第4節 信頼の残滓1-1
雪の冷たさが、痛覚より先に身体を奪っていく。
戌亥は膝をつき、雪に手をついた。
腹部を貫いた刃は、まだ抜かれていない。
寅は、無言でその様子を見下ろしている。
寅「……なぁ、戌亥くん」
戌亥は、荒い呼吸の合間に顔を上げた。
寅「根津は、どこにいるんだ?」
戌亥「……知らないです」
戌亥が答えた次の瞬間、
寅はナイフをさらに深く押し込んだ。
ズブリ、と鈍い感触。
内側から熱が広がり、同時に寒気が背骨を這う。
戌亥「……っ……」
寅「もう一度聞こう」
寅「⋯根津はどこにいる」
戌亥は、苦しげに息を吐きながらも、振り返りざま視線を逸らさなかった。
戌亥「……そこまで執拗に聞いて……」
戌亥「根津さんを、どうするつもりなんですか……?」
寅の表情が、わずかに曇る。
寅「根津はな」
寅「長年、私のパートナーだった男だ」
寅「私の異能についても……おおよそは知っているだろう」
一拍。
寅「……局が無くなった今」
寅「私の能力を知る人間は、
消しておかないといけないのさ」
再び、強く。
刃が押し込まれる。
戌亥「……っ、く……!」
寅「最後に会ったのは、君のはずだ」
寅「根津はどこにいる?
最後に、何を話した?」
戌亥「……本当に、知らないです……」
戌亥は、震える指で雪を掴む。
戌亥「……でも」
戌亥「アンタが敵だってことは……もう、分かりました……!」
そう答えながら
戌亥の背中から、白炎が弾ける。
バッ、と空気が揺れ、熱が走る。
寅「……!」
寅は反射的に後方へ飛び下がった。
戌亥「寅さん……」
戌亥「そういえば、僕も根津さんから、あなたの話を聞いたことがあります」
戌亥「頼りになる仲間だって」 戌亥「……早く怪我を治してほしいって」
戌亥は、血の混じった息で言う。
戌亥「……パートナー
……じゃ、なかったんですか?」
寅は、少しだけ目を伏せた。
寅「もちろんだ。
信頼し合えるパートナー…
…“だった”よ」
そして、顔を上げる。
寅「だが、もういい」
寅「上層部は明らかに、何者かに殲滅させられた」
寅「局も無くなった」
寅「敵も味方も分からないこの状況で……
信じられるのは、己の腕一つだけだ」
寅は、両手を広げた。
左手に白い札。
右手に黒い札。
寅「――四面楚歌・武士」
唱えた瞬間。
雪が盛り上がり、
甲冑姿の白い雪像が四体、戌亥を囲むように現れた。
寅「本当は根津の話を聞いてから、死んでもらうつもりだったが……」
寅「まぁ、知らないならそれでもいい。どちらにせよ――」
寅「死んでもらうだけだよ」
雪像たちが、一斉に踏み込む。
――そのとき。
ドンッ!!!
隕石のような衝撃が、一体の雪像を上から叩き潰した。
雪煙が舞い上がる。
地面に拳を突き立てていたのは――
去だった。
去「……間に合った、か」
モモ「ハァ、ハァ……!間に合ったさ!!」
寅「……おかしいな。作戦では、去くんたちは雪合戦を続けてもらうはずだったと思うが」
去「おかしいなァ……」
去「作戦では、アンタと戌亥は呪詛師を追ってるはずだったと思うけどなァ!!」
去は雪像を更にもう一体、
叫びながら叩き潰す。
戌亥「……な、なんで分かったんだ……?」
去「腹だァ!!!」
戌亥「……は?」
去「腹が痛えんだよ!!!」
寅・戌亥「……。」
モモ「たまたまなんだけどさ!」
モモ「昨日、モモが言ったさ!
“何かあったら、モモと戌亥を出来る限り守ってくれ”って!」
モモ「そしたら雪合戦中に、いきなり腹が痛いって言い出して!」
戌亥「そうか⋯!」
モモ「雪玉当てられて退場になってさ!“逆らった”判定じゃないかと思って!」
モモ「戌亥に何かあったって分かったさ!」
去「まったく⋯。
判定ガバガバすぎんだろ!!!」
寅「……何を言っているんだ」
去「分かんなくていいぜ」
去は腕を巨大化させ、一気に踏み込む。
――アームハンマー。
だが、寅は軽々とかわす。
去「……あとよ」
去は跳び上がり、低く呟く。
去「――空蝉……」
無数の風刃が生まれる。
だが、寅はそれらを避け、
避けきれないものは、雪像が前に出て庇う。
去「……さっきから⋯」
去「全然、左足……庇ってねえなぁ!!!」
寅「……あぁ
そういえば、そんな設定もあったな」
モモ「嘘だったってことさね!!
嘘つきは泥棒の始まり始まりさ!」
戌亥「去!!気をつけてくれ!!
まだ……寅さんの異能の正体は掴めてない!!」
去「分かってらぁ!!」
去は両手で印を結び、構える。
去「――如意亡ォォォ!!!」
一直線の光。
雪像たちを押し込み、砕き、
そのまま――寅を貫く。
寅の身体は、奥の雪丘へと叩き込まれた。
その衝撃で寅の右手から離れた黒い札が燃え崩れる
灰が、静かに舞い落ちる。




