第3節 唸るジャイロボール1-1
1-1
朝。
雪が日光を反射し、白く照らされた町は、夜とは全く別の顔をしていた。
屋根。道。露店。
すべてが白に包まれ、きらきらと輝いている。
戌亥は、思わず目を細めた。
戌亥「……すごいな」
去「おう⋯。寒ぃけどな!」
モモ「雪ーーーっ!!」
モモは叫ぶなり、雪に飛び込んだ。
ズボッ。
モモ「……ん?」
腰まで埋まって、もがいている。
モモ「……戌亥。引っ張るさ」 戌亥「はいはい」
手を取って引き上げると、
モモの髪も服も雪まみれだった。
去「なにやってんだお前」
モモ「雪がモモと離れたくないって⋯!」
去「意味わかんねぇ」
町の通りには露店が並び、
焼き物、酒、布、木彫りの人形などが所狭しと並んでいる。
「雪だるま饅頭!」
「熱燗ありますよー!」
「投げ雪用、特製雪玉!」
モモ「見ろ戌亥!あの雪だるま、顔が悪いさ!」
戌亥「……確かに、目が完全に死んでるな」
去「呪われてんじゃねぇのか」
店主「ちょ、縁起物だよ!?」
モモは屋台の前で立ち止まった。
モモ「むっ……?」
戌亥「どうした?」
モモ「この雪像……なんか……」
じっと見る。
去「なんだ⋯?」
モモ「……ちょっと似てる。」
去「誰にだ」
モモ「モモに!」
去「⋯は?」
雪で作られた少女像。
腕を組んだ偉そうな立ち姿。
戌亥「そうかなーー」
胸が平らで、真っ直ぐ雪が落ちている。
去「……言われてみりゃあ一緒だな。」
モモ「やはり!町公認のモモ像さね!縁起物さ!」
去「勝手に認定すんな!」
少し離れたところで、
寅が酒の入った紙コップを片手に、雪を踏みしめていた。
寅「いやぁ〜、昼の雪祭りもいいねぇ」
戌亥「……朝から飲んでるんですか⋯。」
寅「寒いだろ?体の内側から温めるんだ」
去「ただの酒飲みだろ」
寅「否定はしねぇなあ!」
寅も合流し、三人+一人で歩いていると、町の広場に大きな掲示板が見えた。
【第十回 終戦記念雪合戦】
【優勝賞品:町伝統 手作り雪人形】
モモ「これさ!これが例の雪合戦さね!」
去「大戦が終わって十年、か」
戌亥は掲示板を見つめる。
後ろでは、雪で遊ぶ子どもたち。
笑い声。
その光景が、少しだけ胸に引っかかった。
人混みから少し外れ、
川沿いの雪道を歩く。
寅は、ゆっくりと口を開いた。
寅「……なぁ、戌亥くん」
戌亥「はい」
寅「根津のこと⋯なんだが。」
戌亥「……はい」
少しの沈黙。
寅「俺は生きてると信じてるんだ……」
寅「不器用な男だったが、勝手におっ死ぬような無責任なやつではなかった。」
戌亥は頷く。
戌亥「……はい」
寅「それにな、アイツは局の中じゃ一番“人”だったよ」
寅「俺が怪我したときもな、
『生きてるなら十分だ』
って、そう言いやがってよ」
寅は笑う。
寅「局の連中、特に班長や上層部ともなると“任務”を見るが、」
寅「アイツはいつも“人”を見てた」
戌亥「……そう、ですね。」
寅は、少しだけ目を細めた。
寅「戌亥くん」
戌亥「?」
寅「アイツは君のこと、よく話してたよ。」
戌亥「……え?」
寅「“危なっかしいが、放っとけねぇおもしろい部下だ”ってな」
寅「なぁ、根津と最後に会ったのは、多分戌亥くんだろう?
なんか⋯言ってたか?」
戌亥は、言葉を失う。
戌亥「それは⋯。」
去が割って入る。
去「……昔話よりも、寅さんよ。」
寅「おう?」
去「今日呪詛師が来るって話、そもそも確かなんだろうな?」
寅は一瞬きょとんとして、
それから笑った。
寅「わからねえ!!」
寅は、軽く引きずる自分の左脚を軽く叩く
寅「罠の可能性もある。」
戌亥「罠……?」
寅「俺と根津は特異対策局時代に、そりゃあたくさんの呪詛師から恨みを買ってる。
この足だってそうだ。」
寅「俺を殺すため、潰すためにおびき出す罠の可能性ももちろんある。」
去「⋯だろうな。」
寅「だけどよ、そうじゃなかったらどうする。後悔してもしきれねえや。」
寅「それに……特異対策局があろうと無かろうと、平和な社会に仇なす呪詛師は、止めなきゃならねえ。」
寅は苦笑する。
寅「まぁ、罠かもしれないからこそ、君たちに協力をお願いしてるってのが格好つかねえけどな。」
去「⋯まぁ、わかってるならいい。
そんで、その呪詛師の目星はついてるのか?」
寅「あぁ。そもそも目的は多分優勝景品の雪人形⋯の装飾として使われてる雪藁紐だ。」
寅「世にも珍しい透き通るような藁紐でな。
これが呪具の補修や祈祷の品を作るのにぴったしだと言われてる。
呪いや祈りの基となる想いの力を、よく通すってな。」
去「なるほど。俺は聞いたことねぇが、呪具を使うタイプの呪詛師からしたら、喉から手が出るほど欲しいってことか。」
寅「まぁな。
もちろん必須ではないが、金で買えるようなものでもないしな。
あの紐は確かに想いの通りが良くなる気がする。」
戌亥「…それを、奪いに来ると?」
寅「まぁ、いきなり襲撃してくるとは限らねえ。
特異対策局が無くなったつっても、今は祈りの輪の奴らもいる。
祈りの輪は呪霊だけじゃなく、呪詛師にも対応しつつあるらしいし、実際奴らの戦闘力は高いだろう。」
去「なら正々堂々雪合戦に参加するってことか?」
寅「参加する可能性も高いな。だが正々堂々ではないだろう。
何しろ呪詛師だ、優勝するために、相手への妨害やら自身の強化やらするんじゃねえかな。」
寅「正々堂々参加して景品として受け取るってんなら、止める理由はねえ。
だが、民間人に危害が出てからでは遅いのも事実。
何か起きる前に止めたい。」
モモが胸を張る。
モモ「立派なヒーローさ!」
寅「ははは!ありがとよ!」
寅は、空を見上げた。
寅「まぁ、、今まではヒーローとは言えないやり方ばっかだったからな。
せめて局が無くなったこれからは、少しでもヒーローとして人を助けてえんだ。
戌亥くんは、その意味わかるだろ?」
戌亥は少し間を置いて答える
戌亥「まぁ⋯そうですね。
特異対策局のやり方ではない。
特異対策局は、、依頼達成の為なら、民間人への被害も辞さないやり方も多かったですから。」
寅は少し足元を見つめて、また真っ直ぐと前を見る。
寅「祭りなんて、町の人たちが楽しむためのもんだ。子どもたちにとっても、遊びみてえなもんだ。」
寅「⋯そんな遊びを守るために戦うのが、大人の仕事だと思ってる」
戌亥は、ゆっくり頷いた。
戌亥「……分かりました」
遠くで、
雪玉が空を飛ぶ。
笑い声が弾けていた。




