第2節 残滓
◆2-1 沈黙
白炎が消えてなお、焦げた匂いは夜明け前の空の下に居座り続けていた。
「ストレッチャー通すぞ! 生存者2名!」
救急隊員の掛け声が響き、社長と同僚が運ばれていく。
段象が救急隊に状況を伝え、兎は祈りの余韻で震える手を押さえながら現場の通信を整理していた。
そして――戌亥は壁にもたれかかって座っていた。
頭の奥がぐわりと揺れている。
右手は痛みではなく、脈動というより――何かが体内で暴れている。
ドクン ドクン ドクン
(……心臓じゃない。腕が鼓動してる……)
白炎を吸ったあと、ずっとだ。
兎が駆け寄る。
兎「戌亥くん! 止血ちゃんとできてる? 意識は? 目まい、頭痛、吐き気、幻覚、記憶混入、情緒乖離、骨の悲鳴――」
戌亥「最後のやつなんなんだ……」
そう返したつもりだった。だが声は掠れていた。
段象が歩み寄り、短く命じる。
段象「医療班を呼べ。戌亥、立てるか?」
戌亥「大丈……」
言い終わる前に、視界が揺れた。
ドクンッ
白炎が、視界いっぱいに噴き上がる幻影。
焼ける叫び声。
島の憎悪。
笑い声。
涙。
戌亥「……ッ……!」
兎「戌亥くん…!?戌亥く…!!!」
身体が宙に浮いたように軽くなり――
そのまま、暗闇に沈んだ。
───────
暗闇の中に、誰かいる。
「なんやぁ、無茶ばっかりしとんなぁ。」
聞き馴染みのある。懐かしい、温かい声だ。
「ワイ…まも… っ るさかい…。お前は…イから…れん や。」
声が遠のく。
(待ってくれーーー。)
「せや… チカ…まも …。」
「ワンちゃん。」
________
◆2-2 目覚めと来訪者
目を開けると、特異対策局の簡易医療室の天井。
点滴。包帯。
枕元には、なぜか真守ちゃんから貰った犬のストラップ。
隣には、椅子で眠りかけている兎。
(俺、気絶して……)
カーテンが揺れた。
「起きたか。悪くない回復速度だな」
無表情で眼鏡を押し上げた男――
根津、特異対策局 調査が乙班班長。
根津「右手を見せろ」
拒否する隙もなく袖をめくられる。
黒紋は、明らかに面積が広がっていた。
根津は眉ひとつ動かさず、淡々と観察する。
根津「異能の発現か、呪いの侵蝕か。……判断が難しいな」
戌亥「……俺の右手は、、島に呪われたんですか」
根津「島に…か。
それは正しくもあり、間違いでもある」
根津は無機質な声で続ける。
根津「そもそもこの業界での“異能”は大別すると二種だ。」
◯ 被呪発動型 ― 呪いに侵食された結果、力に変換される
例:段象は眠れない呪いにかかったが、その呪いを乗り越え眠れない代わりに完全記憶と超集中(ゾーンの意識的発動)を行える。また、眠れないということは気絶や意識の消失もない。
◯ 呪術型 ― 自ら呪いを扱い能力として使う
基本的には、負の感情をエネルギーとし呪いを発動させる。
(呪印や呪具、儀式、契約といった媒介を通す場合もある)
根津「お前はどちらか。あるいは……」
言葉が途切れる。
眼鏡の奥の目が、わずかに細まった。
根津「それらに属さない第三の異能かもしれないな…。」
「第三……?」
根津「稀にいるんだ。呪ってもない、呪われてもない…。祈りでも、、生贄や代償も無く、、、特殊な力を発動させるものもな。
魔術だの奇跡だの呼ぶやつもいる。」
戌亥の背筋が凍る。
根津「まぁ、お前の場合はどうだろうな。
そもそも異能の力なんてものは千差万別。ハッキリ言って"何が起きても不思議じゃない"。」
根津「ただ、お前が島に対してやってみせたことは危険と捉えるやつらもいる。
…うちの上層部にもな。」
戌亥「危険……ってのは、“俺が”?」
根津「ま、、そういうことだ」
根津は淡々と立ち上がり、背を向けて言う。
根津「ひとつ忠告しておく。
――フードの男だけじゃない。厄介な奴らがお前に注目している。」
一拍置き、どこか温かみのある口ぶりで
根津「まぁ、俺もそのうちの一人だな。少しだけお前には期待しているぞ。」
そのとき
兎が寝返りを打ち、
「んぁ……カステラ……」と呟く。
空気の重さに釣り合わない間の抜けた寝言。
根津は小さく鼻で笑い、出て行った。
戌亥は胸の奥がぞわつくのを感じた。
(根津さん……)
───────
◆2-3 丙班の息抜き
翌日――
兎「丙班、今日は完全休暇でーす!!
寝ろー!そして食べろー!
そんでもって寝ろー!」
兎がテンション高く宣言し、段象はソファに死体のように倒れ込んだ。
兎「段象さんはまず強制睡眠!!もう何日寝てないですか!」
段象「そうだな……2週間くらいか…。」
兎「今日はなんと甲班もオフらしいのです!つまり…」
段象「、、、。」
兎「馴染さんが本部にいます!!!」
戌亥「馴染さん…?」
戌亥は聞き覚えの無い名前にきょとんとした。
兎「えっ、戌亥くんその顔可愛い…!!」
戌亥「…は?」
段象「馴染さんか…俺あの人苦手なんだよな…何考えてるのか…。」
兎「祈り子のエースに向かって失礼な!!とりあえず甲班の部屋行くぞー!あ、戌亥くんは待ってて!段象さん引き渡したらすぐ戻るから!」
午後――
兎が張り切って大量に昼食を作る。
戌亥「つくってくれるのは嬉しいんだけど、、全部茶色いね…」
兎「揚げ物は正義です!!!」
戌亥「いやうまいけども」
夕方――
隊舎の娯楽室でゲーム大会
兎「格ゲーはね……私は強いよ」
戌亥「容赦なさすぎないか?」
段象「zzz」(ソファで爆睡中)
夜――
外で少し散歩
兎「戌亥くん、初任務お疲れ様!よく、無事でいてくれたね。」
兎「私も段象さんも、今回の任務では君にとても助けられたよ。
これからもよろしくね。」
真っ直ぐな言葉。
戌亥は
「もちろん」
と言って返す。
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◆2-4 アクマ
まだ外は暗いままの早朝。
寮の自室。 電気を消しても、目を閉じても戌亥は眠れていなかった。
常に右手がうずく。
ドクン…… ドクン……
戌亥(異能の力…。思えば犬童の鬼の籠手も、ギン子ちゃんの幻覚も…異能の力なんだろう。)
うずく腕をさすりながら――大学のことを思い出す。
皆…元気にしてるかな。
懐かしい気持ちになっていたその瞬間。
『断罪断罪断罪断罪断罪断罪』
突然脳の中心に直接落ちてきた声。
『もっと奪え。もっと呪え。もっと燃やせ』
戌亥「うッ…グアウウ…」
背筋が総毛立つ。
戌亥「ちがう……俺は……呪いなんて……」
『嘘をつくな。お前も俺と同じ。復讐の炎を燃やしているはずだ。』
息が止まる。
『目の前で、親友は自分の頭を握り潰させられ死んだ。』
『忘れたのか…?』
右手の黒紋が、脈動とともに“怒っている”ように見えた。
ドクン ドクン ドクン
「…忘れるわけ…ないだろ!」
腕を振り、机を叩いた衝撃でスマホが転げ落ちた。 そのスマホの画面が点灯し、ポップアップが表示される。
【段象:新規依頼だ。】
そしてすぐに
メッセージの通知音──
『起きたらすぐに集合』
『北稲荷山で複数の呪詛師が集結しているとのこと』
鼓動が早まる。
気持ちと裏腹に、右手が喜悦のように疼いた。
ドクンッ
呪詛師ーーーー。
(……行かなきゃ……!)
部屋を飛び出し走る。
だが角を曲がった瞬間、誰かにぶつかった。
中性的でまだ幼い顔立ち…しかし底の見えないアクアブルーの瞳。
少し伸ばした白い髪の少年(?)
白髪の男の子「おぉ!どうしたんですかこんな朝早くに!」
戌亥「依頼が入ったと班長から連絡があって…。」
白髪の少年は間髪入れずに話し始める。
白髪の少年「もしやアナタが噂の丙班新人くんですか!
戌亥「そ、そうだけど⋯。」
白髪の少年はアクアブルーの瞳をキラキラさせながら背を向ける。
白髪の少年「ついてきてください!次の依頼は、甲班と丙班合同だそうですよ!」
声は、女の子のようだった。
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第2節「残滓」 END
第3節へ続く
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