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Partners 〜戌亥隼人の奇怪譚〜  作者: 土ノ子ウナム
第二章 牛に経文
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第5節 大山鳴動にして鼠一匹

社の外へ出た瞬間、空気が変わった。


夜気は同じはずなのに、どこかだけ“硬い”。

人の意志が、山の静けさに混ざり込んでいる。


ギン子が耳をぴくりと動かす。


ギン子「……来ましたね。幻留の“縁”へ」


境内の端、鳥居の影から──

ひとりの男が、靴音も立てずに現れた。


黒のスーツに茶色のジャケット、不健康そうな細身で目のクマが深い無表情の男。


戌亥「……根津さん」


根津は、いつもの温度で微かに笑った。

優しい笑み。丁寧な声。人当たりのいい“上司”。


根津「こんばんは、戌亥くん。……探したよ」


社の中から少しだけ頭を出した真守が、息を呑む。


真守「特異対策局の……」

ギン子「真守さんは出ないで、社の中から出ないでください。」


根津は視線だけでギン子たちの方を一度確認し、すぐに戌亥へ戻した。


根津「ここは局の管轄だ。保護領域に“無断で”入るのは、少々いただけないね」


戌亥は、笑わなかった。

静かに、ただ言う。


戌亥「……尾行、してたんですね」


根津「"特異対策課"からの指令だよ。君は、、、危険でもあるからね。」


ギン子が一歩出て話す。


ギン子「根津殿。北稲荷山は確かに局の保護領域。ですが、狐の社は──」


根津は穏やかなまま、言葉を切った。


根津「ギン子さん。契約の話は、後でいい。

今日は“戌亥くん”の回収が目的だ」


回収。

その単語が、胸の奥で嫌な音を立てた。


戌亥「……俺を、物扱いですか」


根津は困ったように眉を下げる。


根津「……その顔は、知ってしまった顔だ。申し訳ないが、今回も"上層部案件"。回収せよとのことだからね。」


戌亥「根津さん。俺は逃げません。……でも、戻りもしない」


根津の笑みが、ほんのわずかに薄くなる。


根津「戌亥くんとは、良いパートナーになれると思ったのだが⋯」


次の瞬間、社の灯籠に照らされていた根津の影が伸びた。


影が一直線に戌亥の方へ奔り、

影の通った境内の土と石畳が、一本の線のように盛り上がり、槍の形になって戌亥へ突き出す。


戌亥(……地形を使う術式?)


戌亥は跳ばない。

代わりに左手──鬼の籠手を前へ出した。


ガン、と鈍い音。


槍の先端が砕け散り、破片が雪のように舞う。


真守「……っ!」


根津は驚かない。むしろ、嬉しそうですらあった。


根津「そうか。

……“守護の力”。

やはり君は──」


二撃目。三撃目。

今度は地面から“黒い杭”が連続で生える。踊るように角度を変えて襲う。


戌亥は、籠手で弾き、受け、叩き落とす。

動きは速いのに、無駄がない。

白炎も出さない。まずは“抑える”。


根津「……以前の君なら、境内を燃やしていただろうね。」


戌亥「……俺の火は、怒りの玩具じゃない」


ジャケットのポケットに手を突っ込みながら根津は不敵に笑う。

根津の足元から、黒い筋が走る。

地面の中の“根”が起き上がるように、細い束が戌亥の足首へ絡みついた。


根津「縫い留める。──“縛”」


足が止まる。


戌亥は一瞬だけ目を閉じた。

黒紋が疼く。白炎が求めてくる。


(燃やすか?)


違う。


戌亥は、言葉にしないまま“選んだ”。


白炎は、爆ぜない。

細く、鋭く、刃のように右手の指先から走る。


“この縛”だけを焼き切る。


炎は最低限。

境内も、狐たちも、根津さんも──傷つけない。


根津の目が細くなる。


根津「……制御できているんだな。素晴らしいよ」


戌亥は足を踏み出し、距離を詰めた。

籠手の拳が、根津の足元を狙う。


しかしまた、根津の足元から影が伸び、黒い盾となり戌亥の拳を防ぐ


根津「落ち着いているな。私の足元の呪印にも気づいていたか。」


戌亥「ええ⋯根津さんはそこから動けないようですし、その呪印を壊せば、影の力は使えなくなるんですよね」


戌亥(根津さんの足元から伸びる複数の影、

そしてその影が通った"地面"が槍となり盾となる⋯。)


戌亥「ギン子さんすみません!後で弁償します!」


戌亥は右手から細かく圧縮した白炎の弾丸を2つ撃ち出す

狙いは、根津の背後にある2つの灯籠


根津「制御⋯いや支配か。」


根津は右手を伸ばし、その右手の影から地面が盛りあがり、また盾となり白炎の弾丸を防ぐ


戌亥「本命は⋯こっちです。」


2つ目の白炎は根津に向かって曲がる。


根津「呪いに反応させたのか⋯!」


根津は左手を二発目の白炎へ突出し、影で防いだ。


その刹那

白炎の狼となった戌亥が超高速で根津を通り越し、灯籠を2つとも破壊した。


根津「っ!」

根津の笑みが、初めて崩れた。


根津「……なるほど。そういう使い方か」


戌亥は背後からスピードを落とさずに踏み込む。

根津を照らさないように白炎はブーストだけで最小限に抑える


体当たりしてくる戌亥に対して、

根津も影を広げて壁を盛り上げたが、灯籠の光を失った分、範囲は小さいく、影の輪郭がぼやけている。


壁に激突する瞬間

戌亥は再度全身を白炎で包み

狼のシルエットで高速旋回した


根津「⋯フェイントか!」


勢い殺さず鬼の籠手が──呪印へ。


ドン、と低い衝撃。


呪印が刻まれていた地面が破壊された衝撃で、

根津の身体が数メートル飛び、石畳に転がった。

だが根津は受け身を取り、すぐ立つ。


根津「痛いなぁ」


戌亥「まだやりますか」


根津は服の埃を払う。

表情は穏やかに戻っている。けれど目だけが鋭い。


根津「仕方ないさ。……蛇神さんの指令は絶対だ」


戌亥(特異対策課の蛇神さん⋯やはりあの人の指令か。)


根津は両手を広げ、境内の“境界”へ触れた。


根津「戌亥くんには、この呪いを見せたことはなかったな。」


空気が軋む。

ポケットから出した根津の左手から藁が伸びる。

藁は瞬く間に伸び、繁殖し

洪水のように戌亥の周りを囲む

地面が、天井がないのに“圧”を作り始める。


根津「君を壊したくはない。だから──動きを止める」


次の瞬間、戌亥の周囲にたくさんの“釘”が落ちた。


戌亥は、白炎を一気に上げ周囲一帯を吹き飛びしたくなる衝動を抑えた。

代わりに──火力ではなく“方向”を選ぶ。


戌亥は床を蹴り、まだ藁に覆われていない“空”へ走った。

籠手で襲いかかる“藁”を殴り、亀裂を作り、そこへ白炎を流し込む。


枠が割れる。

火は爆発しない。溶断だけする。


根津「……!」


戌亥は割れた隙間から滑り出る。

そして、根津の懐へ。


右手の黒紋が、静かに脈打つ。


戌亥(燃やすのは……この人じゃない)


白炎は根津のを避け、根津が未だに手を突っ込んだままの“右ポケット”だけを焼いた。

地面の根が崩れる。


同時に、籠手の一撃。


根津の膝が落ちた。


ガク、と音がした。


根津「……っ」


戌亥は追撃しない。

籠手を下ろし、息を吐く。


根津は膝をついたまま、苦笑した。


根津「ははは⋯

君こそが“特異点”かもしれない。

⋯と、上層部が言っていた意味が⋯わかる気がするよ」


戌亥「……特異点?」


根津「……今は逃げなさい。

蛇神さんは……僕のように甘くないよ。」


その言葉だけ残して、根津は倒れた。



---


境内に、静けさが戻る。


真守が駆け寄ろうとするのを、ギン子が手で制した。


ギン子「……触れない方がよいでしょう。局の術式には、追跡の“縁”が付くこともあります」


戌亥は根津を見下ろし、拳を握った。


(特異対策局を、本格的に敵に回したのかな)


胸の奥が冷える。

狐たちのことがよぎる。


戌亥「……ギン子さん。ここの皆さんは……大丈夫ですか」


ギン子は静かに頷いた。


ギン子「我らは局と“契約”を結んでおります。利があるうちは、滅ぼされることはありません」


戌亥「利が……あるうちは」


ギン子「はい。──だからこそ、あなたは急いだ方がよい」


ギン子は社の奥へ視線を向ける。


ギン子「先ほどお伝えした式神術式の専門家。黒羊こくよう家。ここよりもっともっと北。北第3地区におります」


戌亥は、真守を見る。


真守は一瞬、言いかけた。

“私も行く”と。


でも、言葉を飲み込んで、代わりに強く頷いた。


真守「……わかってます。」


戌亥「……うん」


真守は唇を噛み、拳を握ってから、言った。


真守「でも、私……ここで祈りの修行を続けます!

ギン子さんたちと一緒に。先輩のこと、祈ります」


戌亥「……ありがとう」


真守は一歩近づいて、小さく胸を張る。


真守「先輩。お願いがあります」


戌亥「なに」


真守「痛いとき、キツイときは"助けて"って、言ってくださいね!」


戌亥は、少しだけ笑った。


戌亥「……壊れそうになったら、助けてって言う」


真守の目が、少し潤む。


真守「……約束です」


戌亥は頷き、白い犬のぬいぐるみを胸の内側へそっとしまった。

犬童の声が、奥でうるさく笑った気がした。


ギン子が、深く頭を下げる。


ギン子「戌亥殿。北へ。黒羊家へ。……どうか、幸運を祈ります。」


戌亥は鳥居を振り返り、社と狐たちと真守を目に焼き付けた。


そして、前を向く。


戌亥(復讐じゃない。知るために。救うために)


白炎は静かに、足元で揺れた。

籠手は、重く確かなままそこにある。


戌亥「……行ってきます」


真守「いってらっしゃい。戌亥先輩」


北の夜へ、戌亥は歩き出した。



――第二章 終

――第三章へ続く

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