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Partners 〜戌亥隼人の奇怪譚〜  作者: 土ノ子ウナム
第0章 犬も歩けば棒に当たる
1/27

第1節 春。それは出会いの季節

────────────────────────


◆ 1-1 プロローグ

春。出会いと始まりの季節


春。

胸がふくらむ匂いが漂う季節。


私《虎日向こひなた 真守まもり》は、

大学の入学説明会が終わり、

広いキャンパスの中を歩いていた。


今日から私は大学生だ。


高校までは引っ込み思案で友達ができず、

孤独な学校生活だった。

けれど大学に入る瞬間、決めたのだ。


――大学生になったら、たくさん友達をつくる。

憧れていたキャンパスライフを、

たくさんの友達と一緒に送るんだ。


胸は期待でいっぱいで、

まだ少し怖くて、それでも前を向こうとしていた。



◆ 1-2 川の流れのように


大学生になって1週間が経った。


…真守には、まだ友達は出来ていなかった。


気持ちはあるのに、

話しかけようとすると喉が詰まってしまう。

勇気が出ない。


けれど私は諦めたくなかった。


「せめて…サークルに入れば、

誰かと仲良くなれるかもしれない…!」


拳をギュッと握り、

手が攣りそうになる。

トホホと手のひらをストレッチしながら、

慣れないことはするものじゃないなと

独り言を呟く真守。


(とりあえず行ってみよう…!)

そう思って、

キャンパス内のサークル棟へ向かってみた。


◆ 1-3 探しても、見つからないもの


サークル棟で、たくさんの勧誘を受けた。

真剣な部活、にぎやかな同好会、

クセはあるが楽しそうな団体。


でも、私は運動が苦手だし、

これといった特技もない。

強いて趣味を言うなら、

ぬいぐるみを集めることくらいか…。


気になるサークルがあっても、

部室に入る勇気が出ない。


行きたいと思っても、

迷惑をかけてしまうかもしれないと思うと

足がすくんでしまう。


◆ 1-4 警告


何かのビラを読んでいたときだった。

通りすがりの先輩に声をかけられた。


「おっ、新入生か!

君、カバディとか興味ない?ンカバデァカバディ!」


突然叫びながら、謎のステップを繰り出す


真守「ご、ごめん…なさい。運…動は苦、手で…」


「…まぁ見た感じそうだな!

…ちなみに、サークル探しなら

気をつけたほうがいいぞ」


言葉の意味がわからず固まると、先輩は続けた。


「気をつけるべきは登山部だ。

この大学の登山部にはな、

生きる“都市”伝説がいるんだ」


真守「いっ、生きる"都市"…伝、説…ですか?」


「そう!"服を着た不幸"と呼ばれる4年生の男だ」


「幸せな時にそいつに近づくと、一緒に不幸になる。

でも、不幸な時に近づけば…

そいつが代わりに不幸を背負ってくれる。ってな!」


ケラケラと笑いながら、そんな噂話をしてくれた。


「誰か聞かなくても見りゃ分かるさ。

本当に不幸が服着て歩いてるような男だからな!」


そう言って暑苦しい先輩は笑いながら去っていった。


笑い話のつもりだったのかもしれないが、

私はなんだか気味が悪くて、

すぐにその話を頭から追い出そうとした。


---


◆ 1-5 変わらない日々


数日が過ぎた。


講義を受け、家に帰り、翌朝また大学へ。


周りの学生はキラキラと賑わっているのに、

私の周りだけモノトーンのような感覚。

誰とも話せないまま時間だけが過ぎていく。 


(どうしよう〜⋯)


そのときだった。


隣の席の女の子が声をかけてきてくれた。


「ねえあなた!1年でしょ!

先週の講義もこの席座ってたよね!」


快活な笑顔で話してくれる女の子


(や、やっと友達ができるのかな⋯!!)

真守は嬉しくなって、口角が自然と上がってしまう。


そんな真守のニヤニヤを気にもとめず、

隣の席の女の子は、この学校でバズってるとされる

ある“動画”の話をしてきた。


---


◆ 1-6 呪いの動画


「いま、この学校でバズってる動画があってね〜」


女の子の話すその動画は

「呪いの動画」と呼ばれていると言う。


見ると呪われてしまうらしい。


「呪いなんてあるわけないんだけど、

これがけっこーリアルでさ!」


極度の怖がりな私は、普段ならそんな話

絶対に聞きたくない。


ホラーなんて見られないはずなのに、

その子と仲良くなりたい気持ちが勝ってしまった。


真守「じゃあ…見てみよ…かな?」


「お!いいね!じゃあ動画のURL送るね〜。

オンスタやってる?スマホだして!」


真守(オ、インスタグラム!

一応このSNSアプリ入れといて良かった⋯!)


通知音が鳴る


「ほいっ、今送ったから!見てみて!」


友達が増えた嬉しさと、

今から友達のためにホラー映像を見る恐怖

どちらの感情もあり震える手でスマホを操作した。


◆ 1-7 裏拍手の女


動画を再生する。

画面には薄暗いアパートの和室が映っていた。


何も起きない。

そのはずなのに、呼吸が苦しくなっていく。


いくらか動画が進んだ後、

そこへ――

髪の長い女がゆっくり部屋に入ってくる。

女は俯いており、画質の荒さもあり顔は見えない。


女は和室の真ん中に立つと、

ゆっくりと手の甲と手の甲を打ちつけるーー

いわゆる「裏拍手」を始めた。


パンッ、パンッ、と打ち付けていく。


裏拍手は、ほんの少しずつ、ほんの少しずつ速度を増していく。


パンッパンッパンッパンッパンッパンパンパンパン


画質が荒いはずなのに、手の甲が赤く染まっていくのが分かる。


パンパンパンパンパンパンパンパンパン!!


血が飛び散り、骨の音が混じる。


カンカンカンカンカンカンカンカンガンガンガンガンガンガンガン"ガン"ガン"ガン"ガン"ガン"


恐怖でいっぱいのはずなのに、

なぜか目を逸らせない。


そして女がカメラへ向かって顔を上げ始めた。


やめなきゃ。

見ちゃいけない。

止めなきゃ――


その瞬間。


トンッ


肩を叩かれた。


◆ 1-8 ンヒッ!


「ンヒッ!!!」


声にもならない小さな叫び声をあげて、

そのまま腰が抜けた。


スマホが手からこぼれ、視界から動画が消えた。


後ろに立っていたのは、

黒髪で優しい目をした男。


「ねえ君!

顔が真っ青だけど⋯大丈夫?体調でも悪いのか?」


顔面蒼白で動画を見ている私のことが気になって

声をかけたという。


腰が抜けて、

立ち上がれずにいる私に手を貸してくれた―― 


その時。


ビチャッ


ここは講義室のはずなのに、

戌亥先輩の頭に鳥の糞が落ちた。


周りの学生「うわっ!窓から鳥が入ってきたぞ!?」


さらに風が吹き荒れ、飛んできたゴミ袋が戌亥先輩の身体に直撃。


周りの学生「うお!急に風が強く⋯もう誰か窓閉めろ窓!」


戌亥「おっとと⋯」

よろけた先で転がってきた空き缶に足を取られて戌亥先輩も私の目の前で転ぶ。


――その瞬間、私は悟ってしまった。


(ああ……この人が噂の…


生きる"都市”伝説…)


---


◆ 1-9 未遂


私に呪いの動画について教えてくれた女の子は、

いつの間にかいなくなっていた。


不幸を呼ぶと言われている戌亥先輩に驚いて、

離れてしまったのかな……。


そう自分を納得させつつ、

戌亥先輩に手を借りながら私は立ち上がり、

帰路についた。


ちなみに戌亥先輩は、

自分の頭に落ちてきた鳥の糞には

最後まで気づいていなかった⋯。


---


◆ 1-10 幻のグルテンフリー


それから戌亥先輩は、私のことを見かけるたびに

笑顔で話しかけてくれるようになった。


どうやら顔面蒼白の子として認識されているらしい。

確かに、戌亥先輩はいつも目の前で

不幸な事が起きている。


だから先輩と話すとき

私はいつも引いてしまって

顔が白くなっているのだろう。


戌亥「うちの大学の購買にはな。

幻のパンがあってだなーー。」


不幸体質にはドン引きしつつも、

話が上手じゃない私にも気さくに声をかけてくれて

なんだかんだと楽しくおしゃべりをしてくれる。


そして分かったことが一つある。



「あっ、戌ちー!この前はありがとねー!」


「戌亥くん!今度うちのゼミに来てくれないか!?見てほしいものがあるんだ!」



気をつけろ。という噂とは正反対に、

戌亥先輩は意外と知り合いが多いようだ。

男女も年齢も問わず、

色々な人が戌亥先輩を見かけると話しかけてくる。


「あー!ワンちゃん見つけたで〜!

なあまたワイと一緒に馬当てに行こや〜」


戌亥「嫌だ。

この前はお前が簡単にお金が稼げると言ったから

ついて行ったが、結果はどうだ。

俺の書いた数字の真反対だったじゃねえか。」


「ええやんええやん!

代わりに飯奢ったやんか〜!な?頼むわぁ」


真守(不幸を利用してくる人もいるようだけど⋯)


私と対象的な戌亥先輩を見ると、

自然とこう思ってしまった。


(こんなふうに、人に囲まれる人なりたいな⋯。)


---


◆ 1-11 再会


途中までとはいえ、

呪いの動画を見てから数日が経ったが、

特に大きな変化はなかった。


相変わらず友達はできていないことが、

もしかしたら呪いの影響なのかとさえ思いつつある。


でも戌亥先輩が時々話しかけてくれることは、

いつも一人だった私にとって大きな進展だった。



講義中、突然隣から声をかけられた。



「この前はごめんね!

用事思い出して先に帰っちゃった!」


満面の笑顔で言ってくるのは、

呪いの動画を教えてくれたあの女の子だった。


「そういえば名前言ってなかったね!

私の名前はしおん!気軽にしおんって呼んでね!」


真守「あっ……よ、よろしく…ね…っ!」


真守(良かった。

あのまま友達になれないかと思ってた⋯!)


大学でできた初めての友達だった。


---


◆ 1-12 偶然


それから私はしおんと一緒にいることが増えた。

……というより、私が行く場所の先にいつもしおんがいた。


教室

図書館

購買

サークル棟の前

昼休みの廊下


偶然の範囲を超えていた。

どこに行ってもとは言ったものの

一緒にご飯を食べに行くとか

買い物に出かけるとか

そんな普通の遊びのようなことは無かった。

そもそも夕方頃になると、

決まってしおんはふとスイッチが切れたようにふらふらと


しおん「あ、帰らなきゃ」


と言って帰っていく。


そんな毎日だ。

しおんは最初こそ快活に話すのだが

ふとスイッチが入ったように

呪いの動画の話をしてくる。


あまりにも、何度も。何度も。


なにより一番怖かったのは

“しおんの笑顔がどんどん張り付いたものになっていく”

ことだった。


口元はニッコリと笑っているのに、

目が笑っていない。


ときおり、視界の端のしおんが

【真っ黒な空洞のような目をして凝視】

してきてるような気がしたこともあり、

しおんの顔を見て話すことも出来なくなってきた。


しおん「ねえ真守、あれ……本当にちゃんと最後まで観たんだよね?」


真守「う、うん……観たよ……!

観たけど…こわくて、あんまり覚えてないかも。」


(本当は観てない。

戌亥先輩が話しかけてくれて、途中で止められた。)


しおん「そっかぁ〜……でも、、

あっ、じゃあさぁ、私と一緒にもう一回観よ?

今からここで!

ね?ね?ねえ?ねえってば。」


距離が近い。

声が上ずっている。

しおんが半歩踏み込むたびに、

私は一歩下がっていた。


---


◆ 1-13 新悲劇


そんなある日。

大学のキャンパス内で戌亥先輩を見かけた。


呪いの動画のこと、誰かに相談したいと思っていた。

戌亥先輩も

「なんか困ったことあったらいつでも相談してくれよ!真守ちゃんっていつも顔面蒼白だし!」

と言ってくれてたし⋯。


次会ったら……戌亥先輩に相談しよう。

そう思っていた矢先に見つけたので

意を決してみる。


「いっ…い、戌亥センパイーー…」

一歩踏み出そうとした瞬間——


「おーーい!ワンちゃ〜ん!!」


先に、金髪の男が戌亥先輩へ走っていった。


金髪=陽キャ=怖い

という偏見が働き、私は咄嗟に物陰へ隠れてしまう。


「お、どうした?犬童。」


犬童——金髪の男は、親しげに戌亥先輩へ話し始める。


犬童「なぁ〜、わんちゃん助けてや〜。」


軽快な関西弁。


犬童「うちの店にまた困った客きとんねん。

ワイら戌と犬でワンワンコンビやんか。

困ったときはお互い様やろ?お力貸してくれやぁ」


戌亥「なんだよまたか…。

前回お前の頼みを聞いて、

あんなひどい目にあったんだぞ、、。」


犬童「まあまあまあ〜、過ぎたことはもう、

ユルシテヤッタラドウヤー!てな!ズコー!やろ!」


犬童に肩を組まれながら、どこかへ行く戌亥先輩。


真守(ワンワンコンビ…。)


---


◆ 1-14 通知音


しおんから届くスマホの通知が鳴り止まなくなった。


最初の頃のメッセージは

「昨日は楽しかった!また話そ!」

といった普通のものだった。


だが日に日に増えていくメッセージ


「今日も会えなくて残念だったな〜!

ねえ、動画ちゃんと観た?感想聞かせてよ〜!」


そして最近にもなると異常を通り越して狂気のようなメッセージが送られてくるようになった。


「観た?観た?観た?観た?観た?」


一日に数十件。


**『動画のURL』**だけ何度も送られてきたこともある。


通知の欄が、ずらっとURLで埋まっていく。


(怖い……怖い……どうしよう……)


無視していると、さらにしつこくなる。


「観てよ。」


「動画リンク」


「観て。みろ。見ろ。ミロ。ミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロミロ

 観 ろ よ マ モ リ

 見 捨 て な い で」


真守「見捨てるって…なにこれ…。」

手が震えて、スマホを持てなくなる。


授業にも集中できなくなり、

眠れなくなり。

食べ物の味もわからなくなってきた。


しおんを避けるうちに、

大学にも行けなくなっていた。


“普通の生活”が少しずつ壊れていく感覚。


私の限界はとっくに超えて──



---


◆ 1-15 叩く音


大学を休み始めて数日後。


ピンポーン


インターホンの音。


真守(やだ……やだ……誰……)


しおんから届いた、

最新の通知の内容を見る。


「今日会えなかったから、家に行くね」


脚が震える。

声が出ない。

真守「な、なんで家を知ってるの…?」


ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン


ドンッドンッ


真守「え!?オートロックのはずなのに…!玄関前まで…?」


ピンポーン

ドンッドンッ

ピンポーン


しおん「真守ちゃーーん!家にいるんでしょ〜!?

心配で来たんだよ〜?開けてよ〜?

……ねえ、無視しないでよ」


私は枕を抱えて、部屋の隅で耳を塞いだ。


どんどん精神が削れていく。


ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンドンッドンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンドンッドンッピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン


耳を塞いでいるはずなのに、

なぜか真横から聞こえてくるようなインターホンと玄関を叩く音。


しおんはドアの向こう。

耳も塞いでいる。

なのに、静かにしかし必死に語りかけるようなしおんの声がくっきりと聞こえてくる。


しおん「お願い……観て……観て…

わたしね、もうダメなの……

観てくれるだけでいいの……

もう気づいているよね……

みてくれるだけだから……

ドアを開けなくてもいいの…

いま、リンクを開いて… 

ドウガヲミテ…

それだケで、たスかるカラ……

ねえ……ねえってバ……」


涙なのか、鼻血なのか、呼吸の音なのか、

声のボリュームもトーンも崩壊している。


怖い。

怖すぎる。


私はとっさに布団を頭までかぶった。


一瞬のような

何時間もたったような

そんな時間の巡り


いつの間にか、夕日の光が窓から差し込んでくる


玄関を叩く音が止んだ。


静寂。


しおん「…………明日になったら……また来るから…………」


声がゆっくり遠ざかっていく。


その声は泣いているようで、笑っているようで、

どちらでもない、壊れた音だった。


私はそのまま…

そのままベッドにうずくまった




◆ 1-16 ワンワン


翌日も、当然のようにしおんは家に来た。

昨日の再現のような、しおんの言葉。


真守「もう、見たほうがいいのかな…。動画。」


何百件にも達したしおんのメッセージを開き、動画の再生ボタンを押す。


動画の読み込みが始まると、

図ったようにしおんの声は止まった。


そんなとき――


「真守ちゃん!」


優しい声がした。


びくりと肩が震える。

けれど、その声の温度は、恐怖とは真逆だった。


「大丈夫だよ。俺だ。」


ゆっくりと、布団の外の世界へ引き戻されるような響き。


その声は、戌亥先輩だった。


玄関越しの声なのに、なぜか近く感じる。

泣き腫らした目に自然と涙がまた滲む。


真守「……せん…ぱい……?」


「うん。俺だ。」


その声を聞いた瞬間、胸の奥の硬く固まっていた恐怖が少しだけほどけた。


「な?ワイの言った通りやったやろ〜?店の客から聞き出したんやで?

しおんちゃんに似たヤバそうな女がマンション入っていった〜てな!」


カラッとした、馴れ馴れしく軽薄そうな声。

犬童先輩の声もする。


戌亥「学校でもしおんちゃんがおかしくなっていることは噂になっててね。犬童が調べてくれて……やっと来れたよ。」


声だけなのに、安心してしまう。

それが怖いほどに。


しおんの声が玄関先で上ずり始める。


しおん「ちょっ……なに?あんたたち…?なんでいるの?なんで邪魔するの……?」


威圧でも怒鳴りでもなく、戌亥は静かに続ける。


戌亥「しおんちゃん。君が悪いわけじゃない。

苦しかったよな。怖かったよな。助けてほしかったよな。」


言葉は決して責めない。

ただ、苦しさに触れてくれる声だった。


しおんの嗚咽が微かに聞こえた。


しおん「もう、限界ナノ。もう私に近づいて来る人もイナイ。真守しか…真守が見るしか…」


戌亥「大丈夫だ。呪いの動画を、、観てしまったんだろ?

そして、その呪いの動画は、誰かに見てもらわないと、誰かにうつさないと、解放されないんだよな。

俺にリンクを送ってくれ……君は助かる。」


真守「え…………!そんなことしたら、先輩は……!」


声を振り絞った。

それはもはや言葉というより悲鳴に近かった。


戌亥「平気だよ。」


即答だった。


戌亥「俺はさ、もう何回もあの動画観てるし。」


しおんの荒い息が止まった。

真守も呼吸を忘れた。


戌亥「しおんちゃんだけじゃない。この呪いの動画、他にも観てしまった人が何人かいたんだ。

皆、動画を最後まで見てしまって、日が経つごとに錯乱してしまうようだった。」


戌亥「そしてこの動画の呪いは、他の誰かに最後まで見せれば解けるらしい。

だから俺が観た。

呪いを受けておかしくなってしまった子達も、俺に見せてからは落ち着いたから安心してくれ」


まるで当たり前のことのように。


しおん「…………ひっ……ひ……っ」


泣き崩れる音。


そして、長い沈黙。


しおん「……まりがとう……ごめ……な……」


動画を、見たのだろう。


犬童「とりあえずここは若いモンに任して、ほらしおんちゃん!行くで!犬童お兄さんの肩を貸したる!

近くにええ店知ってんねや〜」


戌亥「普通に病院へ行くと言え。だいぶ参ってるみたいだし、何日かは病院で安静にしててくれ」


しおん「はい…。」


2人分の足音が遠ざかり、階段を降りていく。

ドア越しに、静かに去っていく気配。


もうインターホンは鳴らない。

もうドアは叩かれない。


その静けさに、真守はようやく涙をこぼした。


戌亥「真守ちゃん、もう大丈夫だ。」


その声は泣いているようで、笑っているようでもあった。


戌亥「今日はゆっくり休んだほうがいい。

詳しい話は、また明日……大学で。」


返事はできない。

喉が声を出せない。


それでも――


真守「……あり、がとう……」


その一言だけは、自然とこぼれた。


ドアは開かない。

姿も見えない。


けれど確かに、真守の世界に“救い”が差し込んだ。



◆ 1-17 「呪いの動画」終幕


翌日。

恐怖も涙もまだ消えていない。

けれど私は大学へ行った。


倒れそうなほど緊張していたけれど、

それでも、行こうと決めたのだ。


(逃げたままじゃ……また、壊れてしまう)


そんな思いだけが背中を押していた。


授業を終え、私はキャンパス内の中庭へ向かった。

戌亥先輩がよく休憩している場所だ。


ベンチの上で先輩は空を見上げていた。

鳥にフンを落とされないように、注意してるのだろうか。

いつもの少し抜けた笑顔が、安心させてくれる。


戌亥「あ、真守ちゃん。来れたんだね。」


たったそれだけなのに涙がにじんだ。

“来れた”と言ってくれたのが、嬉しくて。


真守「……しおん、ちゃんは……」


戌亥「病院行ったよ。精神的に参ってたからね。でも、だんだん落ち着いてきてるらしい。今朝も会ってきたけど、普通に話せたよ。」


胸がすっと軽くなる。

助かったんだ。しおんは。


戌亥「しおんちゃん、最初から真守ちゃんに動画を見せたくて近づいてきたんだって ……入学してきたばかりで独りの人なら、、“動画を見せられる”と思ったらしい。」


残酷な話だが、戌亥は淡々と言う。

責める色はない。


戌亥「でも最後は泣いて謝っていたよ。……本当は、助けてほしかっただけなんだと思う。

あの子だって、きっと信じてた誰かに動画を見せられた側なんだ。」


それを聞いて、私は胸の奥がズキッと痛んだ。

しおんが怖くて逃げていたのに、

助けを求めていたのはしおんのほうだった。


真守「……先輩は、どうして……そこまでできるんですか?」


質問ではなく、、振り絞った心の叫びだった。


呪いの動画を何度も何度も観て、

みんなの代わりに呪われて、、

それでも笑っている。


そこには、カッコつけでも自慢でもない、

ただの事実があった。


戌亥「俺がやるしかないから、やってるだけ。

どうやら俺は、呪いが効きにくいタイプなのかもな!

放っといて誰かが壊れるなら……ちょっと不幸になるくらいの俺がいい。」


ビチャッと鳥のフンが頭に落とされながら言い放つ。


「俺がいい」

今回は、引かなかった。

そう言いきる声は、優しくて、少しだけ寂しかった。


胸の奥が熱くなる。


(強いって、こういうことなんだな⋯。)


ただ優しいだけの人でも、

弱みを見せない人でもなくて。


“何かの為に、行動できる人”


真守「……私……サークル、入ろうと思ってます。」


戌亥「おっ、なんのサークル?」


真守「手芸部……です。

ちょっと地味ですけど……でも、昔からぬいぐるみが好きで……だから、挑戦してみたいです。」


言いながら気づいた。


自分の言葉なのに、

震えていない。


真守「逃げてばかりなの、そろそろやめたいんです。

私も……強くなりたい。」


戌亥はぱっと笑った。


戌亥「手芸か!すごいな!

まずは一歩、だな。」


その一言は、私が誰よりほしかった言葉だった。


真守「上手にぬいぐるみ作れるようになったら、戌亥さんにあげます。ワンちゃんの⋯ぬいぐるみ。」


風が吹き、桜の花びらがベンチに散った。

春の匂いが濃くなった。


戌亥「楽しみにしてるよ。」


真守「…………はい。」


涙がこぼれたのに、

この涙は昨日までの涙とは違った。


強くなると、決めた涙だった。



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