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風とパンと、はじめての冒険」

「……あれが街か?」


 


 草原を抜けた先、少し高い丘の上に立った俺の目に飛び込んできたのは、灰色の石で築かれた巨大な城壁だった。城壁の外には小さな家々や畑が広がり、人々が忙しそうに働いている。馬車が行き交い、煙突からは白い煙がのぼっていた。


「わぁ、懐かしい。あの街、まだ残ってたんですね」


 シルフィエルが俺の肩の横にふわりと浮かんで、風に髪を揺らしている。彼女の姿は人の目には見えないらしいが、俺にははっきり見える。


「懐かしいって、いつぶりなんだ?」


「二百年ぶりくらいでしょうか」


「二百年って、もう俺からしたら時間の概念壊れてんだけど」


「精霊にとっては昨日みたいなものですよ」


 


 丘を下りながら、俺は思わず深呼吸した。空気がうまい。いや、空気だけじゃない、ここ全体が“うまい”というか……地球とは違う濃度の何かがある。

 その時、腹が鳴った。


「……あ、腹減った」


「ユウトさん、さっき落ちてきたばかりですしね」


「そういや、パンのスキルがあったな。あれ、試してみるか」


 


 俺は背負っていた簡素な布袋を開く。いつの間にか、中に小さな丸パンが入っていた。

 焼きたての香りがふわっと広がる。なんでだ、誰が入れたんだ。


「それ、私です」シルフィエルが胸を張った。「契約者には精霊の加護として“始まりのパン”が与えられるんです。食べてみてください」


「始まりのパンってネーミングがRPGくさいな……まぁいいか、いただきます」


 


 かじる。――うまい。

 外はパリッ、中はふわっと、ほんのり甘い香りと塩気。噛んだ瞬間、身体の奥から力が満ちる感覚が走った。


「……うおお、HPとMPが回復してる感じする!」


「でしょ?」


「これ無限に食ってたら不死身じゃね?」


「パンがあれば、ですけどね」


 


 そんな他愛もない話をしていると、草原の奥からガサガサと音がした。

 見ると、灰色の毛に覆われた小型の獣が二匹、こちらを見ていた。犬のようだが、背中には骨のような突起が生えている。


「な、なんか出たぞ……」


「グレイウルフですね。下級魔獣ですけど、油断すると危険ですよ」


 シルフィエルがすっと俺の腕に入り込み、声だけが響く。


「ユウトさん、魔法を使ってみましょう。風属性が今は一番扱いやすいです」


「ま、魔法!? 俺そんなの使ったことねぇけど!」


「大丈夫です。無詠唱スキルがありますから。頭の中で“風よ”とイメージしてください」


 


 俺は息を飲んで、前に出た。獣たちが牙を剥いて近づいてくる。心臓が早鐘を打つ。

 でも、不思議と恐怖よりも“試してみたい”という気持ちのほうが強かった。


「……風よ!」


 


 バシュッッ!


 俺の右手から透明な風の刃が走り、グレイウルフの足元の草を切り裂いた。

 獣は驚いて後ずさる。


「やった! 本当に出た!」


「いい感じですよ! でも威力が足りません、もっと強くイメージを!」


 


 再び手を突き出す。頭の中に“風の刃が相手を切り裂く”映像を描く。

 すると、今度は強烈な風が弾丸のように飛び、グレイウルフの体を弾き飛ばした。


 ギャンッと悲鳴を上げ、魔獣は尻尾を巻いて逃げていく。


「……勝った、のか?」


「はい、初勝利です。さすが勇者候補ですね」


 俺は膝に手をついて、息を整えた。心臓はまだドキドキしている。でも、どこか胸が高鳴っていた。


「これ、なんか……楽しいな」


「ふふ、冒険の醍醐味ですよ」


 


 俺は空を見上げた。巨大な城壁が、もう目の前に迫っている。

 あの街で何が待っているのか、まだわからない。けれど、心の奥にあった“諦め”のようなものが、少しずつ溶けていくのを感じた。


「よし、行こうか。パンと魔法と精霊の力で、俺はやってやるぞ」


「はい、ユウトさん!」


 


 俺とシルフィエルは、風に吹かれながら最初の街へと歩き出した。


 


――しかし、その街の門の前には、思わぬ“試練”が待ち構えていたのだった。

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