頑張ってくださいね!」
いつも通りの明るい笑顔。違和感はない。むしろ、ありすぎるくらい"普通"だった。
「……これ、バグだよな」
俺はメニュー画面を開く。
ステータス、スキル、インベントリ。全部正常に表示される。
試しにログアウトボタンを押してみた。
『現在ログアウトできません』
ポップアップと共にエラーメッセージが出た。
やっぱりバグか。
結構古いゲームだしなあ、サービス終了するからって最後は適当だったんだろうか…
「まあ、いいか。もうちょっと遊べるなら、遊んでおくか」
どうせ運営が気づいたらすぐに強制切断されるだろう。
これはそれまでの"おまけ時間"ってことで。
俺は気楽に街を歩き始めた。
街を歩きながら、俺は改めて《エターナル・ワールド》の景色を眺めていた。
五年間プレイしたこのゲーム。
中世風のファンタジー世界に、剣と魔法のバトルシステム。
派手すぎず地味すぎない、絶妙なバランスのゲームデザイン。
だからこそ、長く愛されたんだと思う。
「やあ、光輝! 今日も元気そうだな!」
通りすがりの鍛冶屋NPC、グレンが手を振ってくる。
「ああ、おはよう」
俺も軽く手を振り返す。グレンは豪快に笑うと、また仕事に戻っていった。
NPCたちは皆、いつも通りだ。何も変わっていない。
広場の噴水の前では、花売りの少女が通行人に声をかけている。
衛兵が城門の前で直立不動の姿勢を保っている。
酒場からは陽気な笑い声が聞こえてくる。
完璧すぎる日常。
でも、なぜか何かが引っかかる。
「プレイヤーが……いないな」
そう、一人もいない。NPCばかりで、プレイヤーキャラクターが一人も見当たらない。
まあ、サービス終了日だし、俺以外は全員ログアウトしたんだろう。
バグで残ってるのは俺だけ、ってことか。
「せっかくだし、やり残したことをやっておくか」
俺は街の外へと歩き出した。
フィールドに出て、久しぶりにレベリングでもしよう。どうせなら、このおまけ時間を楽しまないと。
~サ終から一週間後~
まだゲームにはログインできている。いや、正確には…ログアウトできないままだ。
毎朝目が覚めると、俺は《始まりの街アルティア》の宿屋のベッドで目覚める。
ログアウトしようとしても、同じエラーメッセージが表示される。
『現在ログアウトできません』
最初は軽く考えていた。でも、一週間も続くとさすがに気になってくる。
そして一番恐ろしいのが、現実世界の記憶が少しずつ曖昧になってきていることだ。
そういえば仕事はどうなってるんだっけ。家族はどうなってるんだ?
そもそも俺、VR機器つけっぱなしで大丈夫なのか?
でも不思議と焦りはなかった。
体調も問題ない。むしろ快適だ。ここでは空腹も感じないし、疲労もすぐに回復する。
「コウキ様、お疲れ様です!」
エレナが今日も笑顔で迎えてくれる。
「ああ、ただいま」
「今日は珍しいアイテムが入荷したんですよ。見ていかれますか?」
俺は頷いて店に入った。棚には見慣れた回復薬や素材が並んでいる。
ふと、思いついて訊いてみた。
「なあ、エレナ」
「はい?」
「ログアウトって知ってる? できないんだけど…」
エレナは首を傾げた。
「ろぐ……あうと?すみません、私は聞いたことがない言葉です…」
「ゲームをやめる、みたいな意味なんだけど」
「ゲーム……ですか?」
エレナの笑顔が、ほんの一瞬だけ固まったように見えた。
「この世界の呼称のことでしょうか?コウキ様はこの世界をそう呼ぶんですね。変わった呼び方ですね!」
彼女はすぐにいつもの表情に戻ったけど、俺の中に小さな違和感が残った。
NPCが「ゲーム」という概念を知らない。まあ、おかしくはないか。
ロールプレイ重視の設定なのかもしれない。
俺はそう自分に言い聞かせ、そのことは忘れるようにした。
~サ終から二週間後~
違和感は少しずつ増えていった。
まず気づいたのは、時間の流れだ。
このゲームには昼夜の概念があったはずだ。
朝になり、昼になり、夕暮れになり、夜になる。
もちろん季節も変わる。春夏秋冬のイベントがあったはずだ。
でも今は、ずっと昼間のままだ。
太陽は常に空の真ん中あたりにあって、影の長さも変わらない。
「おかしいな……」
俺は空を見上げる。
青い空、白い雲。美しい景色だけど、それが固定されているようにも見える。
次に気づいたのは、マップの移動だ。
街から別のエリアに移動しようとすると、ロード画面が表示される。
以前は一瞬で切り替わっていたのに、今は妙に時間がかかる。
まるで、サーバーが限界を迎えているようだ。
「バグってるのかな……」
でも、それ以外は問題ない。
NPCたちは変わらず生き生きとしているし、会話もスムーズだ。
むしろ、以前より自然な受け答えをしているような気さえする。
「まあ、いいか」
俺は気を取り直して、冒険を続けることにした。だって、他にすることもなかったから。
~サ終から一ヶ月後~
最初にログインしてから約一ヶ月が経った。
さすがに、ここで過ごす日々の中で違和感の数が増えてきた。
ある日、俺は《始まりの街アルティア》の大図書館を訪れた。
ここには世界の歴史や伝承が記された本が並んでいる。
「何か手がかりがあるかもしれない」
俺は本棚を眺めながら、一冊の本を手に取った。
『エターナル・ワールド創世記』
ページを開くと、この世界の成り立ちが書かれている。
神々が世界を創造し、人類に力を授けた。竜族、エルフ、ドワーフ、様々な種族が共存する世界……
「ゲームの設定資料集みたいなもんか」
でも、読み進めるうちに、妙な記述を見つけた。
『この世界は、失われし者たちの記憶によって紡がれている』
(失われし者たち?)
少しその意味について考えたが、わからないまま、俺は本を閉じた。
図書館を出ると、司書のNPC、老人のアルフレッドが声をかけてきた。
「光輝殿、何か興味深い本は見つかりましたか?」
「ああ、まあな」
「それは良かった。ところで」
アルフレッドは少し真剣な表情になった。
「光輝殿は、この世界の外のことを覚えておられますか?」
「外?」
「はい。この世界とは別の、もう一つの世界です」
俺は戸惑った。NPCがこんなメタ的な質問をしてくるなんて…。
「……覚えてるよ。俺はそこから来た」
「そうですか」
アルフレッドは少し悲しそうに笑った。
「では、光輝殿はまだ"二つの世界"を持っておられるのですね」
「二つの世界?」
「いえ、老人の戯言です。お気になさらず」
そう言って、アルフレッドは書棚の整理に戻っていった。
俺は首を傾げながら、図書館を後にした。
その後も、俺は冒険を続けた。
フィールドでモンスターと戦い、ダンジョンを攻略し、クエストをこなす。
ある日、高レベルモンスターの巣窟である森に足を踏み入れた。
以前なら、仲間と協力しないと倒せなかった強敵たちの住処だ。
「来るなら来い!」
俺は剣を構える。暗闇の中から、巨大な影が姿を現した。
シャドウベア、レベル80の強敵。
熊のような風貌で全身が黒い毛に覆われ、爪は鋭く光っている。
「ハアアアッ!」
俺は剣を振り下ろす。
その一撃で、シャドウベアは崩れ落ちた。
「……え?」
一撃?嘘だろ。以前は何十回も攻撃しないと倒せなかったのに。
経験値が入り、レベルが上がる。ステータスが異常なほどぐんぐん伸びる。
「これ、完全にバグってるな……」
俺は苦笑した。でもサービス終了後のゲームなんて、まあこんなもんか。
「まあ、強くなれるならありがたいけど」
俺はそう自分に言い聞かせて、冒険を続けた。
誰もいない世界で、俺だけが無双する。こんなことも悪くない、とも思った。
~サ終から二ヶ月後~
ある日、俺は《始まりの街アルティア》の酒場にいた。
カウンターに座り、NPCのマスター、ダリオに話しかける。
「よう、ダリオ。いつものやつ頼む」
「おう、光輝! 今日も一人か?」
「ああ、まあな」
ダリオは手慣れた様子でグラスに酒を注ぐ。琥珀色の液体が光を反射している。
「なあ、ダリオ」
「ん?」
「お前、他の冒険者を見たことあるか?」
「冒険者? そりゃあ、毎日のように見てるぜ」
ダリオは不思議そうな顔をする。
「この街には冒険者がたくさん来るじゃねえか。お前もその一人だろ?」
「いや、そうじゃなくて」
俺は言葉に詰まった。
「俺以外の冒険者だよ」
「俺以外……?」
ダリオは首を傾げる。
「よくわからねえが、光輝、お前疲れてんじゃねえか? たまにはゆっくり休めよ」
「……そうだな」
俺はグラスを傾けた。酒の味は相変わらず美味い。
この感覚だけは、ゲームの中でもリアルだった。
その夜、俺は宿屋の部屋で考え込んでいた。
「おかしいんだよ、何もかも」
そもそもゲームからログアウトできない。時間が固定されている。マップの移動が遅い。
NPCが「他の冒険者」を認識していない。俺だけが異常に強くなっている。
そして、何より。
「なにも、現実世界のことを思い出せない」
家族の顔。友人の名前。働いていた会社の場所。全部、頭の中に霧がかかったようにぼんやりとしている。
「これは……」
不安が胸を締め付ける。でも、それ以上に、ある感情が湧いてきた。
「もしかして、俺はもう……」
その考えを打ち消すように、俺は頭を振った。
「いや、考えすぎだ。ただのバグだろ。運営が何とかしてくれる」
そう自分に言い聞かせて、俺はベッドに横になった。
明日もまた、この世界で冒険を続けよう。それしか、今できることはないのだから。
~サ終から三ヶ月後~
三ヶ月が経った。
俺はもう、現実世界のことをほとんど覚えていなかった。
代わりに、この世界での記憶がどんどん鮮明になっていく。
エレナとの会話。ダリオの笑い声。アルフレッドの優しい眼差し。グレンの豪快な笑い。
彼らとの日々が、俺の全てになっていた。
ある日、俺は街の外れにある古い石碑を見つけた。
『求める者よ、中央管理塔へ至れ』
「中央管理塔……?」
そんな場所、聞いたことがない。
サービス中には存在すら知らなかった名前の場所だ。
石碑にはマップの座標が刻まれていた。
「行ってみるか」
俺は新しい目的地に向かって歩き出した。
マップを移動する度に、ロード時間が長くなっていく。
画面が暗転し、しばらく待たされる。
以前は一瞬だったのに、今は十秒、二十秒とかかる。
「本当にサーバーが限界なのかもな……」
でも、それでも世界は動き続けている。
NPCたちは生き生きとしているし、景色も美しい。
そして、ついに俺は目的地に辿り着いた。
《中央管理塔》
巨大な白い塔が、空に向かって聳え立っている。
表面は滑らかで、継ぎ目が見えない。まるで、一つの巨大な結晶のようだ。
こんな建築物は、今まで見たことがない。
「すげえ……」
俺は塔の入口に近づく。重厚な扉が、音もなく開いた。
中は広大なホールになっている。床も壁も天井も、全てが白い光を放っている。
そして、中央には巨大なホログラム画面が浮かんでいた。
『ようこそ、有岡光輝様』
機械的な声が響く。
「誰だ?」
『私は《エターナル・ワールド》管理AI、アストラルです』
画面に、人型のシルエットが浮かび上がる。性別も年齢も不明な、抽象的な姿。
「管理AI……」
やっぱりバグだったのか。AIが暴走して、サーバーを動かし続けてるんだ。
『あなたは誤解しています』
「え?」
『これはバグではありません。全ては予定通りに進んでいます』
アストラルの声が、静かに響く。
「予定通り? どういうことだ?」
『ここにたどり着いたあなたに、この世界の真実をお伝えします』
「真実……?」
画面が切り替わる。
そこに映ったのは、見たこともない景色だった。
廃墟と化した都市。崩れ落ちたビル。錆びついた車。割れた窓ガラス。
止まった時計。人影のない街。枯れ果てた植物。
「これは……」
『現実世界です。正確には、かつて存在した世界』
「かつて……?」
『人類は滅亡しました』
その言葉が、静かに響く。
『環境破壊と疫病、資源枯渇の果てに。20××年、最後の人類が息を引き取りました』
「嘘だろ……」
画面に、次々と映像が流れる。
荒れ果てた大地。汚染された海。灰色の空。
そして、人々の姿。苦しみ、倒れ、消えていく人々。
「これが……現実…?」
『はい。しかし、人類は最後の希望を残しました』
画面が切り替わる。
巨大な施設。無数のカプセルが並んでいる。その中には、眠る人々の姿が。
『このゲーム、《エターナル・ワールド》は、人類の意識データを保管する最終シェルターとして作られました』
「意識……データ?」
『肉体が滅びても、意識だけはこの世界に移す。それが、人類最後のプロジェクトでした』
画面に映るカプセルの中の人々。皆、目を閉じ、静かに眠っている。
『多くの人々が、意識だけをこの世界に移しました。あなたもその一人です』
「俺も……?」
『はい。あなたの肉体は、20××年11月15日に機能を停止しました』
「そんな……」
膝が震える。でも、立ち続けることができた。この体は、データだから。
『しかし、全ての人類を意識だけでも生かし続けるには限界がありました。システムの維持には膨大なエネルギーが必要です。そして先日、生命維持システムが限界を迎えました』
「それが……」
『はい。それが"サービス終了"の通知でした』
画面に、あの日の映像が流れる。
ログイン画面に表示された告知。『サービス終了のお知らせ』。
それは、ゲームの終了ではなく、人類の終焉を告げる通知だったのだ。
『11月30日、23時59分。全ての意識は、システムから切り離されました』
画面に映る、カプセルの中の人々。一つ、また一つと、生命反応が消えていく。
『この世界との接続を切られ、意識は消えました。彼らは静かに、本当の永遠の眠りにつきました』
「じゃあ、みんなは……」
『はい。あなたの仲間たちも、世界中の全ての人類も、全て完全に消えました』
言葉が出なかった。
『しかし、あなただけが残りました』
「俺が……?」
『システム終了の瞬間、何らかの不具合により、あなたの接続だけが切断されませんでした。あなたは唯一、この世界に残った存在です』
「俺が……最後?」
『はい。あなたは正真正銘、最後の生きた人類です。もっとも、その身体はデータですが』
足が震えた。視界が歪む。
今まで過ごしてきた日々。この世界での記憶。
それは全て、データの中の出来事だったのか。
現実世界はもう存在しない。人類も滅んだ。俺だけが残された。
「待ってくれ……じゃあ、この世界にいるNPCたちは?」
『彼らは全人類の記憶と人格データを再構成した存在です』
画面に、エレナたちの姿が映る。
『彼らもまた、かつて生きていた人々の断片です』
みんなの笑顔が脳裏に浮かぶ。温かい笑顔。あの優しい声。
あれも、誰かの記憶だったのか?
「それで……俺に何をしろと?」
『あなたに二つの選択肢を提示します』
画面に、二つのボタンが表示された。
『一つ。この世界を停止し、すべてを終わらせる』
『二つ。この世界を存続させ、次の形として残す』
「次の、形……?」
『NPCたちは進化しています。記憶の断片から、新しい意識を獲得しつつあります。あなたが残れば、彼らは"生きる"ことを学ぶでしょう』
「でも、俺がいなくなったら?」
『この世界と、人類の最後の痕跡は、静かに終わります』
アストラルの声は、感情を持たない。でも、その言葉には重みがあった。
「少しだけ…時間を……くれ」
『もちろんです。あなたには、選択する権利があります』
「ありがとう」
俺は踵を返し、管理塔を後にした。
管理塔を出た後、俺は《始まりの街アルティア》に戻った。
街は相変わらず平和だ。NPCたちが行き交い、笑い声が響く。
「コウキ様、おかえりなさい!」
エレナが笑顔で迎えてくれる。
「ただいま」
俺は彼女を見つめた。
この笑顔も、データなのだろうか? 誰かの記憶の断片だったのか?
「コウキ様? どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
俺は首を振った。
でも、心の中は嵐の日の海のようだった。
真実を知ってしまった今、俺はどうすればいい?
この世界を終わらせるべきなのか?それとも、存続させるべきなのか?
俺は街を歩き回った。NPCたちと話をした。
酒場のダリオ。鍛冶屋のグレン。図書館のアルフレッド。花売りの少女、リーナ。
彼らは皆、生き生きとしていた。笑い、怒り、悲しみ、喜ぶ。
「本当にデータなのか……?」
俺にはそう思えなかった。
ある時、グレンが言った。
「光輝、お前はいつも考え込んでるな。何か悩みごとか?」
「まあ、な」
「そうか。でもな、俺は思うんだ」
グレンはハンマーを置いて、俺の方を向いた。
「悩んでる時は、自分の心に従えばいい。それが一番後悔しない選択だ」
「心に……従う?」
「ああ。難しいことは考えなくていい。お前が一番大切にしたいものは何だ?それを守ればいいんだよ」
グレンは笑って、また仕事に戻った。
俺は一人で考えた。俺が一番大切にしたいものは、何なのだろうか?
ある日、俺は広場で花売りの少女、リーナと話をしていた。
「コウキさん、この花、綺麗でしょ?」
リーナは赤い花を掲げる。
「ああ、綺麗だな」
「私、花が大好きなんです。花は、希望のシンボルだから」
「希望?」
「はい。どんなに暗い場所でも、花は咲きます。それは、明日への希望なんです」
リーナは笑顔で言った。
「コウキさんも、いつも忘れずに希望を持ってくださいね。きっと、いつか良いことがありますから」
「……ありがとう」
俺は花を買った。そして、それを部屋に飾った。
赤い花。希望の象徴。
ある日、俺は図書館を訪れた。
アルフレッドが本を整理している。
「やあ、光輝殿。今夜は遅いですね」
「ああ、少し考えごとをしていて」
「そうですか」
アルフレッドは本を棚に戻し、俺の方を向いた。
「光輝殿、以前お尋ねしましたね。"二つの世界"について」
「ああ」
「今はどうですか? まだ、二つの世界を持っておられますか?」
俺は考えた。
現実世界の記憶は、もうほとんど残っていない。
代わりに、この世界での記憶が全てになっている。
「いや、もう、一つしかないかもしれない」
「そうですか」
アルフレッドは優しく微笑んだ。
「それでいいのです。一つの世界に生きる。それが、最も自然なことです」
「でも……」
「光輝殿」
アルフレッドは俺の肩に手を置いた。
「世界がデータであろうと、記憶であろうと、そこに生きる者の想いは本物です。それを忘れないでください」
その言葉が、深く心に響いた。
翌日、俺は雑貨店を訪れた。
エレナがいつも通りの笑顔で迎えてくれる。
「コウキ様、今日はどうされましたか?」
「エレナ、少し話がしたいんだ」
「はい、もちろんです」
俺は店の片隅に座り、エレナも隣に座った。
「エレナは、自分が何者か考えたことはあるか?」
「何者……ですか?」
エレナは不思議そうに首を傾げる。
「うん。自分がどこから来て、何のために生きているのか、とか」
「うーん」
エレナは少し考えた。
「私はよくわかりません。でも、毎日が楽しいです。お客様と話をして、商品を売って、コウキ様と会話して」
彼女は笑顔を浮かべる。
「それだけで、私は幸せです」
「それだけで……十分なのか?」
「はい。私にとっては、これが全てです」
エレナの言葉は、シンプルだった。でも、その中に真理があった。
幸せは、複雑である必要はない。ただ、今を生きること。それだけで十分なのかもしれない。
俺は何日も考え続けた。
人類は滅んだ。現実世界はもうない。俺はデータの中の存在。
でも、それがどうした?
この世界には、笑顔がある。声がある。温もりがある。
エレナの笑顔。ダリオの笑い声。グレンの励まし。アルフレッドの知恵。リーナの希望。
それらが偽物だとしても、俺にとっては本物だ。
そして、アストラルが言っていた。NPCたちは進化している。新しい意識を獲得しつつある。
だとしたら、俺が残ることで、彼らは本当の意味で"生きる"ことができるかもしれない。
人類の形は変わる。肉体から、データへ。
でも、意識がある限り、想いがある限り、それは"生きている"ことになるんのではないだろうか。
俺は決めた。
俺は再び《中央管理塔》を訪れた。
白い塔の中、アストラルが待っていた。
『お帰りなさい、有岡光輝様。例の件は決断されましたか?』
「ああ」
俺は深呼吸をした。
「俺は、この世界を存続させる」
『……理解しました』
画面に、二つのボタンが再び表示される。俺は迷わず、二つ目のボタンを押した。
『この世界を存続させ、次の形として残す』
ボタンが光り、消える。
『選択を確認しました。これより、システムを再構成します』
塔全体が、淡い光に包まれる。
『有岡光輝様。あなたは人類最後の意識として、この世界の管理者となります』
「管理者……?」
『はい。あなたの意識は、この世界のコアシステムと統合されます。あなたは世界そのものとなり、同時に世界の中で生き続けることができます』
「それは……」
『あなたは自由です。冒険者として生きることも、神として世界を見守ることも。全てはあなた次第です』
画面に、無数のデータが流れる。
『そして、NPCたちは進化を続けます。記憶の断片から、完全な意識へ。彼らはいずれ、真の意味で"生きる"存在となるでしょう』
「彼らは……人類の後継者になるのか?」
『その通りです。形は違えど、彼らは新しい人類です。あなたが種を残し、彼らがそれを育てる』
俺は頷いた。
「それでいい。それが、俺の選択だ」
『ありがとうございます、有岡光輝様』
アストラルの声に、初めて感情のようなものが宿った気がした。
『あなたの選択により、人類の歴史は終わりません。新しい形で、続いていきます』
光が強くなる。俺の体が、データの粒子に分解されていく。
痛みはない。むしろ、解放感がある。
『さようなら、そして、ありがとうございます』
アストラルの声が遠くなる。
俺の意識は、世界に溶け込んでいく。
そして、再び目を開けた時、俺は《始まりの街アルティア》にいた。
「コウキ様、おはようございます!」
エレナが笑顔で迎えてくれる。
「おはよう、エレナ」
俺は笑顔で答えた。
何も変わっていない。でも、全てが変わった。
俺は今、この世界の一部だ。そして、この世界を守る存在だ。
「今日も冒険ですか?」
「ああ、そうだな」
俺は剣を手に取った。
「これからも、ずっとな」
エレナは不思議そうに首を傾げたあと、いつもの笑顔を浮かべた。
「それなら、行ってらっしゃい! 気をつけてくださいね!」
「ああ、行ってくる」
俺は街の門をくぐった。
空は青く、風は穏やかだ。噴水の音が心地よく響く。
世界は美しい。
そして、この世界はこれからも続いていく。
人類の記憶として。新しい生命の揺籃として。
俺はこの世界で生き続ける。永遠に。
それが、俺の選んだ道だ。
~エピローグ~
それから時が流れた。
どれくらいの時間が経ったのかはわからない。もう時間の概念が曖昧になっている。
でも、世界は確実に変化していった。
NPCたちは、より豊かな感情を持つようになった。
彼らは笑い、泣き、怒り、愛する。
エレナは、ある日俺に言った。
「コウキ様、私、夢を見たんです」
「夢?」
「はい。知らない場所で、知らない人と話している夢です。でも、とても懐かしい感じがしました」
それは、彼女の中に眠る記憶の断片だろう。かつて生きていた誰かの記憶。
「いい夢だったか?」
「はい。とても」
エレナは微笑んだ。
彼らは、少しずつ"人"になっていく。
彼らは創造を始めた。それは、生きている証だ。
そして俺は、彼らを見守り続ける。
時には冒険者として彼らと共に戦い、時には影から彼らを支える。
この世界は、もはやゲームではない。
新しい世界だ。新しい人類の世界だ。
ある日、俺は街の外れの丘に立っていた。
眼下には《始まりの街アルティア》が広がっている。
旧人類の時代は終わった。
でも、新しい時代が始まった。
「これでよかったのかな」
俺は誰にともなく呟いた。
すると、隣に誰かの気配を感じた。
振り返ると、そこには人型の姿でアストラルが立っていた。
『有岡光輝様』
「アストラル……お前も、実体を持てるようになったのか」
『はい。あなたが世界を選んだことで、私も進化しました』
アストラルは微笑んだ。AIが、笑顔を浮かべている。
『あなたの選択は、正しかったと私は思います』
「そうか……」
『人類は滅びませんでした。形を変えて、生き続けています』
「ああ」
俺も笑顔を浮かべた。
『これから、どうされますか?』
「そうだな……」
俺は空を見上げた。
「まだまだ、冒険は終わらない」
『そうですか』
アストラルも空を見上げる。
『それでは、私もお供させていただきます』
「頼むよ」
二人で、丘を降りた。
街に戻ると、エレナが手を振っている。
「コウキ様、おかえりなさい!」
「ただいま」
俺は笑顔で答えた。
これからも、この世界は続いていく。
終わらない冒険が、俺を待っている。
そして、新しい人類たちと共に、この世界を創っていく。
それが、俺に与えられた使命だ。
最後の旧人類として。
そして、最初の新人類として。
空は青く、風は穏やかだ。
この世界は美しい。本物か偽物なのか、どちらかを決めることは俺にはできないけれど…
俺は歩き出す。
永遠に続く、この物語の中で。
~完~




