第1節 真相
霧の奥に、屋敷はあった。
山肌に食い込むように建てられた、黒い瓦の大屋敷。
黒い門は開いているのに、人の気配がない。
去「……歓迎されてねえのは確かだな」
モモは珍しく口を閉ざし、戌亥の肩の上で周囲を見回している。
戌亥「……ここが、黒羊家か。」
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
肌を撫でるような、祈りとも呪いともつかない気配。
戌亥「誰もいな⋯んっ?!」
庭の奥。
回廊の奥に、5つの木箱。
箱には、それぞれ札が貼られている。
その時、低く重い声が響いた。
「ようこそ、禍者よ」
奥から現れたのは、白髪の老翁。
モモ「黒羊家の当主様さね」
白髪「ほっほっほ。
そして、祈りの輪の総裁でもある。」
祈りの輪・総裁。
その言葉を聞いて、一気に緊張感が高まる。
総裁「儂ら黒羊家とは、陰陽の祖。式神を生み、使役し、管理する場所じゃ」
総裁の視線が、戌亥を射抜く。
総裁「……そしてお前もまた、ここで生まれた」
戌亥「……え?」
総裁「おかえり。
お前には真実を語らねばならんな。」
総裁より語られた真実に、戌亥は衝撃を覚える。
〜
黒羊家は、陰陽の力で式神を生み出す。
式神にはそれぞれ術式を刻み込み、生活の補助をする者や労働を行う者⋯そして戦闘に特化した者などがいる。
それら式神の中でも特別な者。
生まれたばかりの子どもの遺体と、呪具と、祈りを用い――
天命の術式を刻み、成長する式神。
その完成形が「禍者」。
禍者の特徴は、他人の心を吸い、学び、成長すること。
黒羊家が世に広める祈りの輪の"象徴"
戌亥は、最初の一体であった。
〜
総裁「最高術式である"天命"に適合できる者は少ない。
現在完成した禍者は、お前を含めて6体。」
戌亥「……そんな……」
去「……人造人間ってことか?
胸糞悪ぃな」
モモは、俯き黙っている。
総裁「だが、誤解しないでほしい。
我々黒羊家、そして祈りの輪の本懐は世界を平和に導くこと。
そもそも、30年続いた世界大戦も、儂らがいなければまだまだ続いていただろう。」
戌亥「世界大戦⋯。」
もはや世界大戦のキッカケは誰にも分からない。
各々の国が正義を語り、敵国を悪とし歴史を歪め教育していたからである。
大戦時、世界中で血が流れない日は無かった。
それが10年前、突如として終戦した。
一般的には、和平が結ばれたとのことだったが⋯
総裁「30年も続いた戦争が、和平などと出来るものか。
この国以外の国、そして民は、皆死んでおる。」
戌亥「⋯っ!?」
総裁「儂ら黒羊家含め、12の異能の力を持つ家系が、手を組み発動させた国家規模大術式。
それにより、外界の生命はほぼ死滅しておる。」
総裁「まぁ⋯隠す必要も無いと儂は言ったのじゃが、いささか過激な話じゃし。
一般の者には秘匿されておるのじゃ。」
確かに、終戦以降この国は細かく区分けされ、区外との出入りは禁止されていた。
ここは、北区の端。ここから更に北は、もはや死の土地ということかと、戌亥は理解する。
総裁「ただ、外界を死滅させ尽くすほどの術式には副作用もあった。
その結果が呪いの力や呪霊の出現。」
戌亥「⋯そして、呪詛師も現れたということか。」
総裁「ほっほっほ。
当初は政府と儂ら黒羊家の管轄で秘密裏に呪霊や呪詛師は始末しておった。
そのための組織が特異対策局。
しかし、増え続ける呪力をいつまでも隠すことは出来ぬ。」
去「そこで⋯祈りの輪を使い呪霊や呪いの力を少しずつ一般へ認知させていったのか。」
総裁「察しが良くて助かるよ。
そしてこれからの呪いの時代を管理、統治していくのは儂ら黒羊家じゃ。」
去「神にでもなりてえのか?」
総裁「神といっても過言ではないじゃろうな。」
総裁は皺だらけの指を真っ直ぐと戌亥に向ける。
総裁「そして君たち禍者はこれから儂ら神が統治する世界の使者⋯
いわば天使じゃな!」
ケラケラと笑う姿は不気味で、そして凄まじい嫌悪感を覚える。
総裁「⋯君たち禍者は、呪いに対する対抗を持ちながらも、異能に対する器ともなれる存在。
元は戦争兵器として研究され生み出された者だが、これからは世の平和のために生きていける。」
言い終わると総裁はそっと右手を挙げる。
そして、見覚えのある4つの人影がどこからともなく現れる。
素顔を見るのは初めてだが、すぐに彼らがイノルンジャーだと言うことが分かった。
◆
何十年か前。
黒羊家に仕えていた一人の女。
女は知ってしまった。
禍者が「物」ではなく、「生きている」ことを。
彼女は一体の幼い禍者を奪い、逃げた。
総裁「その禍者もまた、特別な天命を持っておった」
――護り。
――幸運。
逃亡は成功した。
追手は尽く、道を違え、刃を外し、命を落とした。
戌亥は、静かに息を呑んだ。
戌亥「……それが……」
総裁「そうじゃ。戌亥隼人。それがお前の正体だ」
世界が、ぐらりと揺れた。
戌亥(……母さん……)
去は何も言わず、戌亥の前に立つ。
総裁「……だからこそ、自らの意思で帰ってきてもらうようにしたのじゃ。」
総裁は、微笑んだ。
総裁「そしてーー改めて術式を刻み直してやろう。
今度は決して、儂らから逃げられないように。」




