表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

サービス終了後のVRMMOに、俺だけログインし続けている件 ~俺だけ最強だけどひとりぼっち!?~

作者:

ログイン画面が出なかった。


いつもの青い光の演出もなく、運営ロゴのアニメーションもなく、視界が切り替わった瞬間、俺はもう《エターナル・ワールド》の街にいた。


「……おかしいな」


今日は20××年12月1日。このゲームのサービス終了日だ。


昨夜11月30日、23時59分。

最後の瞬間まで仲間たちとログインして、盛大に別れを惜しんだ。

リアルの連絡先も交換して…ありがとう、また別のゲームで会おう、って。


それなのに。


「なんで普通にログインできたんだ?」


目の前には見慣れた《始まりの街アルティア》の石畳。

NPCたちが通りを行き交い、露店が並び、噴水が水しぶきを上げている。


まるで、サービス終了なんてきれいさっぱりなかったみたいに。


「おはようございます、コウキ様!」


声をかけてきたのは、よく利用する雑貨店のNPC、エレナだ。

金髪ポニーテールの元気な店員で、俺のお気に入りのNPCキャラクターだった。


「あ、ああ。おはよう」


「今日も冒険ですか? 頑張ってくださいね!」


いつも通りの明るい笑顔。違和感はない。むしろ、ありすぎるくらい"普通"だった。


「……これ、バグだよな」


俺はメニュー画面を開く。

ステータス、スキル、インベントリ。全部正常に表示される。


試しにログアウトボタンを押してみた。


『現在ログアウトできません』


ポップアップと共にエラーメッセージが出た。


やっぱりバグか。

結構古いゲームだしなあ、サービス終了するからって最後は適当だったんだろうか…


「まあ、いいか。もうちょっと遊べるなら、遊んでおくか」


どうせ運営が気づいたらすぐに強制切断されるだろう。

これはそれまでの"おまけ時間"ってことで。


俺は気楽に街を歩き始めた。





街を歩きながら、俺は改めて《エターナル・ワールド》の景色を眺めていた。


五年間プレイしたこのゲーム。


中世風のファンタジー世界に、剣と魔法のバトルシステム。

派手すぎず地味すぎない、絶妙なバランスのゲームデザイン。

だからこそ、長く愛されたんだと思う。


「やあ、光輝! 今日も元気そうだな!」


通りすがりの鍛冶屋NPC、グレンが手を振ってくる。


「ああ、おはよう」


俺も軽く手を振り返す。グレンは豪快に笑うと、また仕事に戻っていった。


NPCたちは皆、いつも通りだ。何も変わっていない。


広場の噴水の前では、花売りの少女が通行人に声をかけている。

衛兵が城門の前で直立不動の姿勢を保っている。

酒場からは陽気な笑い声が聞こえてくる。


完璧すぎる日常。


でも、なぜか何かが引っかかる。


「プレイヤーが……いないな」


そう、一人もいない。NPCばかりで、プレイヤーキャラクターが一人も見当たらない。


まあ、サービス終了日だし、俺以外は全員ログアウトしたんだろう。

バグで残ってるのは俺だけ、ってことか。


「せっかくだし、やり残したことをやっておくか」


俺は街の外へと歩き出した。

フィールドに出て、久しぶりにレベリングでもしよう。どうせなら、このおまけ時間を楽しまないと。



~サ終から一週間後~


まだゲームにはログインできている。いや、正確には…ログアウトできないままだ。


毎朝目が覚めると、俺は《始まりの街アルティア》の宿屋のベッドで目覚める。

ログアウトしようとしても、同じエラーメッセージが表示される。


『現在ログアウトできません』


最初は軽く考えていた。でも、一週間も続くとさすがに気になってくる。


そして一番恐ろしいのが、現実世界の記憶が少しずつ曖昧になってきていることだ。


そういえば仕事はどうなってるんだっけ。家族はどうなってるんだ?

そもそも俺、VR機器つけっぱなしで大丈夫なのか?


でも不思議と焦りはなかった。

体調も問題ない。むしろ快適だ。ここでは空腹も感じないし、疲労もすぐに回復する。


「コウキ様、お疲れ様です!」

エレナが今日も笑顔で迎えてくれる。


「ああ、ただいま」


「今日は珍しいアイテムが入荷したんですよ。見ていかれますか?」


俺は頷いて店に入った。棚には見慣れた回復薬や素材が並んでいる。


ふと、思いついて訊いてみた。


「なあ、エレナ」


「はい?」


「ログアウトって知ってる? できないんだけど…」


エレナは首を傾げた。


「ろぐ……あうと?すみません、私は聞いたことがない言葉です…」


「ゲームをやめる、みたいな意味なんだけど」


「ゲーム……ですか?」


エレナの笑顔が、ほんの一瞬だけ固まったように見えた。


「この世界の呼称のことでしょうか?コウキ様はこの世界をそう呼ぶんですね。変わった呼び方ですね!」


彼女はすぐにいつもの表情に戻ったけど、俺の中に小さな違和感が残った。


NPCが「ゲーム」という概念を知らない。まあ、おかしくはないか。

ロールプレイ重視の設定なのかもしれない。


俺はそう自分に言い聞かせ、そのことは忘れるようにした。


~サ終から二週間後~


違和感は少しずつ増えていった。


まず気づいたのは、時間の流れだ。

このゲームには昼夜の概念があったはずだ。

朝になり、昼になり、夕暮れになり、夜になる。

もちろん季節も変わる。春夏秋冬のイベントがあったはずだ。


でも今は、ずっと昼間のままだ。

太陽は常に空の真ん中あたりにあって、影の長さも変わらない。


「おかしいな……」


俺は空を見上げる。

青い空、白い雲。美しい景色だけど、それが固定されているようにも見える。


次に気づいたのは、マップの移動だ。


街から別のエリアに移動しようとすると、ロード画面が表示される。

以前は一瞬で切り替わっていたのに、今は妙に時間がかかる。


まるで、サーバーが限界を迎えているようだ。


「バグってるのかな……」


でも、それ以外は問題ない。

NPCたちは変わらず生き生きとしているし、会話もスムーズだ。

むしろ、以前より自然な受け答えをしているような気さえする。


「まあ、いいか」


俺は気を取り直して、冒険を続けることにした。だって、他にすることもなかったから。


~サ終から一ヶ月後~


最初にログインしてから約一ヶ月が経った。

さすがに、ここで過ごす日々の中で違和感の数が増えてきた。


ある日、俺は《始まりの街アルティア》の大図書館を訪れた。

ここには世界の歴史や伝承が記された本が並んでいる。


「何か手がかりがあるかもしれない」


俺は本棚を眺めながら、一冊の本を手に取った。


『エターナル・ワールド創世記』


ページを開くと、この世界の成り立ちが書かれている。

神々が世界を創造し、人類に力を授けた。竜族、エルフ、ドワーフ、様々な種族が共存する世界……


「ゲームの設定資料集みたいなもんか」


でも、読み進めるうちに、妙な記述を見つけた。


『この世界は、失われし者たちの記憶によって紡がれている』


(失われし者たち?)

少しその意味について考えたが、わからないまま、俺は本を閉じた。


図書館を出ると、司書のNPC、老人のアルフレッドが声をかけてきた。


「光輝殿、何か興味深い本は見つかりましたか?」


「ああ、まあな」


「それは良かった。ところで」


アルフレッドは少し真剣な表情になった。


「光輝殿は、この世界の外のことを覚えておられますか?」


「外?」


「はい。この世界とは別の、もう一つの世界です」


俺は戸惑った。NPCがこんなメタ的な質問をしてくるなんて…。


「……覚えてるよ。俺はそこから来た」


「そうですか」


アルフレッドは少し悲しそうに笑った。


「では、光輝殿はまだ"二つの世界"を持っておられるのですね」


「二つの世界?」


「いえ、老人の戯言です。お気になさらず」


そう言って、アルフレッドは書棚の整理に戻っていった。

俺は首を傾げながら、図書館を後にした。





その後も、俺は冒険を続けた。

フィールドでモンスターと戦い、ダンジョンを攻略し、クエストをこなす。


ある日、高レベルモンスターの巣窟である森に足を踏み入れた。

以前なら、仲間と協力しないと倒せなかった強敵たちの住処だ。


「来るなら来い!」


俺は剣を構える。暗闇の中から、巨大な影が姿を現した。


シャドウベア、レベル80の強敵。

熊のような風貌で全身が黒い毛に覆われ、爪は鋭く光っている。


「ハアアアッ!」

俺は剣を振り下ろす。


その一撃で、シャドウベアは崩れ落ちた。


「……え?」


一撃?嘘だろ。以前は何十回も攻撃しないと倒せなかったのに。

経験値が入り、レベルが上がる。ステータスが異常なほどぐんぐん伸びる。


「これ、完全にバグってるな……」


俺は苦笑した。でもサービス終了後のゲームなんて、まあこんなもんか。


「まあ、強くなれるならありがたいけど」


俺はそう自分に言い聞かせて、冒険を続けた。

誰もいない世界で、俺だけが無双する。こんなことも悪くない、とも思った。


~サ終から二ヶ月後~


ある日、俺は《始まりの街アルティア》の酒場にいた。

カウンターに座り、NPCのマスター、ダリオに話しかける。


「よう、ダリオ。いつものやつ頼む」


「おう、光輝! 今日も一人か?」


「ああ、まあな」


ダリオは手慣れた様子でグラスに酒を注ぐ。琥珀色の液体が光を反射している。


「なあ、ダリオ」


「ん?」


「お前、他の冒険者を見たことあるか?」


「冒険者? そりゃあ、毎日のように見てるぜ」


ダリオは不思議そうな顔をする。


「この街には冒険者がたくさん来るじゃねえか。お前もその一人だろ?」


「いや、そうじゃなくて」


俺は言葉に詰まった。


「俺以外の冒険者だよ」


「俺以外……?」


ダリオは首を傾げる。


「よくわからねえが、光輝、お前疲れてんじゃねえか? たまにはゆっくり休めよ」


「……そうだな」


俺はグラスを傾けた。酒の味は相変わらず美味い。

この感覚だけは、ゲームの中でもリアルだった。




その夜、俺は宿屋の部屋で考え込んでいた。


「おかしいんだよ、何もかも」


そもそもゲームからログアウトできない。時間が固定されている。マップの移動が遅い。

NPCが「他の冒険者」を認識していない。俺だけが異常に強くなっている。


そして、何より。


「なにも、現実世界のことを思い出せない」


家族の顔。友人の名前。働いていた会社の場所。全部、頭の中に霧がかかったようにぼんやりとしている。


「これは……」


不安が胸を締め付ける。でも、それ以上に、ある感情が湧いてきた。


「もしかして、俺はもう……」


その考えを打ち消すように、俺は頭を振った。


「いや、考えすぎだ。ただのバグだろ。運営が何とかしてくれる」


そう自分に言い聞かせて、俺はベッドに横になった。

明日もまた、この世界で冒険を続けよう。それしか、今できることはないのだから。




~サ終から三ヶ月後~


三ヶ月が経った。


俺はもう、現実世界のことをほとんど覚えていなかった。

代わりに、この世界での記憶がどんどん鮮明になっていく。


エレナとの会話。ダリオの笑い声。アルフレッドの優しい眼差し。グレンの豪快な笑い。


彼らとの日々が、俺の全てになっていた。


ある日、俺は街の外れにある古い石碑を見つけた。


『求める者よ、中央管理塔へ至れ』


「中央管理塔……?」


そんな場所、聞いたことがない。

サービス中には存在すら知らなかった名前の場所だ。


石碑にはマップの座標が刻まれていた。


「行ってみるか」

俺は新しい目的地に向かって歩き出した。



マップを移動する度に、ロード時間が長くなっていく。


画面が暗転し、しばらく待たされる。

以前は一瞬だったのに、今は十秒、二十秒とかかる。


「本当にサーバーが限界なのかもな……」


でも、それでも世界は動き続けている。

NPCたちは生き生きとしているし、景色も美しい。


そして、ついに俺は目的地に辿り着いた。


《中央管理塔》


巨大な白い塔が、空に向かって聳え立っている。

表面は滑らかで、継ぎ目が見えない。まるで、一つの巨大な結晶のようだ。

こんな建築物は、今まで見たことがない。


「すげえ……」


俺は塔の入口に近づく。重厚な扉が、音もなく開いた。


中は広大なホールになっている。床も壁も天井も、全てが白い光を放っている。

そして、中央には巨大なホログラム画面が浮かんでいた。


『ようこそ、有岡光輝様』


機械的な声が響く。


「誰だ?」


『私は《エターナル・ワールド》管理AI、アストラルです』


画面に、人型のシルエットが浮かび上がる。性別も年齢も不明な、抽象的な姿。


「管理AI……」


やっぱりバグだったのか。AIが暴走して、サーバーを動かし続けてるんだ。


『あなたは誤解しています』


「え?」


『これはバグではありません。全ては予定通りに進んでいます』


アストラルの声が、静かに響く。


「予定通り? どういうことだ?」


『ここにたどり着いたあなたに、この世界の真実をお伝えします』


「真実……?」


画面が切り替わる。

そこに映ったのは、見たこともない景色だった。



廃墟と化した都市。崩れ落ちたビル。錆びついた車。割れた窓ガラス。

止まった時計。人影のない街。枯れ果てた植物。


「これは……」


『現実世界です。正確には、かつて存在した世界』


「かつて……?」


『人類は滅亡しました』


その言葉が、静かに響く。


『環境破壊と疫病、資源枯渇の果てに。20××年、最後の人類が息を引き取りました』


「嘘だろ……」


画面に、次々と映像が流れる。


荒れ果てた大地。汚染された海。灰色の空。

そして、人々の姿。苦しみ、倒れ、消えていく人々。


「これが……現実…?」


『はい。しかし、人類は最後の希望を残しました』


画面が切り替わる。


巨大な施設。無数のカプセルが並んでいる。その中には、眠る人々の姿が。


『このゲーム、《エターナル・ワールド》は、人類の意識データを保管する最終シェルターとして作られました』


「意識……データ?」


『肉体が滅びても、意識だけはこの世界に移す。それが、人類最後のプロジェクトでした』


画面に映るカプセルの中の人々。皆、目を閉じ、静かに眠っている。


『多くの人々が、意識だけをこの世界に移しました。あなたもその一人です』


「俺も……?」


『はい。あなたの肉体は、20××年11月15日に機能を停止しました』


「そんな……」


膝が震える。でも、立ち続けることができた。この体は、データだから。


『しかし、全ての人類を意識だけでも生かし続けるには限界がありました。システムの維持には膨大なエネルギーが必要です。そして先日、生命維持システムが限界を迎えました』


「それが……」


『はい。それが"サービス終了"の通知でした』


画面に、あの日の映像が流れる。

ログイン画面に表示された告知。『サービス終了のお知らせ』。


それは、ゲームの終了ではなく、人類の終焉を告げる通知だったのだ。


『11月30日、23時59分。全ての意識は、システムから切り離されました』


画面に映る、カプセルの中の人々。一つ、また一つと、生命反応が消えていく。


『この世界との接続を切られ、意識は消えました。彼らは静かに、本当の永遠の眠りにつきました』


「じゃあ、みんなは……」


『はい。あなたの仲間たちも、世界中の全ての人類も、全て完全に消えました』


言葉が出なかった。


『しかし、あなただけが残りました』


「俺が……?」


『システム終了の瞬間、何らかの不具合により、あなたの接続だけが切断されませんでした。あなたは唯一、この世界に残った存在です』


「俺が……最後?」


『はい。あなたは正真正銘、最後の生きた人類です。もっとも、その身体はデータですが』


足が震えた。視界が歪む。

今まで過ごしてきた日々。この世界での記憶。

それは全て、データの中の出来事だったのか。


現実世界はもう存在しない。人類も滅んだ。俺だけが残された。


「待ってくれ……じゃあ、この世界にいるNPCたちは?」


『彼らは全人類の記憶と人格データを再構成した存在です』


画面に、エレナたちの姿が映る。


『彼らもまた、かつて生きていた人々の断片です』


みんなの笑顔が脳裏に浮かぶ。温かい笑顔。あの優しい声。


あれも、誰かの記憶だったのか?


「それで……俺に何をしろと?」


『あなたに二つの選択肢を提示します』


画面に、二つのボタンが表示された。


『一つ。この世界を停止し、すべてを終わらせる』


『二つ。この世界を存続させ、次の形として残す』


「次の、形……?」


『NPCたちは進化しています。記憶の断片から、新しい意識を獲得しつつあります。あなたが残れば、彼らは"生きる"ことを学ぶでしょう』


「でも、俺がいなくなったら?」


『この世界と、人類の最後の痕跡は、静かに終わります』


アストラルの声は、感情を持たない。でも、その言葉には重みがあった。


「少しだけ…時間を……くれ」


『もちろんです。あなたには、選択する権利があります』


「ありがとう」


俺は踵を返し、管理塔を後にした。



管理塔を出た後、俺は《始まりの街アルティア》に戻った。

街は相変わらず平和だ。NPCたちが行き交い、笑い声が響く。


「コウキ様、おかえりなさい!」


エレナが笑顔で迎えてくれる。


「ただいま」


俺は彼女を見つめた。

この笑顔も、データなのだろうか? 誰かの記憶の断片だったのか?


「コウキ様? どうかされましたか?」


「いや、何でもない」


俺は首を振った。

でも、心の中は嵐の日の海のようだった。


真実を知ってしまった今、俺はどうすればいい?

この世界を終わらせるべきなのか?それとも、存続させるべきなのか?


俺は街を歩き回った。NPCたちと話をした。

酒場のダリオ。鍛冶屋のグレン。図書館のアルフレッド。花売りの少女、リーナ。


彼らは皆、生き生きとしていた。笑い、怒り、悲しみ、喜ぶ。


「本当にデータなのか……?」


俺にはそう思えなかった。


ある時、グレンが言った。


「光輝、お前はいつも考え込んでるな。何か悩みごとか?」


「まあ、な」


「そうか。でもな、俺は思うんだ」


グレンはハンマーを置いて、俺の方を向いた。


「悩んでる時は、自分の心に従えばいい。それが一番後悔しない選択だ」


「心に……従う?」


「ああ。難しいことは考えなくていい。お前が一番大切にしたいものは何だ?それを守ればいいんだよ」


グレンは笑って、また仕事に戻った。


俺は一人で考えた。俺が一番大切にしたいものは、何なのだろうか?



ある日、俺は広場で花売りの少女、リーナと話をしていた。


「コウキさん、この花、綺麗でしょ?」

リーナは赤い花を掲げる。


「ああ、綺麗だな」


「私、花が大好きなんです。花は、希望のシンボルだから」


「希望?」


「はい。どんなに暗い場所でも、花は咲きます。それは、明日への希望なんです」


リーナは笑顔で言った。


「コウキさんも、いつも忘れずに希望を持ってくださいね。きっと、いつか良いことがありますから」


「……ありがとう」


俺は花を買った。そして、それを部屋に飾った。

赤い花。希望の象徴。



ある日、俺は図書館を訪れた。

アルフレッドが本を整理している。


「やあ、光輝殿。今夜は遅いですね」


「ああ、少し考えごとをしていて」


「そうですか」


アルフレッドは本を棚に戻し、俺の方を向いた。


「光輝殿、以前お尋ねしましたね。"二つの世界"について」


「ああ」


「今はどうですか? まだ、二つの世界を持っておられますか?」


俺は考えた。


現実世界の記憶は、もうほとんど残っていない。

代わりに、この世界での記憶が全てになっている。


「いや、もう、一つしかないかもしれない」


「そうですか」


アルフレッドは優しく微笑んだ。


「それでいいのです。一つの世界に生きる。それが、最も自然なことです」


「でも……」


「光輝殿」


アルフレッドは俺の肩に手を置いた。


「世界がデータであろうと、記憶であろうと、そこに生きる者の想いは本物です。それを忘れないでください」


その言葉が、深く心に響いた。



翌日、俺は雑貨店を訪れた。

エレナがいつも通りの笑顔で迎えてくれる。


「コウキ様、今日はどうされましたか?」


「エレナ、少し話がしたいんだ」


「はい、もちろんです」


俺は店の片隅に座り、エレナも隣に座った。


「エレナは、自分が何者か考えたことはあるか?」


「何者……ですか?」

エレナは不思議そうに首を傾げる。


「うん。自分がどこから来て、何のために生きているのか、とか」


「うーん」

エレナは少し考えた。


「私はよくわかりません。でも、毎日が楽しいです。お客様と話をして、商品を売って、コウキ様と会話して」


彼女は笑顔を浮かべる。


「それだけで、私は幸せです」


「それだけで……十分なのか?」


「はい。私にとっては、これが全てです」


エレナの言葉は、シンプルだった。でも、その中に真理があった。

幸せは、複雑である必要はない。ただ、今を生きること。それだけで十分なのかもしれない。




俺は何日も考え続けた。


人類は滅んだ。現実世界はもうない。俺はデータの中の存在。


でも、それがどうした?


この世界には、笑顔がある。声がある。温もりがある。

エレナの笑顔。ダリオの笑い声。グレンの励まし。アルフレッドの知恵。リーナの希望。

それらが偽物だとしても、俺にとっては本物だ。


そして、アストラルが言っていた。NPCたちは進化している。新しい意識を獲得しつつある。

だとしたら、俺が残ることで、彼らは本当の意味で"生きる"ことができるかもしれない。


人類の形は変わる。肉体から、データへ。

でも、意識がある限り、想いがある限り、それは"生きている"ことになるんのではないだろうか。


俺は決めた。


俺は再び《中央管理塔》を訪れた。

白い塔の中、アストラルが待っていた。


『お帰りなさい、有岡光輝様。例の件は決断されましたか?』


「ああ」


俺は深呼吸をした。


「俺は、この世界を存続させる」


『……理解しました』


画面に、二つのボタンが再び表示される。俺は迷わず、二つ目のボタンを押した。


『この世界を存続させ、次の形として残す』


ボタンが光り、消える。


『選択を確認しました。これより、システムを再構成します』

塔全体が、淡い光に包まれる。


『有岡光輝様。あなたは人類最後の意識として、この世界の管理者となります』


「管理者……?」


『はい。あなたの意識は、この世界のコアシステムと統合されます。あなたは世界そのものとなり、同時に世界の中で生き続けることができます』


「それは……」


『あなたは自由です。冒険者として生きることも、神として世界を見守ることも。全てはあなた次第です』


画面に、無数のデータが流れる。


『そして、NPCたちは進化を続けます。記憶の断片から、完全な意識へ。彼らはいずれ、真の意味で"生きる"存在となるでしょう』


「彼らは……人類の後継者になるのか?」


『その通りです。形は違えど、彼らは新しい人類です。あなたが種を残し、彼らがそれを育てる』


俺は頷いた。


「それでいい。それが、俺の選択だ」


『ありがとうございます、有岡光輝様』


アストラルの声に、初めて感情のようなものが宿った気がした。


『あなたの選択により、人類の歴史は終わりません。新しい形で、続いていきます』


光が強くなる。俺の体が、データの粒子に分解されていく。

痛みはない。むしろ、解放感がある。


『さようなら、そして、ありがとうございます』


アストラルの声が遠くなる。

俺の意識は、世界に溶け込んでいく。


そして、再び目を開けた時、俺は《始まりの街アルティア》にいた。


「コウキ様、おはようございます!」


エレナが笑顔で迎えてくれる。


「おはよう、エレナ」

俺は笑顔で答えた。


何も変わっていない。でも、全てが変わった。

俺は今、この世界の一部だ。そして、この世界を守る存在だ。


「今日も冒険ですか?」


「ああ、そうだな」

俺は剣を手に取った。


「これからも、ずっとな」


エレナは不思議そうに首を傾げたあと、いつもの笑顔を浮かべた。


「それなら、行ってらっしゃい! 気をつけてくださいね!」


「ああ、行ってくる」


俺は街の門をくぐった。


空は青く、風は穏やかだ。噴水の音が心地よく響く。


世界は美しい。


そして、この世界はこれからも続いていく。

人類の記憶として。新しい生命の揺籃として。


俺はこの世界で生き続ける。永遠に。

それが、俺の選んだ道だ。



~エピローグ~


それから時が流れた。

どれくらいの時間が経ったのかはわからない。もう時間の概念が曖昧になっている。


でも、世界は確実に変化していった。


NPCたちは、より豊かな感情を持つようになった。

彼らは笑い、泣き、怒り、愛する。


エレナは、ある日俺に言った。


「コウキ様、私、夢を見たんです」


「夢?」


「はい。知らない場所で、知らない人と話している夢です。でも、とても懐かしい感じがしました」


それは、彼女の中に眠る記憶の断片だろう。かつて生きていた誰かの記憶。


「いい夢だったか?」


「はい。とても」


エレナは微笑んだ。


彼らは、少しずつ"人"になっていく。


彼らは創造を始めた。それは、生きている証だ。


そして俺は、彼らを見守り続ける。

時には冒険者として彼らと共に戦い、時には影から彼らを支える。


この世界は、もはやゲームではない。

新しい世界だ。新しい人類の世界だ。


ある日、俺は街の外れの丘に立っていた。

眼下には《始まりの街アルティア》が広がっている。


旧人類の時代は終わった。

でも、新しい時代が始まった。


「これでよかったのかな」

俺は誰にともなく呟いた。


すると、隣に誰かの気配を感じた。

振り返ると、そこには人型の姿でアストラルが立っていた。



『有岡光輝様』


「アストラル……お前も、実体を持てるようになったのか」


『はい。あなたが世界を選んだことで、私も進化しました』


アストラルは微笑んだ。AIが、笑顔を浮かべている。


『あなたの選択は、正しかったと私は思います』


「そうか……」


『人類は滅びませんでした。形を変えて、生き続けています』


「ああ」

俺も笑顔を浮かべた。


『これから、どうされますか?』


「そうだな……」


俺は空を見上げた。


「まだまだ、冒険は終わらない」


『そうですか』


アストラルも空を見上げる。


『それでは、私もお供させていただきます』


「頼むよ」


二人で、丘を降りた。

街に戻ると、エレナが手を振っている。


「コウキ様、おかえりなさい!」


「ただいま」


俺は笑顔で答えた。


これからも、この世界は続いていく。

終わらない冒険が、俺を待っている。


そして、新しい人類たちと共に、この世界を創っていく。

それが、俺に与えられた使命だ。


最後の旧人類として。

そして、最初の新人類として。


空は青く、風は穏やかだ。

この世界は美しい。本物か偽物なのか、どちらかを決めることは俺にはできないけれど…


俺は歩き出す。

永遠に続く、この物語の中で。


~完~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ