カルディアの街と、赤髪の剣士
巨大な城壁が目の前に迫ってきた。石を積み上げたその姿は、長年の戦いを物語るようにところどころ黒ずみ、修復の跡が痛々しく残っている。
門の上には弓を構えた兵士たちが並び、出入りする旅人や商人を厳しく見張っていた。
「うわ、想像以上に警戒してるな……」
「魔獣の被害がひどいんです。街を守るためには仕方ないですね」
門前には列ができていた。荷車を押す農夫、旅人風の冒険者たち、そして商隊。
皆が検問を受けてからようやく街に入っていく。俺も列に並んだ。
ようやく順番が来たとき――門兵が俺をじろりと見た。
「身分証を提示しろ」
「……身分証?」
思わず聞き返す。俺、異世界転生者。そんなもん持ってるはずがない。
「旅人か? それとも怪しい者か? どちらにせよ、証がなければ通すわけにはいかん」
門兵は槍の柄でトントンと地面を突き、険しい顔をしている。
後ろに並んでいた商人が「あーあ、また新顔が止められてる」と呟いた。
どうする――!?
『ユウトさん、落ち着いて。ここは嘘をつかずに正直に話しましょう。精霊契約者なら、きっと特別な扱いを受けられるはずです』
「いやいや、いきなり“実は俺、勇者候補です”なんて言ったら余計怪しまれるだろ!」
と、そのとき。
背後から別の声が割り込んできた。
「おいおい、あんたら。こいつは怪しい奴じゃねぇよ。俺が保証してやる」
振り返ると、そこには赤い髪をした青年が立っていた。
背中には大剣。擦り切れたマントを羽織り、鋭い目つきだが、不思議と人を惹きつける雰囲気がある。
「リオ=カーデン!? ……あなたは冒険者ギルドのCランク剣士!」
門兵が驚いて声をあげた。
「おう、そうだ。こいつは俺の仲間だ。文句あるか?」
「……し、しかし……」
「俺が責任を持つ。問題ねぇだろ?」
門兵はしばらく迷ったあと、ため息をついた。
「……わかった。だが責任は取れよ」
そうして、俺は赤髪の青年――リオに助けられて街に入ることができた。
「助かった……ありがとう」
「気にすんな。お前、見たとこ旅慣れてねぇな? 普通、身分証もなしに街に入ろうとしたら牢屋行きだぞ」
「まじかよ……危なかった……」
「ま、あんた運がいいな。俺が通りかからなきゃ、門の外で野宿する羽目になってたぜ」
リオは豪快に笑い、俺の肩を叩いた。
その笑顔に、ちょっと兄貴分みたいな頼もしさを感じた。
『ユウトさん、この人、悪い人ではなさそうですね。信用していいと思います』
(だよな。精霊がそう言うなら間違いないか)
城門をくぐると、そこには活気あふれる街並みが広がっていた。
石畳の道の両脇には店が並び、果物や肉を売る商人の声、鍛冶屋の金槌の音、子供たちの笑い声が響いている。
空気にはパンを焼く香ばしい匂いが混ざっていた。
「……パンの匂いする」
「は?」リオが呆れた顔をする。「普通は“すげぇ街だ”とか言うだろ」
「いや、パンなんだよ。パンさえあれば俺は無敵なんだ」
「……お前、ちょっと変わってんな」
俺は正直に事情を話すわけにもいかず、曖昧に笑ってごまかした。
「ところでリオさんは、どうして俺を助けてくれたんだ?」
「別に深い理由はねぇさ。ただ……なんとなくだ」
「なんとなく?」
「ああ。お前から、妙な風を感じたんだ」
リオは目を細め、俺をじっと見た。
「普通の人間じゃねぇ。だが悪い奴でもない。だから助けた。それだけだ」
……この人、勘がいいな。精霊契約者ってことまで見抜かれてんじゃないか?
そのとき――
街の中央広場から、甲高い悲鳴が響いた。
「きゃああっ! 魔獣だ!」
振り返ると、巨大なイノシシのような魔獣が暴れていた。牙で屋台を壊し、人々が逃げ惑っている。
どうやら街に侵入したらしい。
「チッ、こんな時に!」
リオが剣を抜き、駆け出した。
『ユウトさん、行きましょう! あなたの出番です!』
「う、うおおおっ!」
俺はシルフィエルと共に、広場へと走り出した。
初めての街で、さっそく最初の試練が待っていた――。