第参節 猿の湧く星1-3
◆ 噛ませ犬侍
村の奥へ続く大通り。
壊れた石垣。干からびた畑。
一度は撤退した道をまた歩くシン。
足取りは一定。呼吸も一定。
ただし――
視界は、まだ歪んでいる。
シン(魅猿の術式……範囲型。 “見え方”を弄るタイプですね)
細い小刀を抜く。
反魂の小刀。
刃を、横一線に振る。
空間が、裂けた。
シンに見えていた無機質な世界が引き裂かれる。
魅猿の術式の“継ぎ目”を、正確に切断していく。
シン「……とはいえ、これだけの範囲となると反魂の小刀だけだと限界がありますね(•‿•)」
――ヒュンッ。
小さい金属音。
刃が、シンの喉を切り抜けていく。
気づいた時には、
シンの視界には、誰かの足が見える。
頭を斬り落とされたのだと気づきながら、再生していく体。
目の前にいたのは侍のような着流し。
血に濡れた刃。
雨に打たれたような黒髪。
侍風の男「……避けもしねぇとは」
次の瞬間。
居合。
音すら、遅れて届く。
――ズン。
また首が、落ちた。
血が噴き、胴が崩れ、
世界が一瞬、赤に染まる。
だが。
転がった首が、瞬き毎に元に戻っていく。
骨が繋がり、肉が戻り、
裂けた喉が塞がる。
シン「……居合切りですか、はやいですね(•‿•)」
シン「あなたの写真も見たことありますね。一級賞金首の雨弦さんでしたっけ。」
雨弦の目が、爛々と輝いた。
雨弦「……っ、あぁ…あ…////」
刃が、震える。
雨弦「コイツ⋯斬った……のに……死なねぇ……!?」
シン「?」
雨弦「き、斬り放題かぁぁーー!!/////」
恍惚とした表情で叫ぶ雨弦
下半身は遥かに盛り上がっていて、明らかに変態の様であった。
シン「⋯変態さんでしたか⋯(•‿•)」
即座
また、斬る。
肩。
腹。
脚。
正確。
無駄がない。
だが、シンは倒れない。
裂けた肉が、即座に再生する。
シン「(再生速度……問題ないですね)」
慣れてきた目で、雨弦の居合に合わせて小刀を振るうシン
だが――
世界が、ずれる。
距離が合わない。
近いと思った間合いが、遠い。
届くはずの刃が、空を切る。
シンの振った小刀が、数センチ手前で雨弦に掠ることもない
雨弦が、舌なめずりする。
雨弦「この妖刀又近はよォ…… 斬った相手の“距離感覚”を狂わせるんだ」
雨弦「斬れば斬るほど……壊れていく……!! 最高だろ……!!
代わりに人を斬りたい衝動に駆られちまって、切断依存症さ。
⋯だが、お前に出会えた!!」
雨弦の表情は、完全にイッておた。
イきながらも、また居合。
今度は、シンの胴体が上下に分かれる。
だが、
即座に再生。
シンは後退しながら、距離を測る。
シン(不死は便利ですが…… 感覚を壊されると、攻撃が当てられないですね)
斬られる。
再生する。
斬られる。
再生する。
血だけが、増えていく。
雨弦「いい……いい……!! 無限に斬れる……!! 止まらねぇよ…これ…!!//////」
妖刀・又近が、赤く脈打つ。
エサに食いつく野良犬のように震え
遠吠えのように輝く血飛沫を上げる
斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬る治る斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬治斬
斬る
治る
斬る
治る
もう何度目かも分からない斬撃
どれほどの時間が経ったか、
シンの距離感は狂いきっていた。
雨弦は遥か遠くにいるのに、
気持ちの悪い吐息は目の前で感じる
刀が近くで振られるのに、
自分に届くのはずいぶん後
それでも感覚で幾度か避けるシンだが、攻撃がとにかく当たらない。
シン(斬撃は速い⋯けれど段々と単調になってきているな。)
雨弦「ふっふふふふ、楽しい!楽しいですが⋯!そろそろ終わらせましょう!!」
雨弦が五月雨に刀を振るう
雨弦「オラオラオラオラオラオラ!
千切り微塵切りやぁぁぁ/////」
千振りのうちの一振り
斬られながらも手を振るうシンの刃と、又近の刃が――
鍔迫り合う。
ギィィン――
鈍く鳴る金属音の奥で
"呪いを引っ掻く音がした"
その瞬間。
呪いが、跳ね返った。
反魂の性質が、
又近を通じて雨弦へ逆流する。
雨弦「……あ?」
雨弦の世界が、歪み始める。
近い。
遠い。
遠い。
近い。
雨弦の居合が、空を斬る。
雨弦「な……ッ!?」
ほんの一瞬の、混乱。
シンは、その一瞬を“待っていた”。
小刀を、投げる。
力任せではない。
どれだけ近かろうと遠かろうと
一直線上にいるのであれば、投げれば当たる
しかし外して小刀を奪われればより悪化すると思い耐え続けていたが
シンは千載一遇のチャンスを見逃さなかった。
鋭く投げた小刀は、一直線に飛び――
妖刀を握る手も貫き雨弦の心臓へ刺さる
雨弦「……ぁ……」
刀が、落ちる。
身体が、崩れる。
血に濡れた又近が、地面で静かに鳴った。
シンは、静かに息を吐く。
シン「……泥沼でしたね(•‿•)」
勝った。
だが、完全勝利ではない。
視界は、まだ完全に戻らない。
シンは、遠くで暴れる心象の気配を感じながら呟く。
シン「……この村。 甲班でも、油断すると危険ですね」
倒れた雨弦と、妖刀を一瞥し、
シンは再び歩き出そうとしたが、距離感が掴めないシンは足を踏ん張ることができず、倒れる。
そんなシンに近づくもう一つの気配は、殺気を隠そうともしなかった。
◆ 殺気の正体
地面に倒れたままのシンは、
距離感の狂った視界の中で、それを“感じた”。
――近い。
本来、数十メートルは離れているはずの気配。
だが、今はまるで目の前にある。
ゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは――
心象だった。
否。
**心象だった“もの”**だ。
それが異様なほど冷たいことにシンは数秒遅れて気がついた。
全身を血と土で汚し、
目を見開いたまま、瞳孔が完全に開ききっている。
狂戦士の状態のまま、そこには心象の形をしたモノがぶらさがっていた。
そして強烈な殺気は心象の背後
まるで手人形のように
右腕一本で“心象だったモノ”を掴み上げて、、、
シンの視界に、
ぶら下げられた心象の死体が、
見開かれた瞳孔が、
開ききった口の、垂れた舌が、
異様なほど近く映る。
シン「…?…心象……さん……?」
声にならない。
その死体を掴んでいる“手”。
細身で、場違いなほど軽そうな腕。
その先からへらりと言葉が発せられる。
枢「お、雨弦くんも仕事してくれてたようだね。」
◆ 少し遡る
村の中心部。大邸の前。
狂戦士と化した心象は、
もはや“人”ではなかった。
ハイエナの群れを、
正しくは村人だった者たちの群れを、
殴り、踏み潰し、引き裂き、
一切の躊躇なく殺し尽くしていく。
悲鳴も、絶叫も、
既に意味を失っている。
血と肉と骨が地面を覆い、
ついに立っているのは――猿魔三兄弟だけ。
魅猿と岩猿は、
もはや動けない。呪術発動中だからということもあるが、それ以上に心象への恐怖で体のコントロールが効かない。
震える身体をうちつけ、
兄弟を庇うように、
帰化猿が一歩前に出る。
一瞬だけ振り返り、兄と弟がそこにいることを確かめて、
さらにもう一歩前に出る。
帰化猿「もう聞こえてないと思うけど教えといてやる。
俺の呪いは"きかせないこと"。
本来は耳が遠くなる程度のことだが、、、
相手の頭に、脳みそに俺の力を使えばどうなると思う?」
帰化猿「体のコントロール、脳からの電気信号、神経指示、
"きかなくなる"のさ。」
帰化猿「動けないだけじゃないぜ、、、内臓の働きも、呼吸も、心拍も止められる。」
魅猿「や、やめとけ帰化猿ゥ゙⋯
そいつの動き、、まじで人間じゃないぞ⋯ォ゙」
帰化猿に向かって、ジェット機のようなスピードで突っ込む心象
そして両手を広げて、心象の頭を掴む構えを見せる帰化猿
帰化猿「こいやぁぁぁ!」
両者がぶつかり合い、心象の体当たりで砂煙が舞う
魅猿「き、帰化猿ぅううゥ゙!!」
帰化猿は、自分の命と引き換えに心象の頭を掴み動きを止めようとした。
“恐怖に打ち克ち、兄弟を守るために歩みだした一歩。
――だが。
心象の方が、一瞬だけ早かった。
帰化猿の胸を、その手が貫いていた。
心臓を掴み潰し、
そのまま素早く手を振り帰化猿の死体を捨て置く。
帰化猿の身体は
ビチャッ
という音と共に雑巾のようにうち振るわれた。
心象の視線が、
次の獲物――魅猿と岩猿へ向いた。
妖しく光る、開ききった瞳孔
岩猿「⋯ゴニョゴニョ⋯!!」
魅猿「に、逃げろ呪いはもういいぃ゙⋯!」
獲物を狩る心象の目に、
突如深淵が広がった。
◆ 猿酒
開かれた壺。
その中身を見たものは誰もいない。
なぜなら見たものは問答無用で死んでいるからだ。
例外なく、苦しんで
自意識など吹っ飛んで
絶望して、死ぬ
狂戦士化のため、
決して閉じられなかった心象の視界にも
――映ってしまった。
猿酒の呪いに、例外はない。
心象の身体が、
その場で崩れ落ちる。
声にならない絶叫。
丸太のように太い腕で全身を掻きむしり、
筋肉が裂け、骨が覗き、
血の涙を流しながら、のたうち回る巨漢。
だが、岩猿の呪いもあり叫べない。
絶望だけが、
身体を満たしていく。
そして――
あっけなく死んだ。
「不死の心象」
「特異対策局最古参調査員」
その伝説とも呼ばれた老兵の最期は
あまりにも残酷な幕引き
壺を下ろし、振り返るのは枢。
枢「⋯ご苦労さん。君たちの仕事は終わりだよ。
よく、甲班を分断してくれた。心象さんを狂戦士化させたのもナイスだ。」
魅猿「……お、お前が……依頼主かァ゙……?」
枢「んー?
まぁ、俺というより、俺の上司かな」
枢は肩をすくめる。
枢「まぁいいじゃない。
こーゆー依頼って、余計な詮索はナシだろ?」
枢「君たちのお兄さんの情報も送っておくよ。報酬も振り込んでおく。
さっさと迎えに行ってあげな」
一拍。
枢「あと一人――
シンくんに関しては、僕の仕事だからさ。」
不敵な笑みを溢れさせる枢の横顔に
二人の兄弟はただ抱き合い小便を漏らすことしか出来なかった。
◆ 現在に戻る
シンの視界いっぱいに、
心象の絶望に歪んだ顔。
遠いはずなのに、
あまりにも近い。
パートナーが、親代わりのような存在だった男が
死んだという事実を淡々と受け止めて、、
感情を持たないはずのシンの目から、、、
一筋の涙が落ちた。
その瞬間。
心象の頭が逸れる。
心象の後ろから現れたのは――
✕目
視界を埋め尽くす、
✕。
そして✕目の光。
距離感が狂っていたのもあるが、
事実としてシンの顔から十数センチの距離に✕目の布面を被った枢がいた。
枢「やっぱり俺はこーでねーと!」
反魂の小刀を握ったまま、
シンは石になる。
完全な静止。
石になり、時をとめる
再生するとか、傷が癒えるとかの次元ではない呪い
石になるという結果だけがシンの体を硬直させた。
皮肉にも、石像になったシンはいつものようには笑っていなかった。
◆甲班〜Partners〜
枢は、左手でシンの石像を掴み上げる。
右手には、心象。
二つを持ったまま、
村の端へ歩く。
崖。谷。
来るときはカーブだらけで面倒だったこの高所から
軽く、石と死体を放り投げる。
枢「ずっと仲間だったんだろう。
甲班の“3人”、同じところで眠らせてあげるよ」
少し間を置いて壺も、投げ捨てた。
枢「これも危ないしね。
一応――甲班、呪具の破壊任務完了ってことで。」
振り返り、
欠けた人の手の形をした石に躓いて転ぶ。
枢「あてて……かっこつかないなぁ」
躓いた石を崖に蹴り落として、
今度こそ颯爽と歩き出す枢
腰には、妖しく光る妖刀――又近。
枢「まぁでも、良い拾い物もしたし。よしとするか」
へらり。
その笑顔が、来たときに乗ってきた車に戻る。
枢「⋯運転免許証は持ってないけど、、この車オートマだしいいよね!」
静寂
枢「ご覧の通り。
他、誰もいないし、仕方ないね!」
村に無機質な排気ガスが舞い上がる。
機械音は遠くなり、村には完全な静寂が訪れた。
第参節 了




