冒険者ギルドの特別依頼
朝日が昇ると同時に、ギルドの広間はざわめいていた。昨夜の討伐の噂がすでに広がっているらしい。
掲示板には新しい依頼が貼られ、冒険者たちが群がっている。その中央に、赤い印で囲われた依頼書が一際目を引いた。
「……赤印依頼だ」
リオが低く呟いた。
ギルドでの赤印依頼は、街の安全に直結する“特別任務”を意味する。
受付嬢が声を張り上げる。
「討伐依頼! 街道に現れた魔獣の群れについて、調査と殲滅を行える者を募集します! 危険度はC以上、複数人推奨!」
俺とリオの視線が自然と合った。
「お前、行く気か?」
「……俺たちでやれるなら、やってみたい」
隣でシルフィエルが頷く。
「魔獣の群れなら、風で動きを分断できます。ユウトさんの訓練成果を試すにはちょうどいいかもしれません」
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登録したばかりの「奇妙なパーティ」
ギルドの他の冒険者たちは俺を遠巻きに見ていた。
「噂のパン野郎だろ?」
「いや、精霊連れてるんだってさ」
「Sランク精霊適性……本当なら大物かもな」
囁き声が飛び交う。だが、俺の耳には少し刺さる。持ち上げられるのは苦手だ。
リオは俺の肩をどんと叩いて笑う。
「気にすんな。噂なんざどうせすぐ別の話題に取って代わられる。今は依頼を取るだけだ」
受付嬢が手続きを済ませ、俺たちのパーティは正式に「臨時登録パーティ」として依頼を受けることになった。名前を付ける欄に俺は戸惑ったが、リオが勝手に「疾風団」と書き込んでしまった。
「ダサくない?」
「いいんだよ、勢いが大事だ」
俺は思わず苦笑するしかなかった。
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出発前の準備と“仲間”候補
街を出る前に、武具屋で装備を見繕うことになった。
俺は安物の布鎧と、ギルド支給の簡素な短剣しか持っていない。リオが真剣に品定めをし、俺に革の胸当てと小型のバックラーを勧めた。
「最初は守りを固めろ。攻撃は精霊魔法に任せろ」
支払いをまたリオが肩代わりしようとしたので、俺は慌てて止めた。
「いつか返すから、今は貸してくれ」
「気にすんな。俺は仲間には投資する主義だ」
リオは笑ったが、その目はどこか本気だった。
そのとき、店の隅で武器を磨いていた少女がこちらを見ていた。
年の頃は十代半ば。紫色の髪を短く切り揃え、瞳は冷たく鋭い。腰には魔導銃らしき奇妙な武器を下げている。
「……あんたたち、赤印依頼に行くの?」
突然声をかけられた。
「そうだが?」
リオが応じると、少女は淡々と続けた。
「なら、私も連れていけ。単独で受けようと思ったけど、人数がいた方がいい」
リオが目を細める。
「腕は立つのか?」
「見ればわかる」
そう言って少女は魔導銃を構え、壁に吊るされていた古い鎧を撃ち抜いた。青白い閃光が走り、鉄の胸板にぽっかりと穴が開く。
俺は思わず口笛を吹いた。
「……悪くないな」
リオが笑う。
「名前は?」
「アイリス。元・王都魔導騎士団。今は訳あって除籍中」
一瞬、空気が固まった。王都の魔導騎士団――それは国直属の精鋭部隊だ。彼女がそこから外された理由はわからない。だが実力は確かだろう。
「仲間は、多い方がいい」
俺が言うと、シルフィエルも軽く頷いた。
「ユウトさんがそう望むなら、私は反対しません」
こうして俺たちのパーティは、赤髪の豪剣士リオ、精霊シルフィエル、魔導銃使いアイリス、そして俺――奇妙で頼りないが、不思議と形になりつつあった。
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出発、街道の魔獣狩りへ
翌朝、俺たちは街を出た。朝靄の中、鳥の声が響き、街道の先には濃い森が広がっている。依頼の内容では、街道沿いに魔獣が群れを作り、商隊を襲撃しているらしい。
歩きながら、アイリスが口を開いた。
「王都でも噂になってる。“パンで回復する旅人”がいるって。都の上層部は、興味を持つどころか警戒してる」
「もう噂がそこまで?」
俺は思わず声を上げた。
アイリスは淡々と頷いた。
「王都は、力を持つ者を歓迎もするが、同時に支配しようとする。あなたは目をつけられるでしょうね」
胸の奥に冷たいものが流れ込む。
だが、リオが笑い飛ばした。
「心配すんな。そういう連中にこそ、俺たちは一矢報いるためにいるんだ」
その言葉に救われ、俺は深呼吸した。
パン袋の中の温もりが、不思議と勇気をくれる。
森の入り口に足を踏み入れた瞬間、鼻をつく獣臭が漂った。枝の折れる音、低い唸り声。
「来るぞ」
リオが剣を構える。
俺はパンをひとかじりし、風を集めた。
――そして、影の群れが木々の間から飛び出した。