第5節 吹雪の果てに
骸骨武者の刃が、戌亥の頭を叩き割った。
完全な"死"を感じる戌亥。
少し、無音の刻が流れる
真っ暗な空間に一人揺蕩う戌亥
戌亥(走馬灯とかは流れないのか⋯)
呑気な事を考えていると、
視界がゆっくりと明るくなり
気づけば戌亥は、真っ白な世界に独り佇んでいた。
相変わらず周囲の音は消こえない。
風も、雪も、寒さもない。
ただ、白だけが広がっている。
傷はない。
痛みも、血も——
すべてが、嘘のように消えている。
戌亥(式神である俺にとって死後の世界ってこんな感じなのか?)
「こっちだ。」
突然背後から声をかけられ振り返る。
そこには3人の自分。
北稲荷山でギン子たちの儀式により出会った
式神としての自分に刻まれた3人。
天命、運命、使命ーー
自分と全く同じ顔だが、どことなく違いが分かる。
一人は、鋭い眼光で睨むようにこちらを見ている。
怒り、憎しみ、断罪の衝動を剥き出しにし皮膜に白炎が妖しく燃えている。
島から自分に移った【運命の術式による自分】
一人は、赤黒い空気を纏った鬼の籠手を力なくダラリとぶらさけ
どこか冷徹な眼差しで静かに立つ。
犬童の死を起因として、特異対策局から刻まれた【使命の術式による自分】
そしてもう一人。
何も持たず、ただ静かに立つ【天命の術式の自分】
3人の自分は皆こちらを見つめている。
すると、白炎を纏う戌亥が、嗤った。
運命「……弱いなぁ。
あっけなく死んだな。"俺"よ」
戌亥「お前らは⋯。」
運命「お前が折れるのなら、俺が代わりに復讐の道を進んでやろう」
話し終わりと同時に、白炎を激しく靡かせる。
睨みつける目線は逸らさず、
運命の自分はまた話し始める。
運命「苦しまずに済む。
あれこれと考えずに済む⋯。
"呪羽罪炎上"!!」
白炎が羽のように広がり、空に羽ばたき、こちらへ急降下してくる。
戌亥「なっ⋯!」
戌亥は、いつものように炎を纏い避けようとするが、白炎は出ず直撃する。
戌亥「ガッ⋯!!」
運命「お前は寅に何も出来ず、、死んだのだろう⋯?
親友の仇もとれず、本当の自分も取り戻せず、世界も知れず⋯
情けない!もう替われ!!
俺が代わりに世界を断罪してやる!!」
運命「炎罪成呪!!」
白炎は膨れ上がり、空間を焼く。
戌亥「黙れ⋯」
運命「もう諦めろよ⋯。
お前じゃ無理だったんだ。」
戌亥「黙れ⋯!」
運命「去もモモも⋯
新しく出会った身近な者すら、、、誰も守れないんだよお前は」
大きく広がる白炎に包まれ何も見えなくなる。
戌亥「……黙れ⋯!!
僕は、まだ諦めない⋯!
僕に呪いの炎は通用しない⋯!」
白炎で埋まった視界から、突然運命の自分が現れる。
運命「分かってるさ。お前に直接の呪いは効かない。」
勢いそのまま、横腹を蹴り上げられた戌亥。
戌亥「なっ⋯!」
運命「だが、無敵じゃあない。
呪いから派生した現象、物理攻撃、そして祈りの技も貴様には通用するのだろう?」
運命は、炎の剣、鎖、無数の“技”を次々と繰り出す。
炎自体は効かないが、どうしても視界を遮られ、更に飛ぶ自分を捉えられずに蹴りや拳で戌亥の全身はボロボロになる。
戌亥(このままじゃ⋯駄目だ。)
戌亥(僕は⋯本当に何も守れず、何も救えず⋯。)
運命「守るもクソもねえだろ!お前はもう死んでるんだからよお!!」
運命による高速ヘッドバッドで頭蓋を叩きつけられる。
戌亥の脳が揺らぎ、意識が飛びそうになる。
戌亥(それも⋯そうか⋯。)
飛びそうになる意識の中、静かな声が聞こえた。
使命「……もっと冷静になれ。」
使命「⋯おれ達は⋯お前の敵か?」
戌亥(敵⋯?こんなにボロボロに殴られて、、ヘッドバッド喰らって⋯敵じゃないとでも⋯?)
恨み言が脳内にこだまする。
使命「お前は、、自分自身を肯定するために
自分自身を見つけるために黒羊家に向かっているんだろう?」
使命「質問を変えよう。
"おれ達"は⋯何だ?」
戌亥「お前たちは⋯」
戌亥「お前たち⋯いや、、僕たちは⋯!!」
戌亥は気づく。
その瞬間目の前にいる3人の自分は消え、
全身から白炎が猛々しく燃え盛り、右手に赤黒い鬼の籠手が発現した。
戌亥「"僕たち"は、戌亥隼人だ。」
白い空間が、ゆっくりとほどけていく。
微かに声が聞こえてくる。
使命「お前にとっての敵は誰なのか⋯よく考えるんだ。」
◆
目を開くと、吹雪の中
視界の真ん中に、寅が独り立つ
寅は、何も言わない
また、雪と氷で巨大な骸骨武者が現れる。
刀を抜き、
戌亥めがけて、振り下ろす
戌亥「運命⋯使わせてもらうぞ。
炎罪成呪!!!」
戌亥を中心として白炎と強烈な熱気が広がる。
熱は瞬く間に氷で出来た雪像の刀を溶かす。
戌亥は、寅の姿を見つつ、深く息を吐いた。
戌亥(……敵は誰なのか⋯か。)
雪像は手のひらをこちらに向ける。
巨大なつららが3発、連射され飛んでくる。
戌亥「呪羽罪炎上!!」
戌亥の背中に羽が生え、
飛び上がり避ける。
戌亥(考えろ⋯考えろ。)
寅は静かに立ちすくみ、
空に浮かぶ戌亥を真っ直ぐ見つめる。
戌亥(寅との出会い)
戌亥(あまりに都合の良い街)
戌亥(北稲荷山で感じた“ズレ”)
戌亥(……全部、整いすぎていた)
そしてふと、疑問が浮かぶ。
戌亥(……なぜ、僕は寅の催眠にかかった?)
直接の呪いは、天命に守られた戌亥には効かないはずだ。
呪いとは、負の感情。
ならば、戌亥に通用した催眠は⋯呪いではない⋯?
一度気づくと、違和感は他にもある。
戌亥(そもそも、骸骨武者に頭を叩き割られたのだって間違いなく"体感"したものだ。)
戌亥(それなのに、今は傷一つ無い。)
この現象に、心当たりがあった
悍ましい光景、恐ろしい体験
あまりにもリアルな、
しかしどこかしこに違和感がある世界
巨大な骸骨武者が咆哮し、強烈な吹雪を吐き出す。
戌亥(そもそも街中でこんなに激しく戦って、誰もいないことがおかしい⋯!)
全てはまやかしーーー
そこで戌亥は一つの答えに辿り着く
戌亥「寅さん⋯!!
アンタ⋯"狐"か⋯!!」
寅は、優しく微笑んだ。
◆
寅の微笑みと合わせて吹雪が止む
雪が溶けるように、波のように引いていく。
静かに草木が生い茂る
世界は静かに色をつきはじめる
戌亥たちが立っていたのは、街でも雪山でも無く
ただの原っぱだった。
寅「悪かったね。戌亥くん。
君を試させてもらった」
その声には、もう催眠も、誘導も感じない。
寅の後ろには去とモモが静かに眠っている。
戌亥「去⋯!モモ⋯!!」
寅「言っただろう⋯。誰が敵で、誰が味方か。
私にとって君たちもそうさ。」
戌亥「敵か、味方か⋯試したんですか?」
寅「まぁ、正確には"測った"と言うべきか。
君が味方として足る存在かどうか。
根津からの言葉だけでなく、私も見定めたかった。」
戌亥「そのために⋯幻覚を⋯?」
寅「そうだね。
君のことを頼む、と根津からも言われていた。
まあ2人、お仲間が増えていたようだし
ついでにその2人も試させてもらいたくてね。」
寅「彼らは最後まで、君を見捨てずに戦っていた。
去くんは君やモモちゃんのことを気にしなければ、逃げることも私と互角に戦うことも出来ただろうに⋯
最後まで庇っていた。
彼は賞金首にされていたとは思えない⋯優しい男なんだな。」
戌亥(⋯それは⋯モモちゃんに従わないと激しく腹が痛むからじゃ⋯。)
喉まで出かけた言葉を無理やり飲み込む
寅「それに⋯自分の中の術式も使いこなせたようだね。」
戌亥「あれも⋯幻覚なんですか?」
寅「あれは幻覚の力も使っているが⋯全てが幻覚というわけではない。
北稲荷山で君も狐たちの儀式を受け心の中の自分と対話が出来ただろう?」
寅「私は狐一族の中でもちょっとばかし天才でね。
簡易的であれば、あの儀式を一人で実行させられる。」
穏やかな表情から一変
真面目な顔つきに戻し深く頭を下げる。
寅「試すような真似をして、改めて本当に申し訳ない。」
戌亥「いや、去もモモも無事なら⋯全然良いんです。
それに寅さんのおかげで、改めて自分と向き合えた気がします。」
寅「私が君たちを信用したように、君たちにも私を信用してもらいたい。
だからこそ⋯私の異能について話そう。」
戌亥「寅さんの異能⋯?
幻覚じゃないんですか?」
寅「それもある。この白い札があれば、視覚意外も騙せる強力な幻覚を見せられる。
だがそれは狐の一族としての異能。」
寅「私自身の、異能が、、、君が見抜いたとおり催眠だ。
これは幻覚とは別の力でね。
私の言葉を聞けば不思議と信じてしまう。
無意識に落とし込まれる言葉となる。」
寅「大切なのは、
"一度催眠にかけられて、その後催眠から解かれた者には二度目は効かない"ということだ。」
戌亥もその説明には納得できた。
確かに、今は寅の言葉に催眠は感じない。
催眠から解かれたときに感じた、"視界のピントが合う"イメージ
むしろ、それまでピントが合ってなかったこと自体、解かれるまで違和感にすらならなかった。
無意識のもとで違和感を感じなくなる。抵抗も出来ずに言葉を受け入れてしまう。
戌亥(知ってみれば恐ろしい異能だ⋯。)
寅「幻覚と催眠を両方操れるからこそ、呪詛師の組織に潜入したり、敵の懐に入れるというわけだ。」
寅「ただ、一つ大切なことがある。
この催眠の力、戌亥くんにも通用しただろう。
つまり⋯どういうことだと思う?」
戌亥「⋯!
呪いじゃ⋯ない?」
寅「そのとおり。
この催眠の力は、分類的には"祈りの力"に近い。
だからこそ、万能というわけではないのさ。」
なるほど。と戌亥は思った。
憎しみや恨み、騙そうという負の感情で発動できるわけではない。
だからこそ、幻覚と組み合わせて使いこなす必要がある。
モモ「うーん⋯むにゃむにゃ⋯。」
寅「おっと、そろそろ起きてくるな。
長くなってしまったが、最後に一つ伝えさせてくれ。」
寅「結果的に騙すような真似になってしまったが、
実は私の言ったことに、単純な"嘘"はない。
ハッキリとした嘘は、催眠が効かない。というより、嘘だと分かった時点で、または正しい情報を持っている人物がいた時点で、嘘だと分かり、催眠の違和感に気付くからだ。」
寅「本当に恐ろしい呪詛組織。
私と根津は【天呪】という組織を追っている。」
戌亥「天⋯呪。」
寅「君に同行し、協力してあげたいのだが、私は天呪の調査を中心に進めなければならない。
一つ、知っておいてほしい。
奴らはあまりにも強大かつ、
深い根を張っている。」
寅「誰が敵で、誰が味方か。
しっかりと、見極めてほしい。」
戌亥「⋯分かりました。」
寅「根津にも君が楽しい仲間たちに恵まれていることを伝えておくよ。
一人だと乗り越えられない苦難や呪いは、、、
信頼できるパートナーたちとの絆こそ乗り越えることができるものだからな。」
モモ「⋯はっ!モモのとらふぐ食べたの誰さ!!!?」
突然大きな声で素っ頓狂なことを叫ぶモモ。
驚いた後、微笑みながらまた寅の方を見ると、既にいなくなっていた。
モモ「あれ!?とらふぐは!?
雪祭りは!?」
モモは騒ぎ、
去はまだ涎を垂らして寝ている。
そんな二人を見ながら
優しい風が戌亥の背中から木の葉を運んでいった。




