第2節 急変
総裁が右手を挙げた、その瞬間だった。
空気が、張りつめる。
庭の影。 回廊の柱の陰。 屋敷の屋根の上。
――気づけば、4つの人影が戌亥たちを取り囲んでいた。
去「……っ」
戌亥「……!」
全員、仮面をつけている。 色も形も異なる、異様な仮面。
戌亥の記憶に残っている。
総裁は満足そうに頷いた。
総裁「彼らこそが完成した禍者。
祈りの輪の象徴――世間ではイノルンジャーと呼ばれておるのかな⋯」
戌亥の胸が、嫌な音を立てて軋む。
戌亥
その時、戌亥は気づく。 イノルンジャーの中に――
一つ、足りない色があることに。
去も同時に眉をひそめた。
去「……確か、世間で言われるイノルンジャーは5人じゃ⋯。」
総裁「ほっほ。そうじゃ。 お前を除いて、完成した禍者は五体」
その言葉と同時に、 4人のイノルンジャーが一斉に、戌亥を見た。
視線。 敵意。
――いや、評価。
値踏みするような目。
戌亥「……どういうことだ?」
総裁「そう焦るでない。 」
そのときだった。
戌亥の肩の上で、
ずっと黙っていたモモが――飛び降りた。
戌亥「……モモ?」
モモはゆっくりと前へ歩く。
去「……おい
冗談⋯だろ?」
モモは振り返らない。
モモ「……ごめんさね」
その一言に、 去の顔色が変わる。
モモは懐から、青い仮面を取り出した。
去「……は?」
モモは仮面を、顔に当てる。
戌亥「……モモ……?」
次の瞬間――
青い仮面が、ぴたりと嵌まった。
モモ「私の名は――」
モモ「蒼」
空気が、凍りつく。
去「……」
去「……冗談、だろ……?」
モモは、ゆっくりと振り返る。 その声は、いつもの軽さを残しながら――どこか遠い。
モモ「戌亥、去
モモの家来でいてくれてありがとう。」
戌亥の喉が、ひくりと鳴る。
戌亥「……じゃあ……今までのモモは……」
去「全部⋯嘘だったってのかよ?」
戌亥の脳裏に、寅の言葉が響く
ーーーーーー
寅「誰が敵でーーーーーー誰が味方かーーーーー」
ーーーーーー
モモ「嘘じゃないさ」
モモ「戌亥と旅した時間も、去と喧嘩したことも」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
モモ「……でも、モモにはモモの役割があったってだけは」
去「役割だと……?」
イノルンジャーたちが、一歩前へ出る。
総裁「はっはっは!
どうだ?お前が逃亡した反省も経て、服従の術式も搭載しつつ
戦闘力も格段に上がった禍者!
圧巻だろう⋯?」
そして次の瞬間
5人揃ったイノルンジャーが前へ進み、総裁の後ろに並ぶ
総裁「さあ、戌亥。
お前にも儂らから贈り物じゃ。」
総裁は懐から一つの画面を取り出す
去「それは⋯」
戌亥「幻視の⋯仮面⋯!!!」
驚愕する戌亥を尻目に、
モモだった蒼が、口を開く
蒼「
命〆命〆命
止 止
命 獄 命
止 止
命〆命〆命
」
咄嗟に、戌亥と去は身構える。
戌亥も蒼の呪詛に覚えがあり、白炎を弾けさせようとした
だが――
次の瞬間。
刃が、閃いた。
黒羊家の式神。 術者。 警護の者たち。
そしてイノルンジャー5人に
――総裁は、後ろから、切り裂かれた。
総裁「っ…!?!
ギャァァァ!!!!」
悲鳴。 血。 混乱。
去「……な……?」
戌亥「……何が……」
総裁「ァァァァ゙!?」
総裁の顔から、初めて余裕が消える。
総裁「な、何を……!
お、お前たちは…黒羊に忠誠を誓った禍者――」
イノルンジャーの一人が、静かに言った。
「誓わされた。だっ!!!」
赫が、もう一度握りしめる剣を総裁に刺し直す。
総裁の瞳が、見開かれる。
総裁「……まさか……」
総裁は悟った。
総裁「天命の術式が…… 上書きされている……!?」
その言葉と同時に、 総裁は白目を剥き倒れる。
庭の奥から――二つの影が歩み出る。
蛇のようにしなやかな男。 そして、その隣に立つ、無言の剣士。
蛇神。 馬ヶ原。
蛇神は、穏やかに笑った。
蛇神「ご無沙汰しております、総裁」
蛇神「……いや」
蛇神「もう、お疲れ様でした。ですかね」
戌亥は、息を呑んだ。
戌亥(……なにが…起きている…)
モモ――イノルブルーは、戌亥に背を向けたまま、低く言う。
モモ「……戌亥」
モモ「これからは、地獄の時代さね。」
モモ「……それでも、生きていくしかないさ」
そう言って、
イノルブルーは背を向ける。
黒羊家の支配は、
音を立てて、崩れ始めていた。




