ボア・ファング襲撃戦!
広場は大混乱に包まれていた。
屋台はなぎ倒され、木箱や果物が散乱し、人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う。
その中心で、巨体を揺らしながら突進する魔獣がいた。
――ボア・ファング。
牙が人の身長ほどもあるイノシシの魔獣だ。筋肉の塊のような体躯を持ち、赤い眼が血走っている。
「おいおい、なんでこんなのが街中に出てくんだよ!」
「地下の排水路を破壊して入り込んだんでしょう! 厄介ですね!」
肩で声を響かせるシルフィエル。
「ユウト! 下がってろ!」
リオが前に躍り出る。大剣を振り抜き、突進してきたボア・ファングの牙を受け止めた。
ガギィンッ! 耳をつんざく衝撃音。火花が散る。
「ぐっ……! 重てぇっ!」
リオが押し返される。周囲の兵士たちは槍を構えているが、怖じ気づいて動けない。
市民は避難が間に合わず、まだ広場の隅で取り残されていた。
「……やるしかねぇ!」
俺は思わず足を踏み出した。
『ユウトさん、まずは風魔法で牽制を!』
「風よ!」
右手から放った刃の風がボア・ファングの横腹を切り裂く。
血が飛び散り、魔獣が咆哮した。
「ギィィィィッ!」
「効いてる!?」
『いいえ、かすり傷程度ですね! もっと強くイメージを!』
「そんな急にレベル上げみたいなこと言うな!」
ボア・ファングが怒り狂い、俺に狙いを変えて突進してきた。
地面が震える。――やばい!
「うわああっ!」
必死に横へ飛んだが、衝撃で地面に叩きつけられる。背中がズキリと痛んだ。
視界が揺れ、HPがゴッソリ削られていくのがわかる。
『ユウトさん! 早く! パンを!』
「こんな時にパン食うのかよ!? ってか食えるかよ!」
『食べなきゃ死にます!』
必死に袋からパンを取り出し、かじる。
――瞬間、傷の痛みがスッと消え、全身に力が戻ってきた。
「な、なんだこれ……マジでHP全快じゃん!」
『だから言ったでしょう!?』
信じられない回復力だ。まさにチート。
だが次の瞬間、俺は悟った。
「……これ、戦闘中にパン食える俺、最強じゃね?」
『パンさえあれば、ですけどね!』
立ち上がった俺を見て、リオが目を見開いた。
「おい……さっきあんなに吹っ飛ばされたのに、なんで立ってんだ!?」
「……パンだ!」
「パン!?」
「パンを食えば回復するんだよ!」
「はぁ!?」
リオは理解不能という顔をしながらも、再び大剣を構えた。
「いい! 細けぇことはわからんが……お前のパンとやらに期待するぜ!」
二人で並び立つ。ボア・ファングが再び突進を仕掛けてきた。
今度は逃げない。
「風よ……もっと鋭く!」
俺は全力でイメージを膨らませる。風が刃となり、獣の脚を切り裂く。
巨体がよろめいた。
「今だッ!」
リオが跳躍し、渾身の力で大剣を振り下ろす。
ゴォンッ! 鈍い音と共に、魔獣の頭が地面に叩きつけられた。
「ギィィィィッ!!」
血を吐き、巨体がのたうつ。
最後に俺が風刃を放ち、首筋を深く切り裂いた。
――ズシィン。
重い音を立てて、ボア・ファングは動かなくなった。
広場に静寂が戻る。市民たちが恐る恐る顔を出し、やがて歓声が上がった。
「やった! 魔獣を倒したぞ!」
「冒険者と、見慣れない旅人が助けてくれた!」
リオは大剣を肩に担ぎ、俺を見てニヤリと笑った。
「……お前、ただの素人じゃねぇな」
「まぁ……ちょっと特殊スキル持ちでな」
「パンだろ?」
「パンだ」
二人で思わず笑ってしまった。
『ユウトさん、初めての大きな勝利ですね! おめでとうございます!』
「ありがとう、シルフィエル」
――こうして俺は、最初の街で仲間を得て、初めて大きな敵を倒したのだった。