第貳節 注文の多い調理店
〜少し時は遡り、戌亥が北稲荷山へ向かった日〜
枢は、得意対策課の会議室へ呼ばれた。
会議室ってのは、どうしてこう落ち着かねぇんだろうな。
四角い机。
四角い椅子。
四角い顔したお偉いさんたち。
俺は対面の一番端っこに座らされて、
ペットボトルのお茶をちびちび飲んでいた。
枢(……あー、捕虜としてここで変な日記書かされて以来かなぁ、落ち着かねえな。)
正面には、知らない顔が二人。
どっちも調査課の上のお方っぽい。
メモを取る人と、腕を組んで黙ってる人。
で――
一番奥には、蛇神さん。
相変わらず、背筋がすっと伸びていて、
表情は薄く、目がやたら静かで、恐ろしい。
「では、始めようか」
腕組みの人が口を開く。
「馬ヶ山枢。
君は、北稲荷山事案において拘束された“敵性人物”だ。」
枢「はい。元・敵性す。
現在は捕虜性です」
メモを取ってる人のペンが止まった。
「……軽いですな」
枢「歳のせいか重くすると胃にくるんで」
腕組みの人はため息をついた。
「まぁいい。
君はここ半年、局内で比較的自由に行動している。
本来なら考えにくい処遇だ」
枢「っすよねー。俺もそう思います」
「逃亡の意思は?」
枢「そんなそんな。もちろんないっすね。
ここ、コーヒーまずいけど居心地いいんで」
またペンが止まる。
(あ、今“評価不良”って書かれたなこれ⋯)
腕組みの人が、資料をめくる。
「君は局内の人間関係にも馴染んでいる。
調査課フロア、管理室フロア、資料室……
立ち入りを許可していない区画への侵入も複数回」
枢「あ、それはあれっス!
“侵入”じゃなくて“迷子”です」
「……同じだ。」
正面の二人が同時に頭を押さえた。
沈黙。
空気がちょっとだけ、ぴんと張る。
そのとき――
蛇神さんが、静かに口を開いた。
蛇神「結果だけ見れば、問題行動はない」
全員の視線が、そちらへ向く。
蛇神「逃げない。暴れない。
情報漏洩もない」
蛇神は、俺を見る。
蛇神「そして――
“必要なところ”には、顔を出しているし、報告も適宜受けている。」
枢(……。)
腕組みの人が、眉をひそめる。
「蛇神課長。それは……」
蛇神「評価だよ」
短く言って、蛇神さんは視線を戻した。
「しかし彼は仲間をうちの調査員によって殺されていますし、復讐心があってもおかしくないかとーー。」
蛇神「捕縛当初、呪いの万年筆やその他の呪具でも確認したが、彼らに仲間意識は無かった。
白布面の者たちは言ってしまえば準構成員、闇アルバイトのような存在だと言うことも分かったし、枢くんに敵愾心も無いことは判明している。
現時点で、彼を“処分”する理由はない」
腕組みしていた男は立ち上がり、語気を強めて話す。
「敵対心が無いにしても部外者だ。いつまでもこのままというわけにもいかんのではないか!?」
蛇神「なに、今は私の雑務を頼んでいて使い道はある。
部外者と言うのであれば、正式に私の部下にしてもいい。
それに、我々のことが一般人にも認知されてきている現状で、安易に"処分"するわけにもいかんでしょう。」
メモの人が、小さく頷く。
「まぁ……蛇神さんがそう仰るのであれば⋯ね。
引き続き、現状維持で?」
蛇神「そうなるな。
うちは呪いだろうと敵組織の準構成員だろうと、使えるものは使っていく方針のはずだ。」
少し間を置いて、蛇神さんは続けた。
蛇神「ただし――」
空気が、すっと冷えた。
蛇神「なんでも“使えるかどうか”は、別の話だがな」
その言い方は、
あまりにも事務的で、
だからこそ、誰も反論できなかった。
腕組みの人が咳払いをする。
「まぁ……以上が、現状の結論だ。
馬ヶ山くん、今日はここまで。
⋯くれぐれも、勝手なことはするなよ。」
枢「ういっす!
あ、俺この後、管理室寄っていいですか?
ちょっと蛇神さんからお手伝い頼まれてて〜」
「……好きにしろ。」
椅子が引かれ、
二人の職員が先に出ていく。
扉が閉まる音。
会議室には、俺と蛇神さんだけが残った。
一拍。
蛇神「……利用価値もある。」
俺は、へらっと笑った。
枢「よかった〜。
じゃあ俺、まだここで生きてていい感じっすね?」
蛇神は答えない。
代わりに、椅子に深く腰を下ろした。
蛇神「少し二人で話そう」
枢「了解す」
蛇神「君にやってもらいたいことが3つある」
枢「“命令”じゃなくてッスか?」
言った瞬間、
我ながらちょっとだけ、空気を突いたと思った。
蛇神「なに、ちょっとした雑務だよ。」
蛇神「君は、もう理解しているだろう」
蛇神は、後ろのカーテンを閉めながら振り返らずに話す
蛇神「一つ目。
丙班――特に戌亥隼人に関することだ。
丙班に残っている戌亥隼人関連の資料、それと彼と関わりのあったものに内通者がいないか、調べられるか?」
蛇神「彼は本日、どこかへ外出したそうだ。
場合によっては、戻ってこないかもしれない。」
枢「はぁ。"戻ってこない"ねえ⋯。
でも俺、戌亥って人のことあんまり知らんすよ。それこそ北稲荷山で会ったくらいで。」
蛇神「君は曲がりなりにも戌亥くんに仲間を殺されているしね。
君と戌亥くんは心理的負担の可能性も考慮してあまり引き合わせないよう、上層部の配慮だよ。」
蛇神「彼が戻ってくればそれでいい。戻ってこないにしろ、"私が納得できる"理由で戻れない場合も良しとしよう。
だが恐ろしいのは、彼が我々の管轄を外れたうえで戻ってこないというのなら問題だ。」
蛇神「君は適任だよ。」
枢「まー、できるかどうかの確認ってんなら、やってみますとしか答えられんスね。」
蛇神「2つ目は、甲班に入っているとある依頼に同行してほしい。」
〜現在〜
枢「とりあえず、持ってきましたよ。
戌亥隼人に関する資料。
配属時の経歴書やらメディカルチェックの結果表、
あとこれが兎さんがまとめていた分。」
分厚いファイルを机に置いて、
蛇神に見せる。
枢「あんまりこーゆーの得意じゃないスからね〜心痛みますし。」
蛇神「ふっ⋯心か。」
枢「あと、段象さん。
なんかしら根津さんとヒソヒソ動いてるっぽいすね。
資料室で何やら調べてたのと、資料室に根津さんが来てた痕跡があったッス。」
蛇神「そうか⋯。」
枢「じゃあ後は素知らぬ俺ってことで、2つ目の方入りますかね。」
蛇神「そうだな。甲班に一級呪具の調査、破壊依頼が入る。
そこに枢くんも同行するよう、こちらで手筈は整えておいた。」
枢「ゲェ〜、一級呪具ッスか〜。
普通に怖いんだよな〜。一級呪具って」
蛇神「⋯まぁ、頼んだぞ。一応、これも渡しておくからな。」
蛇神は枢に依頼資料と布キレを渡す。
渡された布は、やけに冷たく
どこか血の匂いがした。




