第1節 白炎の摩天楼
第1節 白炎ノ摩天楼
1-1 調査課・丙班
犬童の死から、一ヶ月が過ぎた。
泣き叫ぶことも、怒りで壁を殴ることもなくなった。 代わりに、静かに、静かに燃えるものだけが胸に残っている。
「報いを受けさせる」
その言葉だけが、朝起きる理由であり、夜眠れる理由だった。
◇
特異対策局の宿舎の朝は早い。 六時のチャイムと同時に、施設全体の照明が切り替わる。
戌亥はベッドに腰掛け、ぼんやりと天井を見ていた。
一ヶ月近く住んでも、どこか別世界の部屋に感じる。
枕元には、手のひらサイズの犬のストラップ。 リュックに付けると落とすんじゃないかと言われ、外されたまま置いてある。
——親友の声はもう、二度と聞こえない。
その重さに耐えるように目を閉じたその時、部屋の通信端末が震えた。
《根津:配属先が決定。九時、本部第二会議室に来い。》
短い通知。
だが、それだけで胸が微かに波打った。
(ようやく……現場に出られるのか。)
身支度を整え、再びストラップを一瞬だけ見つめ、宿舎を出た。
◇
特異対策局 本部
第二会議室
モニターと資料ボードの並ぶ無機質な会議室の中央で、二人の人物が待っていた。
ひとりは細身で黒いパーカー姿の青年。 襟足の伸びた金髪を一つにまとめ、こちらをジッと睨みつけてくる。
もうひとりは、背中まで届くような長い髪とスーツ姿の女性。 椅子に座ったまま、戌亥を見るなりにっこり微笑んだ。
「おはようございます!
あなたが"噂の"新人さんですね!」
女性は勢いよく立ち上がり、手を差し伸べてきた。
兎「調査課・丙班オペレーター、山野 兎です!よろしくお願いします!」
明るく柔らかい声。
だがその笑顔の裏にどこか“底知れなさ”を感じる。
オペレーター…
祈り子や巫女とも呼ばれる。
説明を受けたが、呪いと対を成す"祈り"の力で、怪異事件の調査を補助する者。
基本的に現場に出向く調査員2人と、オペレーター1人の計3人で一つの班を編成すると聞いた。
兎の明るい笑顔とはうってかわって、
未だにこちらを睨みつけてくる黒いパーカーの青年が立ち、口を開いた。
段象「……丙班班長の甲斐 段象。年は二十。
今日は疲れてるからあんま喋れない。よろしく。」
兎「今日"は"疲れてる。じゃなくて、今日"も"疲れてるでしょ!
ごめんね戌亥くん。
いろいろあって
ダンゾウのやつ、最近眠れてなくて、、、。
目つき悪いのは生まれつきみたいだけど!」
戌亥「あ…はい。大丈夫…です。」
確かによく見ると、睨みつけているように見える目の下には深いクマがある。
戌亥(俺より年下で…この人が……班長?)
戌亥の戸惑いに気づいたのか、段象はため息をつき、
「前の班長が死んで、繰り上がっただけ。実力も経験も足りねぇ。……まぁ、現場じゃ力は出すから安心しときな。」
続けて兎もこちらを真っ直ぐに見て言った。
「戌亥隼人くん。
君のデータは読んだ。
メディカルチェック、身体テストの結果として、"呪いに対して異常に高い耐性を持つ"。
“禍者”って呼ばれてたんだって、本部も君の噂でもちきりだよ。」
静かな声に、兎がそっと付け加える。
「本部はね、あなたを“呪いへの盾”として期待しているんです。」
“盾”
その言葉に、どこか違和感を覚える。
そもそも、親友すら守れなかった時点で、盾にすらなれようもない。
胸の奥が熱く疼いた。
段象が資料を閉じ、問いかけた。
「盾なんて言い方してるが、要はテイの良い弾除けってこった。
この仕事をしている以上
"簡単には死なない"
ってだけで重宝されるもんだ。」
言い方は粗いが、声にはどこか優しさがあった。
戌亥は息を吸い、答えた。
「……盾でもなんでもいい。とにかく、俺の目的に近づくのなら何でもやるさ。」
兎も段象も、戌亥の言葉に静かに微笑むだけ。
兎「とりあえず今日から、丙班はあなたを含めた三人です。
私も祈り子として、あなたを死なせないように祈りますが……
無茶はほどほどに、ですよ?」
段象がジャケットを羽織り、扉へ向かう。
「新人歓迎会とかやってる暇はねえ…。
すぐ現場だ。 連続猟奇殺人事件の依頼が来てる。」
扉の前で振り返り、言葉を落とす。
「"蕾女学院惨殺事件"。
現場は警察じゃもうお手上げだとよ。
……呪詛師が絡んでる線が濃厚だ。」
呪詛師。
血の音が蘇る。
犬童を殺した“あの男”の声が脳裏に響く。
戌亥の視界の奥に黒いノイズが走った。
段象「行くぞ。清めの時間だ。」
この日を境に——
戌亥は怪異の現場へ戻っていく。
復讐のはじまりと共に。
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1-2 復讐の炎
特異対策局の車の中、急ぎ現場「アイテクノロジー本社」へと向かう。
道中で、今回の事件について段象が説明をする。
段象「今日の昼前、14階建てのアイテクノロジー本社ビルで大規模な火災が発生。」
段象「急ぎ警察と消防が駆けつけ、鎮火作業に入ったがーー」
戌亥(なぜか、13階より上は"白い炎"が出ており、今もまだ燃え続けている…)
段象「この白い炎、、高熱は発しているが、通常の炎とは違い延焼はしないそうだ…
特定の何かを燃やし続けている。」
兎「しかも発火から数時間経っているのに、白い炎による燃焼物は"燃え尽きることが無い"そうです。」
段象「水をぶちかけたり、消火剤をなるべく至近距離からぶちかけても消えない」
段象「間違いなく、呪いによって生み出された炎だ」
戌亥(呪いの炎…呪いによる効果や現象は千差万別。
消えない炎という摩訶不思議なものが生まれてもおかしくはないということか…。)
段象「現場に着く前に俺と兎の力を説明しておく。
そのうえで、今回の作戦を伝える。」
段象「俺の呪い…いや異能は"超集中"と"完全記憶"だ。任意の場面でゾーンに入り、更に見たものや聞いた音を記憶することができる。その代償として眠ることが出来なくなったがな。
そしてーー」
兎「私の祈りは"感覚強化"と"感覚共有"です。ある程度の範囲内にいる人の第六感を含めた感覚を1つ強化することが出来ます。また、同じく範囲内にいる特定の人と感覚を共有することもできます。
…それぞれ、使用中は祈りを受けている者の感覚が1つ、無作為に消えてしまいますが…。」
異能と祈り
特異対策局に所属する者はそれぞれ、呪いと関わる上で何らかの異能を持つことが多い。
それは言ってしまえば呪いと同義なのだが、異能の力を使って特殊な能力を使いこなし怪異事件の調査をする。
調査の中で、呪いと長時間接したせいで異能に目覚める者もいるそうだ。
そして祈りの力を持つ者がオペレーターとして調査員を補助する。
基本的にそのような編成で調査が行われる。
段象「そんで戌亥、お前の異能はまだ具体的には分かっていないが、少なくとも呪いへの耐性は相当高いことはわかっている。
配属前のチェックで、色々な道具を触ったりしただろ?」
戌亥「あ、あぁ。万年筆とか、古い刀とか触らせられたな…」
段象「あれは特異対策局が保管している呪具だ。だがその呪具の呪いも、お前には特に効いてなかったそうだ。」
戌亥(呪具を触らせてたのか…なんて危ない組織だ…)
戸惑う戌亥
段象「とりあえず、作戦はこうだ。
現場に着いたら、兎の感覚強化で俺の第六感を強化し、更に俺が超集中をする。
その上で、俺の第六感をお前に共有させるから、お前が現場に先に入って調査をしてくれ。」
兎「突然危険な役割で申し訳ないけれど、戌亥くんにしか出来ないの。
危険を感じたらすぐに撤退してほしい。」
戌亥(盾というより、槍、、だな。)
話しているうちに、丙班の車が
焦げた空気の中に滑り込むように停まった。
赤色灯、規制線、煙。
だが──異様なのはそれらではない。
上空を見上げれば、ビルの12階より上が
白く燃えている。
段象「通常の火災は鎮火済み。問題は……あの“白い方”だ。」
兎は震えた声で付け足す。
兎「本部からも、あれは呪いの類という情報がありました。
一般的な延焼はしないのに、消えることもない……死者も消えない……」
戌亥「死者……?」
兎は頷き、唇を噛んだ。
兎「……何人も、中に“いる”ままだそうです。
燃えて、燃え続けたまま。」
血が逆流するような嫌悪感が込み上がる。
段象は鋭く指を鳴らす。
段象「とりあえず行くぞ。白炎が広がる12階から制圧していく。
まずはフロアの“構造”と炎の法則を読む。
お前なら耐えれるかもしれないが、念のため白炎には触れるな。」
戌亥の喉が硬く鳴ったが、それでも頷くことを選んだ。
◇
12階——経理課フロア。
扉を開いた瞬間、鉄とタンパク質が燃えた匂いが押し寄せた。
室内の壁、天井、床、書類……そこら中が白炎に照らされ、蒼白い影を落としている。
そして椅子に固定されたように黒焦げた人物が、
二人、三人……いや、十数名。
声はない。だが、声が“聞こえる”気がする。
焼けただれる皮膚の奥で、悲鳴がまだ燃えている錯覚。
戌亥は無意識に拳を握りしめる。
(どれほどの恨みや絶望があれば、ここまでのことができるんだ…)
そのときだった。
兎「止まって! 戌亥くん、それ以上近づいたら白炎に触れます!!」
気づくと、目の前に白炎。
足先の30センチ前で燃えている。
戌亥「危なかった、、そうだった。今俺は祈りの影響で触覚機能が無くなっている…。」
段象「今回俺は味覚のようだから影響が無いが…。早く慣れろよ。熱さや痛みも感じなければ、歩くのもままならないはずだ。
その代わり第六感は研ぎ澄まされているはず。
上手く使え。」
まるで誘うように静かに燃え続ける白炎。
研ぎ澄まされた第六感でも、その白炎には敵意や危険を感じない。
胸の奥で何かがうずいた。
犬童の死の夜、燃え盛る黒と白が混じり合う中で
確かに何かが自分の内側に流れ込んだ感覚。
触れてはいけないと分かっているのに、足が勝手に動いた。
戌亥(これも…第六感の感覚なのか?触ることが出来る…気がする)
兎「な、なにしてるの!?」
戌亥の右手が炎に触れた。
刹那──
ドクン
白炎の光が濁り、右腕へと流れ込むように吸収される。
兎「さ、下がって戌亥くんッ!!右手が!」
戌亥の右手に、黒い紋と光の線が走る。
雷光のように生き物じみて蠢く。
ーそのときーー
「島さん、横領してたんだって…」
「マイホーム買うとか自慢してたしな…いい気味だ。」
「やるやつだと思っていたよ…。」
誰かの声が、記憶が…
体の中で反響する
そして、目の前の白炎が、
音もなく消えた。
燃えていた人間は椅子の上に炭として残ったまま、炎だけが消滅した。
悲鳴が燃える音が、1つ減った。
兎「……な、何が起きたの?
あの炎は、戌亥くんの中に……?」
段象は短く息を吐いた。
段象「ただの“耐性”じゃねぇな。
……まるで、、呪いを喰いやがった。」
戌亥は震える右手を握りしめた。
(炎を吸ったとき──
焼ける音や、泣き叫ぶ声と同時に、感情が全部……胸に入ってきた気がした。)
(もしこれが……俺の力なら。)
(消せる。)
戌亥は同じ要領で、12階のフロアに広がる白炎を消して周る。
そのとき、炎とともに様々な感情や記憶が見えた。
そのどれもが"島"という男への蔑みや嘲笑。
恐らくーーーー
戌亥「この白炎は島というこの会社にいた男のものだと思う…。」
段象「何か…感じたのか?」
戌亥はいま自らの身に起きたことをありのまま話した。
兎「呪いは負の感情をエネルギーとして発生します。もしかしたら戌亥くんは、呪いと共に負の感情すらも吸収してる…?」
段象「考察は後だ。とりあえずこの階はあらかた消火した。上に行くぞ」
◇
13階——会議室フロア。
白炎に覆われた、とある会議室 。
その中央には、白炎により3人の人間が悶えていた。
また先程の要領で戌亥は白炎を吸う。
「横領」「裏切り者」「家族のため」といった感情と記憶の濁流。
どうやらこの部屋で、島という男は尋問のような聞き取りを行われ、断罪されたようだ。
しかしどう感情や記憶を読み取っても、清々しいほどに島の逆恨み。
横領を行い、それがバレてクビになった。
戌亥「擁護のしようがないな…」
兎が小さく肩を震わせた。
兎の祈りによる第六感で安全なルートを描き、戌亥が白炎に触れて鎮火。
13階の炎も消失。
段象「……残りは14階、“社長室”。
第六感で感じるが…呪いの大元がそこにいる。戌亥の言うことが確かなら、、、島がそこにいる。」
戌亥の胸の奥が、再び熱を帯びた。
(最後の階だ。ここで終わらせる。)
◇
社長室前。
鎮火した後から登ってきた段象と合流する。
段象「兎、共感はもう切っていい。それから、、俺の聴覚を強化してくれ。」
共感によって感じていた呪いの痕跡や、危険意識が途切れる感覚を覚える戌亥。
それと同時に無くしていた触覚が戻り、極限の熱気に襲われる。
戌亥「ぐ…。」
そして段象は目を閉じて
増幅した聴覚と、超集中により社長室の中の音を聞き取る。
段象「扉を入ってすぐ右側から足音と声。
"罪を…償え…。"えらく興奮しているな。呪詛師に間違いない。
あと、部屋の奥に2人分の声がする。まだ生きてるぞ」
戌亥(こんな熱さの中で…凄いな、、この人は)
段象は懐から黒光りする古い万年筆を取り出した。
段象「……。これは丙班の前班長だった男が持っていた呪具だ。持てば、直近3日分の日記を無意識に、かつ鮮明に書かせる。それに持っている間は手以外金縛りにあい動かなくなる。」
段象「……良いか。呪詛師は生きたまま捕縛するのが最善だ。
本部に連れ帰って、この万年筆で今回の事件を描写させる。」
戌亥「段象さんは動けてるんじゃ…」
兎「もう書いてました!車内で。昨日は眠れない間折り紙でカブトをーー。」
段象「黙れ兎。」
兎「ぴぇん。」
段象「戌亥、行くぞ。」
戌亥は扉に残る白炎に手を伸ばし、吸収する。
通路が開く。
最後の部屋へ──
白炎の元凶へ。
────────────────────────
1-3 狂気の断罪者
14階——社長室。
扉を開いた瞬間、息を飲んだ。
視界が白で満たされる。
だがそれは光ではない。炎だ。
燃え盛りながら、強烈な熱気が肌を焦がす。
しかし燃え移ることはない。
その白炎は醜くもどこか美しい。
部屋の中央、島の呪いの記憶にあった社長と同僚らしき者が椅子に縛り付けられている。
手足だけが白炎に焼かれながらなお、叫び生きていた。
手足の皮膚は割れ、筋肉が炭化し、眼球が乾き涙も出ないようだ。
社長「たす…ケテ…!アヅい…アヅイんだァ…」
戌亥「まだ、生きてる!」
その前に——男が立っていた。
島 大作。
革靴が焦げ、スーツは焼け焦げて捲れ、
顔面は炎に照らされ赤黒く、目は涙か汗かもわからぬ液体に濡れていた。
だが、笑っていた。
島「……断罪だ………!」
声が震え、哀号のようにも歓喜のようにも聞こえる。
島「俺はな……間違ってないんだ……!家族を幸せにしたい、俺も幸せになりたい。
そう思って何が悪いんだ?
お前らに、俺を、俺の家族を地獄に突き落とス権利ナドあるのか?
楽には死なせない。
…断罪だよ。」
戌亥「やめろ!」
島「誰だ…?」
段象「特異対策局の者だ。お前を呪詛師と認定し拘束させてもらう。」
島「拘束…?オイオイ…オイオイオイオイ!
またか?!
まだ俺の邪魔をする奴がいるのか!?
はぁ〜〜〜〜。」
島「断罪だ。」
島「断罪。断罪。ダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイダンザイ」
狂乱した島の両腕が白炎に包まれた。
炎は腕の形を保ち、鎧のように密着している。
段象が低く唸る。
段象「……あれは“白炎の鎧”。呪いの矛先が俺らにも向いてる今、触れた瞬間焼かれるぞ。」
戌亥は社長たちの白炎を消そうと駆け出す。
島「来るなッ!!!!」
咆哮とともに島の拳が振り下ろされ、白炎の衝撃波が爆ぜた。
壁の木材が炭化しながら砕け、戌亥の身体が吹き飛ばされる。
戌亥「ぐッ……!」
呪いの耐性?とやらのおかげで、燃えることはない。
だが、衝撃をモロに食らった。
島は荒い息を吐きながら、しかし恍惚と微笑む。
島「燃えるんだよ……裏切り者は……俺を笑った奴らは……みな燃えルんだ……
なあ……見ろよ……いい景色だロ……?」
まるで愛おしいものを見る目で、炎に焼かれる悶える社長たちを眺める。
兎が震える声で呟く。
兎「……完全に呪いに飲み込まれてる……!」
島はゆっくりと首を傾け、戌亥を見る。
島「お前も……誰かを焼いたことくらい、、あるだろ?
怒りで、絶望で……
忘れられないほど憎い誰かがいるだろ……?」
戌亥の胸が脈打つ。
一瞬、犬童の笑顔と、あの“黒い霧”が脳裏に過った。
島「だったら……焼こう。ミディアムじゃない。
ウェルダンだ!!
香ばしいぞ楽しいぞ……!
俺と同じところまで堕ちて昇って断罪ダァォォ!!」
島の動きが一瞬で加速。
白炎の拳が迫る——
そのとき、
迫る島を段象が横から体当たりして吹っ飛ばす。
段象が言う。
段象「俺がこいつを止める!
視界共有だ、兎!!
“島の視界”を俺に共有しろ!」
段象「聴覚がトンだか…。だがいいね。吐き気がするほど腐った声が聞こえなくなった。
戌亥、お前の声も聞こえないから勝手に話すぞ。
フロアの状況から見ても、コイツの白炎は感情を向けている相手にしか燃え移らないようだ。」
段象「俺がコイツの視界を見ながら足止めをする。
そしてアイツには俺の視界も重なって見えてるだろうし、何かしらの感覚機能が失われている。
この感覚に慣れないうちはアイツの動きは鈍くなるはずだ。
隙を見てあの二人の炎を消して、外に逃がしてくれ。」
焦げる社長の顔。
歪む同僚の表情。
白炎の拳が振り下ろされ、段象は寸前で身を翻す。
島の拳は床を抉り、炎が瞬時に柱を溶かす。
段象「島の視線を読みながら合図をする。
時間もない、聴き逃すなよ!!」
島は笑いながら泣き叫ぶ。
島「違うんだよォ……俺は……!
あ、大学合格おめでとう!親孝行な娘を持テテ、俺はシアワセモノダぁ…。
違う!ソイツだ!俺に競馬を誘ってきやがった……ッ。
金がなくてよお。
なんで……なんで俺だけ……!!!」
発する言葉も、動きももはや滅茶苦茶だが、速さと殺意は異常だ。
だが視界共有の効果で、段象は一手先を捉え続ける。
島「アー…ルミちゃんに会いに行こう。シャンパン入れちゃうぞぉ…でも経理の仕事はセキニンジュウダイ♪会社をせおって戦うぞぉ。」
島は戯言を吐きながら、しかし目にも止まらぬ早さで段象に殴りかかる。
戌亥(いくら先読みが出来ても、身体能力に差がありすぎる。
いつか捕まる…!)
戌亥(このままじゃ…!!)
島「オメデトウゴザイマースオメデトウゴザイマースオメデトウゴザイタースオメデトウゴバイマース」
(右肩 → 左足 → 回し蹴り → 壁から跳ねて叩きつけ——)
段象「ここで避ければ…!」
動きの先読みでわずかな隙が生まれる。
段象「今だ戌亥!!社長たちの炎、先に消せ!!」
戌亥は島の跳ね上げた瓦礫を踏み台にし、
白炎の拘束に包まれた社長と同僚へ飛び込む。
島「あっ♪やめろぉおおおあああああ!!!!」
白炎が触れる直前、戌亥の右手が伸びる。
触れた瞬間——
ドクン
白炎が吸い込まれ、黒い紋様が右手に走る。
社長の焼けただれた皮膚から、微かに息が漏れる。
続けて同僚の炎も吸い取る。
島の叫びが絶叫に変わる。
島「やめろやめろやめろやめろ!!!
俺から……俺の“復讐の炎”を奪うなぁぁぁぁぁ!!!!!!」
白炎が島の全身で暴れ狂う。
炎は身体から吹き荒れ、部屋の床と壁を舐めるように走る。
島はもはや人間ではなく、"人型の白い炎"となった。
戌亥は社長と同僚の呪いを通して島の恨みを見た。
──そこにあるのは、
ただ懸命に会社を想って、働く社長と同僚に対するひとりよがりで一方的な憎悪。
横領した金で散財し、果てに家族へ見栄を張りマイホームを買う男の背中。
しかし一瞬、
家族の写真を抱きしめ、
土下座し、
靴を舐め、
それでもクビを言い渡され、
ただ崩れ落ちた男の絶望も映る。
その瞬間、島の目から涙が一滴だけこぼれた。
島「……俺は……守りたかっただけなんだ……
笑っデ欲ジガっただゲなんだよォォぁ゙……
俺の……ガゾクに……」
段象「すまねぇが、俺は限界だ。少しだけ時間を稼いでくれ戌亥!
俺が二人を下の階へ連れていき、消防へ引き渡してくる!」
戌亥「わ、わかりました。」
白炎を触れられるのは、消せるのは、戌亥しかいない。
合理的な段象の判断。
島「キャッキャッwwママ〜、お菓子が無くなってるよォォ。」
炎の加速による高速移動。
直線的だが、だからこそ疾く、重い一撃一撃が戌亥を襲う。
戌亥(身勝手な感情で、、私欲を満たし、、人を呪い、、
あまつさえ家族の為だと…)
島「コノ経費申請は通リマセン…。稟議はタダシク書いてくだぁさい。」
島の手から放たれる白炎の放射が戌亥を直撃する。
戌亥「ウガッ…!」
炎による熱や延焼は無くとも、衝撃だけで凄まじいダメージ。
戌亥「身勝手な…感情で…!!」
再度炎のブーストを使い、高速移動で戌亥に迫る島。
炎に包まれた顔は、笑いながら涙を流しているようだ。
戌亥「人を…呪うなァァァァァァァァァ!」
戌亥が右拳を突き出す。
その手から、白炎が龍のようにうねり放たれる。
直線的に突っ込む島へ直撃し、
真っ白な火花が彼岸花のように弾ける。
島「ンガナガガガ!?ガナガ!?!?ガガナガガガガガナワナマガナナナナナナ」
島と戌亥の白炎がぶつかりあい互いに衝突しあい、押し合う。
戌亥は血だらけの体を引きずりながら、白炎を照射しつつ島へ一歩ずつ近づく。
戌亥「お前は…、人の命を呪いで塗り潰す奴は…全員地獄へ送り返してやる…!!!」
島「許してクダサイ…許してください…クビだけは、カゾクモイルンデス…」
そして、戌亥の左手が島の、島の形をした白炎の首元を掴む。
島「……だけど……燃えてる顔を見るの……最高だったナァォォォォ!!!!!!!」
島の叫びと共に、
炎が島自身へ逆流した
島の涙が白炎に触れ、島の体が内側から爆ぜる。
白炎が島の身体ごと包み込み、
骨の形を浮かび上がらせるほど強く燃え上がる。
島「俺は……間違って……なかったよなぁぁぁ……!?
なぁぁぁぁ……俺は……!
俺はァァァァァァァァァ————」
声は炎に飲み込まれた。
白炎が爆散し——
そして消えた。
そこに残っていたのは、
黒く崩れた燃え殻だけ。
戌亥は拳を握りしめ、崩れ落ちそうになる膝を支えるが、気が抜けたのか、それとも島の呪いを吸い取った影響か、意識が混濁していた。
兎は小さく泣きそうな声で呟く。
兎「……ひどい……こんなの……」
急ぎ戻ってきた段象は島の燃え殻の近くへ歩き寄り、屈み込む。
段象「……捕縛は、、失敗だな…。」
兎「仕方ないです…。
想定以上に強力な呪詛師でした…。本来ならこのような戦闘依頼は甲班や封魔班の管轄ですし…。」
段象「言い訳は無しだ…。少なくとも、2人の命を救えただけ、良しとしよう…。」
段象「ん…?」
段象が島の死体を確認する。
炭化した皮膚の左胸に、
黒い紋様の印が刻まれていた。
段象「呪印…?」
兎が震える声で言う。
兎「……人に…呪印を……!?」
段象は立ち上がり、低く唸る。
段象「とんでもねえな…。
島が呪詛師なんじゃねえ、“呪印によって動かされていただけ"ってことか…?
一般人の呪い程度でこの規模の呪災は起こせない……だから本部も呪詛師と断定していたが…。
誰かが島を“生きた呪霊”にしたんだ。」
兎「そ、そんなことが可能なんですか?呪いに精通しているわけでもない人間を呪詛師クラスの呪災を引き起こすほどの呪霊にする…なんて。」
段象「聞いたことはねえ…だが、呪詛師が呪災を引き起こすほどの呪具を作り上げることはある。呪印があるということは、原理が同じなら、可能かもな…。」
兎の胸の奥で脈打つ鼓動が早まる。
兎「そんなことが出来るなら…
国中が呪災で溢れます…。」
段象「これ以上は本部に引き継ごう。俺達程度じゃ測れねえ。」
意識が整理できつつある戌亥に段象が話しかける。
段象「とりあえず…行くぞ。」
戌亥「あぁ、、」
(呪詛師…。必ず……見つけだしてやる……)
右手の黒紋が脈動する。
(必ず殺す。あの男を。)
こうして——
戌亥、段象、兎の丙班は
最初の事件を終えた。
だがそれはほんの序章。
呪詛師たちの影は、既に街全体を覆い始めていた。
第2節へ続く。
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