第3節 "ショウ"
1-1
踊女の無数の腕が、兎へ叩き落ちる――
その瞬間、五色の影が一気に割り込んだ。
イノルレッド「はぁぁッッ!!」
見えない腕を片手で受け止めた。
火花が走り、小爆発がレッドの手刀の縁を走り、衝撃が霧散する。
イノルブルーが横から駆け抜ける。
イノルブルー「…。」
踊女に回し蹴り。
わざとギリギリ届かない距離――
あえて“当たらない”攻撃で、次の味方へ繋げる角度を作る。
イノルパープル「やぁ〜ん♡
いい角度ねぇ♡
“次は私よ〜♡”」
踊女の頭部に手を添え―― 腰をひねって投げるような動作。
しかし投げない。
投げる“直前の形だけ” 一瞬作り、
そこへイノルイエローが滑り込む。
イノルイエロー「よっ……っと!
〝はい次またレッドさんのターン入りまぁす!〟」
踊女の巨体が不自然な角度で浮き、止まる。
まるで舞台上で “決め技のためのフォーム” を整えられている。
戌亥「…………」
ただの戦闘ではなかった。
“番組演出のための戦闘”
“カメラ映えのための攻撃”
五人は息ぴったりで踊女を翻弄するが――
攻撃はすべて“薄皮一枚分だけ手加減”されている。
見ている者が恐怖ではなく
“スカッと爽快感”を覚えるように。
配信者は狂ったように叫ぶ。
配信者「っしゃああ!!!
やべぇ!!やべぇぞ!!!
“リアルイノルンジャー戦闘シーン”生放送だああ!!」
コメント欄
《これが本物?》
《踊女クソ雑魚www》
《横のスーツ男たち何してんの横でw》
《イノルンジャーまじ神》
戌亥は、ただ拳を握りしめて見ているしかない。
祈りも炎も使えない。
使った瞬間、世界に晒される。
段象の血が、まだ地面に滴っているというのに。
兎は声にならない声で呟く。
兎「……今は我慢するしかない………!」
イノルレッドが、一歩進んだ。
イノルレッド「――“祈りは、誰かを想う心だ”ッッ!!」
踊女を正面に捉え――
周囲の4人が一斉に形を整える。
パープル「レッドの導線確保♡」
グリーン「音響意識してっ」
ブルー「…。」
イエロー「配信者の角度、完璧っす」
それは戦闘ではなく
舞台装置の最終調整だった。
レッドが走り、跳び、空中で身体を回転させ――
イノルレッド「オ——ッラァァァァ!!!!!
〝爆・祈り蹴り――烈光式!!〟」
踵が踊女に触れた瞬間――
轟音と爆光。
ドンッッッ!!!!!!!!!!!!
踊女の体が白い断末光とともに砕け散り、
高熱の火花となって霧散した。
戌亥の脳裏に、夜の稲荷山がよみがえる。
赫の飛び蹴り。
赫の爆破。
赫の「遅かったな」。
同じだ。
技も、構えも、間合いも、衝撃の質も――“仮面の男”とまったく同じだ。
戌亥「…………ッ」
このタイミングで
イノルレッドがカメラへ向き直り、完璧な角度で指を突き出す。
イノルレッド「みんなの“祈り”があればッ!呪いなんて恐くないッッ!!
“互いを想う心”が、悪意に勝つんだッッッ!!!」
コメント欄は爆発。
《かっけぇぇぇぇ!!!》
《レッド惚れた》
《対策局棒立ちワロタw電柱かよ》
《やっぱ祈りの輪が正義よ》
戌亥の視界が、赤く染まった。
足が勝手に前へ出た。
戌亥「待てよ……
今の蹴り……ッ
お前、“北稲荷山にいた仮面の男か”?」
走る。
レッドの胸ぐらを掴もうと――
その一歩、
そのほんの一歩の直前。
イノルブルーが、戌亥に聞こえるか聞こえないかの声量で囁いた。
イノルブルー「――…
待待待
目待 目 待目
待侍待
」
瞬間。
全身に鉛が詰め込まれたように、動けなくなった。
呼吸さえ重い。
戌亥「……が……ッ……!?」
ブルーは足を軽く組んだまま、
配信者に向けたカメラに映らない角度でだけ微笑む。
イノルブルー「…。」
イノルレッドは、視線をカメラから外さずに言う。
イノルレッド「怖かったな…ッ
でももう大丈夫ダッ!
“祈りの輪”は、君たちの味方だッッ!」
まったく振り向かず。
丙班を、ただ“背景”として扱ったまま。
段象が歯を噛みしめる。
兎が拳を震わせる。
だが――
コメント欄はすべてをかき消す。
《対策局の人、隅っこにいるwwww》
《イノルンジャーがいなかったら終わってたね。感謝しろよ》
《実力の差がやべぇ》
《イノルンジャー最強!!!》
戌亥の拳は、血が出るほど握り締められていた。
黒紋が皮膚の下で脈打つ。
燃やせ
噛み砕け
破壊しろ
全部殺せ
全部
断罪だ…断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪
人間が
俺たちの敵になるなら
その直前で――
兎が、震える声で戌亥の名を呼んだ。
兎「戌亥くん……っ
落ち着いて……!」
黒炎が揺れ、暴走寸前の鼓動が止まる。
イノルンジャーは踊女が消滅した余韻を背に、
配信カメラへ向けて最後の決めポーズ。
イノル全員「――“祈りは力だ!!”」
ショーが終わるように、
滑らかに去っていく。
丙班の誰一人、視界に入れないまま。
――
1-2
踊女が砕け散った直後の空気は、
異様なほど“晴れやか”だった。
あれほど凍りつく死の気配に満ちていたトンネル出口が、
まるでヒーローショーの後の会場のように軽くなっていた。
だが――
血の味は、丙班の口中にまだ残っている。
段象は肋骨を押さえ、兎は震える膝を支えながら、
ただ呆然と五色の背中を見ていた。
レッドが胸を張り、配信カメラへ指を突き出す。
イノルレッド「――恐れるなッ!
“祈り”は、誰かを想う心だッ!!」
配信者の声が裏返った歓声となる。
配信者「っしゃああああ!!!
お前ら見た!? 今の蹴り!! やべぇ!!
“リアルイノルンジャー討伐シーン”独占生配信!!」
コメント欄は、爆発していた。
《神回》
《特異対策局はただぼーっとしてたなw》
《レッドかっけぇぇぇ!!》
《祈りの輪が本物って証明されたな》
《対策局?役所仕事じゃん》
兎の口から、かすれた声が漏れる。
兎「……“ぼーっとしてた”…じゃないよ……
段象さん、あんなに殴られたのに……
戌亥くんも……死にかけてたのに……」
しかし彼女の声は、誰にも届かない。
段象は血の滲む唇の端で乾いた笑いを零した。
段象「……俺らの苦労なんざ、配信じゃ枠外か。」
戌亥は拳を握りすぎて、掌がじわりと赤く濡れた。
戌亥(……なんでだ。
なんで“助かった”じゃなくて、
“無能扱い”なんだ……?)
レッドは最後にもう一度ポーズを決め、
配信者へ最高の角度で指を振る。
イノルレッド「君たちの“祈り”……確かに届いたぞッ!!
呪いなんて、僕らが全部祓ってみせるッッ!!」
コメント欄は歓喜の渦。
《惚れた》
《イノルンジャー最強》
《対策局いらなくね?》
《無能of無能》
戌亥の奥歯が、ミシリと音を立てた。
その音は、黒紋の脈動と同じリズムだった。
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◆ 帰局後 ― “上層部案件”
特異対策局・特異対策課会議室。
戌亥は初めて入る、特異対策局上層部の会議室
部屋には丙班と根津、そして特異対策局の心臓とも言える
「"特異対策課"」の蛇神(蛇神)が、束ねた黒く長い髪を揺らしながら座っている。
蛇神 創矢
特異対策局の中心であり、局内で"上層部"と呼ばれている特異対策課のメンバー。
スラッとした長身細身であり、長いストレートの黒髪を束ねる男。
その眼光はまさに蛇と呼ぶにふさわしい鋭さだった。
机には踊女戦の動画が再生されている。
丙班の姿も、背景に“映っている”。
だがコメント欄は画面の大半を覆い、
もはや誰も丙班の存在を“見ていない”。
蛇神が、重い声で問う。
蛇神「……戌亥。
あの爆発の異能を覚えているな?」
戌亥「……忘れるわけがありません。
半年前――俺を殺しかけた、あの男の技です」
上層部「イノルレッドと、仮面の“赫”は同一人物と見てほぼ間違いない。」
段象が眉をしかめる。
段象「……だろうな。」
蛇神「現在進行中の仮面奪還作戦にも通じる案件だ。
さらに、イノルンジャーが仮面の呪詛師たちなのであれば、"宗教法人祈りの輪"もまた裏では呪詛を操る組織ということになる。」
蛇神の言葉は、異様に冷たく、重い。
兎が小さく息を飲む。
蛇神「丙班には、イノルンジャーの“正体確認”任務を付与する。
ただし――
対外的には絶対に衝突するな。
今、世論は完全に祈りの輪の味方だ。」
戌亥の拳が震えた。
戌亥「……衝突するな、ですって?」
上層部「当然だ。
今は“世間から見て”彼らが正義だ。
特異対策局としても、今世間に敵視されるのは少々マズイ。」
戌亥「……俺たちが命を張っても?
無能扱いされても?
仮面の男が堂々とヒーローやってても……?」
上層部「世論は事実より“物語”を選ぶ。
それに、、、"対外的に"と言っている。
後の意味は自分で考えろ。」
その瞬間、戌亥の中で何かが、ひび割れた。
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1-3
◆ 別日――イノルンジャー出動現場
町中の交差点。
小さな呪霊が暴れているだけの案件だが、
すでに人だかりができていた。
もはや呪霊は、見世物として世間に出回るようになった。
今まで警察や、特異対策局が可能な限り秘密裏に処理してきた怪異事件が、明らかに増加し、更に強化されている。
少しずつ大規模に、、、大げさに…。
「イノルンジャーが来てるって!」
「本物が戦ってるの!?」
そこへ丙班が到着。
するとほぼ同時に――
五色のヒーローが、呪霊を軽く捻り上げ、観衆の歓声に応じて華やかに拳を突き上げた。
イノルレッド「みんな、安心してくれッ!
呪霊は退治したッッ!
祈りの輪は、諦めないッッ!!」
観衆「キャーー!!レッドーー!!」
戌亥の耳がキーンと鳴った。
耐えられない。
戌亥は人だかりをかき分け、イノルンジャーの前へ出る。
戌亥「……レッド。
お前、仮面の――“赫”だな?」
レッドは振り向きもせず、爽やかに笑った。
イノルレッド「おや?
言ってることがよく分からないな…ッ
俺はただの…“祈りのヒーロー”さッッ!」
そして口早に、戌亥にだけ聞こえるような小声でイノルレッドは囁く
イノルレッド「それとも…君は"今度こそ本当の死体の山"を観たいというのか?
…幻覚じゃなくね。」
戌亥「ふざけるなッ!!」
距離を詰める。 その瞬間――
イノルブルーが戌亥の横に立っていた。
囁き声。
イノルブルー「…止…。」
世界が、鉛の海になった。
戌亥「……ッ……!!」
膝が落ち、呼吸が吸えない。
視界が波打つ。
兎「だめ!!戌亥くん落ち着いて!!」
段象がレッドへ怒鳴る。
段象「てめぇ……やっぱり呪詛師だろ!!
“祈り”なんて看板掲げやがって――!」
レッドは観衆に聞こえる声量で、爽やかに言う。
イノルレッド「皆さん、見てください!
特異対策局が、なぜか我々に詰め寄ってきます。
呪霊退治を妨害しようとしているようですね!」
観衆「え……?」
「対策局って、あの無能扱いされてたとこ?」
「"また"邪魔してるの?」
誰かがスマホを構えた。
レッドはその方向へ、完璧な角度で笑顔を向ける。
イノルレッド「大丈夫ッ。
祈りの輪は、誰も傷つけませんッ」
戌亥(……どの口が言イヤガル……!!)
イノルブルー「…怒狂…。」
黒紋が、皮膚の下で暴れた。
血を吐き倒れる、狐達の姿が
戌亥の脳裏にこだましてーー
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◆ SNS、炎上
翌日。
《町中で炎を撒く特異対策局!!イノルンジャーが取り押さえる》
《特異対策局、イノルンジャーに暴行?》
《呪霊退治を妨害、住民から苦情と悲鳴の声》
《やっぱり無能組織?税金の無駄遣い》
“白炎をまとった手で、イノルンジャーに掴みかかる戌亥の写真” が
切り抜かれ、何十万回も拡散されていた。
しかも――
《祈りの輪公式:
特異対策局さんのことをあまり責めないであげてください。
私達は人々を守りたいだけです。
どうか誤解がありませんように》
その“優しい声明文”が
火に油を注いだ。
《対策局最低》
《イノルンジャーの邪魔すんな》
《レッドが謝ってるの泣ける》
《レッドに掴みかかっていた男なんなの? し ね よ 》
局内も敵意に染まっていた。
蛇神「やってくれたな…。
イノルンジャーは今や国民的ヒーロー。それどころか民衆の目の前で異能を使うとは…。」
口調は冷静だが
蛇神の細い目の奥に、
殺気にも似た怒気が滾る
段象「待ってください…。明らかに戌亥は平常心じゃなかった。恐らく奴らに呪いの類を…」
段象「黙れ。貴様の発言は許可していない。」
段象「…っ。」
蛇神「戌亥…君は少し頭を冷やせ。」
兎が恐る恐る手を上げる
兎「少し…とは、、どのくらいでしょうか?」
蛇神はニコリと笑って答えた
蛇神「俺が"行け"と言うときまでだ。」
ーー
段象と兎には別命令が下った。
“仮面奪還作戦”本部に合流すること
現丙班は解散
戌亥は独りとなった。
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1-4
宿舎。
机の上に、ニュースとSNSの画面が散らばっている。
《特異対策局いらなくね?》
《ヒーローに噛みつくな》
《戌亥ってやつ、怖すぎる》
胸の奥が、焼けるように痛い。
黒紋が脈打つ。
――燃やせ
――壊せ
――断罪しろ
戌亥「……うるせェ……黙れ……!!なんなんだよ」
机を殴りつける
衝撃で置いていた白い犬のストラップが落ちる
戌亥「あっ…。」
そのとき。
コンコン。
静かなノックが響いた。
戌亥「……誰だよ、なんの用……」
扉を開けると――
真守「……戌亥先輩。
やっと見つけました。」
真守が立っていた。
少しだけ、大人びた顔つきで
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