第3節 解放
ドサッ
イノルンジャーの赫に刺され、総裁の倒れた。
それから庭に、静寂が満ちた。
先ほどまで響いていた悲鳴も、怒号も、血の匂いすら――
まるで最初から存在しなかったかのように。
倒れ伏した総裁の身体の向こう側。イノルンジャー達の背後から、蛇神はゆっくりと歩み出た。
総裁が倒れたというのに、黒羊家の者たちは誰一人として動揺していない。
もはや人形のように"微動だにせず"足元の死体を見下ろしている。
対して蛇神の足取りは軽く、
まるでこの屋敷が“自分の庭”であるかのようだった。
蛇神「……騒がしくしてしまったね」
戌亥は、喉の奥が張りつくのを感じた。
目の前の男からは、これといった殺気も、呪力の奔流も感じない。
――それが、何より不気味だった。
蛇神「だが、安心してほしい。
総裁ーーー彼の“役割”は、終わった。」
去「……役割、だと?」
蛇神は、ふっと口角を上げる。
蛇神「黒羊家はね、非常に優秀な一族だった。
陰陽を体系化し、式神を生み出す。
術式を刻むのも、黒羊家の秘術。」
蛇神は、倒れた総裁を一瞥する。
蛇神「だからこそ――、掌握するまでは彼の下に就いた。」
戌亥「掌握……?」
蛇神「ええ……。すでに、黒羊家は私の支配下。」
蛇神は、屋敷の奥へと視線を向けた。
総裁の周りだけではない。
回廊の影。
庭木の裏。
障子の向こう。
そこに――人影が、ある。
黒羊家の術者。
使用人。
護衛の式神。
誰一人、逃げず。
誰一人、驚かず。
ただ、蛇神を見ている。
蛇神「彼らは皆、理解している。」
戌亥の背筋に、冷たいものが走った。
蛇神「もう“黒羊家”という器は空だ、ということを」
去「……てめぇ、何が目的だ。」
蛇神は、ゆっくりと去を見て話す。
蛇神「総裁も言っていただろう。戦争の余波で、この世は既に呪いに満ちている。」
蛇神「彼はこの小さな"箱庭"の世界で、式神を使役し、呪霊を駆除し、呪いに対抗できない弱い人々を統治・管理しようとした。」
蛇神「だが……」
蛇神は、指を一本立てる。
蛇神「世界を管理する者が神ではない。
"世界を創り出す者が神なのだ"。」
戌亥「世界を…創り出す?」
蛇神「そうだ。
弱者は捨て置けばいい。
呪霊だろうが、呪詛師だろうが…
呪いに満ちた広い世界で、生き延びられる者だけが自由に生きるんだ。」
モモ――蒼が、静かに言った。
蒼「……この国を、解放するのさ。」
戌亥「……解放?」
蛇神「外界は死の土地。呪いが蔓延し、生き残っている者はそう多くない。
だが、"適応している者"もいる。」
蛇神「呪詛師や呪霊もそうだ。
彼らはある意味、呪いに適応し進化した者たち。」
赫「こんな狭い国で、外界から漏れ出す呪霊を狩って、
縛られながら生きるのではなく…
世界に羽ばたくときなのだッ!!!」
叢咲「そうよん。
私たちは選ばれた者。
誰かに使役されて生きるなんて、まっぴらだわ♡」
蛇神は、満足そうに微笑む。
蛇神「呪いに適応する方法はいくつもある。
祈り、使役…そして呪霊化。」
戌亥「そんな…適応できない者たちだっているはずだ。
その人達は…」
蛇神「死ねばいいだけだ。」
冷徹な目で言い放つ。
蛇神「適応出来る者は生き、耐えられぬ者は死ぬ。
簡単な話じゃないか。」
戌亥「……その先は、地獄だぞ」
蛇神は、初めて戌亥を真正面から見た。
蛇神「辺獄ですよ。」
蛇神「人々が呪いを否定せず、
呪いもまた人々を恐れない世界」
去「……ふざけるな」
去は歯を食いしばる。
去「そんな世界、誰が望む……!」
蛇神「望まれずとも、起こるのです」
蛇神は静かに告げた。
蛇神「そして――」
蛇神は、戌亥を見る。
蛇神「君たち禍者こそ、その辺獄の“管理者”だ」
庭の空気が、重く沈む。
黒羊家は、すでに終わっていた。
祈りの輪も、正義も、管理も。
残されたのは――
蛇神が描く、新たな世界の設計図だけだった。




